14話 守衛
一夜明け、馬車は引き続き荒野を進む。
今日は晴れているけど少し風が吹いていて、西部劇とかでよく見る丸い草が転がっている。
「あれで玉乗り出来たら楽しいよねぇ」
「お前さん……昨晩はあれだけ落ち込んでおったというのに、吞気でありんすなぁ」
ジト目で煙をくゆらせるアクエリちゃん。
「イヤ~な目つきだねぇ。可愛いが台無しだよ?」
「お前さんにだけは言われたくありんせん!」
「おお~。初めてアクエリちゃんが可愛いって言ってくれたぁ」
「そっちじゃありんせん! ……将来の不安がどうのこうの、というのはいいんすか?」
「うん。寝たらなんか大丈夫になったんだ。アクエリちゃんがいるから全部なんとかなるもんね」
「……なんとかしてほしいならせめてわっちを完全な姿で召喚できるようになりなんし?」
「ぐぬぬ」
アクエリちゃんは私をぐぬらせるのが上手だ。
「そういえば全然魔物に襲われたりしないね」
そう言うと、タッカーさんはドンと胸を叩く。
「僕のスキル『魔物除け』の力さ! こんな危険地帯を通ってユーシャ村まで行商が出来るのは僕だけなんだよね!」
「はえー。ここ危険地帯なんだ」
「そうだよ? 本当ならAランク以上の冒険者に護衛を依頼しないと通っちゃいけないんだけど、僕は特別に許可を貰っているんだ!」
だからユーシャ村に来る行商人はタッカーさんだけだったのか。
護衛の費用とユーシャ村で取引できる物を考えれば、確かに採算は取れなさそうだ。
「タッカーさんはすごい行商人なんだね。憧れちゃう」
「え?そうかい? ……凍らせたイチゴあるけど食べる?」
「いただいちゃう」
「わっちも」
なんて穏やかな旅路。ゆっくりしちゃうね。
旅は三日目に突入し、馬車は再び森の中へ。
そこからさらに二日かけて森を抜けると、どこまでも続くような平原が広がっていた。
青い空と緑の平原。そよそよと風が草を撫でる音がして、なんだかファンタジー。
そして東のずっと先に小さく見えますのは、白い壁に囲まれた街リブリス。
草原に立つ街っていうと、RPGの最初の街っぽくて、やっぱりなんだかファンタジー。
「こういうのでいいんだよ。こういうので」
うんうんと頷きながら呟くとアクエリちゃんの冷ややかな視線を感じるが、一方タッカーさんは同意の微笑み。
「いいよねぇ。穏やかさを具現化したような、素晴らしい風景だよ。比較的平和だし、リブリス地方は本当に暮らしやすい場所さ」
リブリス地方というのはリブリスを中心とした草原と付近の森のことらしく、出没する魔物も狂暴なのは少ないんだって。
まさに駆け出しの街がある地方。ゲームでいうところのチュートリアルマップだね。
「他の地方は平和じゃないの?」
「うん。北のロックス地方は狂暴な魔物が多いし、ちょうど通ってきた西のカルロ地方なんてたまにドラゴンが出るらしくて、最近も街が壊滅しちゃったらしいよ? だからついこの間まで街道も封鎖されてて、ユーシャ村に行けなかったんだよね」
タッカーさんがしばらく来なかったのはそんな理由があったのか。
「物騒なんだね」
「そうだよ? この辺だって魔物の襲撃がないわけじゃないから、街の外に出る時はちゃんと言うんだよ?」
「はーい」
なんて返事をしつつも、やりたいことがあるからこっそり街の外に出るつもりなんだけどね!
「くくく……」
「下卑た笑みをやめなんし」
「エンジェルスマイルのつもりだったのに……」
夕方頃、ようやくリブリスの入口に到着。
大きな扉の前で守衛さんらしき甲冑イケメンとタッカーさんが話をしているのを待っていると、タッカーさんが手招きをした。
たぶん私の入街やら滞在の許可についてだろう。
「この子がクスリです。しばらくウチで預かることになりまして」
「どうもどうもクスリです。可愛いってよく言われます。よろしくね」
一応頭を下げてから、渾身のプリチースマイル。
若い頃は美貌でブイブイ言わせていたらしいグレイシアおばあちゃんのお墨付きだ。
可愛すぎて求婚されちゃったりしてね。ふふふ。
「……前科は?」
警戒心剥き出しの顔で訝しむ守衛さん。
八歳の子に早速聞くことじゃなくなぁい?
