第10話

一方、魔族の支配領域、通称魔国では、冒険者たちが尚も魔王を探していた。

捜索範囲を魔王城周辺から魔国全土に拡大し、冒険者の数も倍以上に増やしたというのに、魔王が見つかる気配は感じられなかった。

その上、魔王軍の残党の動きが活発化している。魔王という統率者を失い、タガが外れたように好き勝手に行動し始めたのだ。

リアムは襲い来る魔物を蹴散らしながら辺りを見渡した。

(ここにもいない、か……)

その時、リアムの背後から獣の呻き声がした。

リアムが振り返ると、目の前に大きく口を開けた魔物がいた。先ほど倒したと思っていた魔物が、まだ生きていたのだ。

リアムはすぐに避けようと身を反らすが、思いのほか魔物との距離が近かった。

(避け切れない……!)

リアムが負傷を覚悟したその時、一直線に飛んできた火の玉が魔物にぶつかった。

魔物は一瞬にして火に包まれ、叫び声を上げながらのたうち回り、やがて動かなくなった。

「リアムーー!!」

火の玉が飛んできた方向から快活な声が響き、リアムはほっと息をつき、声の主の方を見た。

「ありがとう、リーナ」

リーナと呼ばれたのは、まだ年端もいかない少女だった。

リーナは身の丈より大きな杖を軽々と持ち、ツインテールを揺らしてリアムに近づいた。

「最強の勇者ともあろう人が、あんな魔物に後れを取るとはねぇ。魔王探しに夢中になりすぎじゃない?」

生意気そうな笑みを浮かべ、リーナはリアムを揶揄うように杖でつついた。

「ごめんごめん。天才魔導士がいてくれて助かったよ」

「ま、とーぜんかなっ」

リーナはもっと褒めろと言わんばかりにふんぞり返った。

「で、愛しの魔王様はいたの?」

リーナの表情は一瞬で真面目なものに変わった。リアムはゆっくりと首を横に振る。

「いいや。全く見当たらない」

「そっかー……」

リーナは考えるように腕を組んだ。

「こんなに魔導士がいる中で、魔力探知にも引っかからないなんてことあるのかなぁ。もう死んでるんじゃない?」

リアムは「うーん」とうなり、リーナと同じように腕を組む。

「それはあり得るけど……。にしても遺体すら見つからないものかな」

「そうだよねー……」

リーナは落胆したようにため息をついた。リアムは渋い顔で口を開く。

「考えたくはないけど……魔国から出ているかもしれないね」

「えぇーーーー!いくらなんでも遠すぎでしょ!そんな遠くまで転移できる!?」

リーナは目をまん丸にして驚いた。

魔導士であるリーナは、転移魔法を使うことができる。しかし転移魔法は消費魔力がかなり多い魔法だ。転移させる物の大きさに比例して距離も縮まる。手紙のような小さなものなら遠くまで飛ばせるが、人間一人を転移させるとなると、高位魔導士でもせいぜい一キロが限界だ。並みの魔導士では一歩も転移できない。

魔王は比較的背丈の大きい魔族だ。魔国の北の端、最も人間の国から遠い魔王城から魔国の外に転移するなど、魔導士を百人束ねても不可能だろう。

そんなことを一人で、まして重症まで追い詰められた状態でやってのけるなど、誰も信じたくはない。

「あくまで可能性の話だよ。でも、絶対に無いとは言い切れない」

あり得ないと片づけて、人里で被害が出ては一大事だ。可能性が1%でもあるなら対応するべきだと、リアムは考えていた。

リーナは大きく肩を落としてため息をついた。

「残党狩りもしなきゃいけないってのに、捜索範囲拡大とか……。あーもう!いつになったら休めるの!?あたしが倒せなかったのが悪いんだけどさ!」

「リーナのせいじゃないよ。俺たちみんなの責任だ」

リアムが慰めるようにリーナの頭に手を置く。リーナはむくれながら、少し申し訳なさそうに視線を下げた。

「リアムのせいでもないからね」

「みんな同じことを言うなぁ。わかってるよ。ありがとう」

リアムがリーナの頭を撫でる。リーナはむくれたまま、少しだけ頬を染めた。

リアムはリーナの頭から手を下ろすと、真剣な顔でまっすぐにリーナを見た。

「冒険者協会に捜索範囲拡大の許可申請を書く。リーナ、送れる?」

リアムの頼みに、リーナは自信ありげに、にっと笑った

「あたしを誰だと思ってるの?最年少で魔導士資格を取得した天才様だよ。冒険者協会まで手紙を飛ばすくらい朝飯前さ」

自慢げなリーナに応えるように、リアムは力強く笑った。

リアムはリーナが魔法で作り出した用紙に、さらさらと要件を書き記した。受け取ったリーナが呪文を詠唱すると、用紙は一瞬にして彼らの元から消え去った。

返事が来たらすぐに動き出せるよう、リアムたちは他の仲間を呼びに行った。

今度こそ戦いを終わらせる。その決意を、リアムは改めて強く胸に誓った。

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