「ぜ、ぜ……前科はないですよッ! ねっ? クスリちゃん?」
焦りすぎだよタッカーさん。
なんでそんな……あ。禁呪使ったからか。前科あったわ。
「前科ないよ。見ての通り八歳の小娘だし。ね? アクエリちゃん?」
「……わっちは精霊でありんすから分かりんせん」
アクエリちゃんはそっぽ向きながら煙管を吸ってるけど、ちょっと口角が上がってる。
きっと面白がってるんだ。
「八歳で精霊と契約……? 怪しいな。国の最年少記録でも十四歳だぞ? 詰所まで来てもらおうか」
なんとアクエリちゃんとの契約は凄いことだったらしいけど、嘘だと思われて悪い方向に出ちゃった。
「待ってください! この子は本当に精霊使いなんです! ユーシャ村の老人に優秀な魔法使いがいまして、契約を移譲したみたいでして!」
「……そういうことならあり得なくもないか」
ナイスだよタッカーさん。
これで守衛さんの態度が軟化してくれればいいんだけど。
「ではその精霊を一度精霊界に送り帰してみてくれ」
「いいよ。じゃあねアクエリちゃん。ハウスハウス」
ポポンと手を叩くと、何か言いたげな顔のアクエリちゃんが荷馬車に積まれた樽の中に消えた。
守衛さんはうんうんと頷いていて、一応信じてくれたみたい。
「っということで、滞在許可を貰えますか?」
「ダメだ。人に化ける魔人の目撃例があったから、易々と滞在許可を出すワケにはいかない。やはり詰所に来てもらう」
詰所に行ったら何をされるの?
もしかして尋問?それか鑑定スキルとやらで調べられて……。
どちらにしろ禁呪を使えることがバレたら処刑されちゃうんだけど、こんな状況から入れる保険あります?
タッカーさんに助けを求める視線を投げかけるも、こっそりウインクが返ってきた。
それは任せて、って意味なのか、それとも頑張って、って意味なのか。
後者だったら絶対許さないからね?
タッカーさんと離れた私は守衛さんに手を引かれて詰所へ。
四人掛けのテーブルに座らされて、守衛さんは「そこで待っていなさい」と言い残して奥の扉に入っていった。
手足を縛られるわけでなく、部屋中くまなく探しても拷問器具みたいな物も見当たらない。
ということはつまり、守衛さんは誰かをココに呼んでくる、というコトだ。
それがもし鑑定スキル持ちなら……処刑まっしぐらじゃない?
「あわわ。どうしようどうしよう」
どうにかして禁呪を忘れたり出来ないかな?
頭を叩けばポカン!ってきれいさっぱり無くなったりしない?
「助けてアクエリちゃあん」
一人で待つのが辛抱たまらず、花瓶の水からアクエリちゃんが出てきてくれた。
「えらいことになりんしたなぁ。くっくっく!」
「笑ってないでどうにかしてよぉ~」
「いいでありんすよ? 衛兵どもを皆殺しにしてもいいならの?」
「そんなの完全にお尋ね者になっちゃうよぉ」
その方が都合が良いでありんす、とアクエリちゃんは余裕綽々な様子で煙管を吸っている。
このヤンチャ幼女め。
ちびっ子がタバコ吸ってる罪で捕まらないかな――なんて考えていると、勢いよく詰所の扉が開かれた。
高身長で甲冑の上からでも分かる抜群のスタイル。
長くてキレーなストレートの金髪。
凛っ!って聞こえてきそうな青い瞳。
殺風景な詰所に現れたのはTHE・女騎士という感じの美女お姉さんだ。
「はえ〜」
あんまりにも綺麗な人だったから、私は不安とか諸々をぜーんぶ忘れるくらい見惚れちゃった。
洋画に出てくる女優さんみたいなキラキラオーラが出てるし、こんな美人さんが兵士をやってるなんてさすが異世界。転生して以来一番ファンタジーを感じてるよ。
……それにしても全然動かないね?
女騎士は扉を開けたそのまま、ずっと無表情で立ち尽くしていた。
「なんでじっとしたままなのかな?」
私はアクエリちゃんにこっそり話しかけた。
「さぁ、わっちに聞かれても分かりんせん」
アクエリちゃんは煙管を吹かすのに夢中なのかつれない返事だ。
「でもおかしくなぁい? あの守衛さんが連れてきたってことはあの女騎士さんが私達の取調をするってことでしょ? それなら普通、喋ったりするくなぁい?」
何をするでもなく、何か言うでもなく、ただずーっとこっちを見つめるまま。もう二分は経ったんじゃない?
変な人だなぁ。
そんな私の疑問に、アクエリちゃんはニヤニヤしながら答えた。
「あの女が『鑑定』持ち、ということじゃありんせん?」
「えっ」
終わったんだけど?
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