12話 旅立ち


「ヴァネッサさーん! ポネトさーん! どなたかいませんかー!?」


 何やら外から大声がして、重たい瞼をこじ開ける。

 結局夜中まで起きてたから、きっと今はお昼前くらいだろう。


 触っただけで髪の毛が爆発しているのが分かる。

 ふわふわ金髪は可愛いんだけど、寝ぐせがすごいのが難点だね。

 

「……アクエリちゃあん。朝の支度やってぇ」

 

 呼ばれて飛び出たアクエリちゃんは早速大きなため息。

 からの開口一番「ちゃんと早起きしなんし!」とお説教だ。


「だって昨日言われたことがグルグルして寝れなかったんだもん」

「む、それは……わ、悪うありんしたな」


 おっ? アクエリちゃんの謝罪を初めて聞いたぞ? 

 正直なんて言われたかもう覚えていないんだけど、しばらくこのネタを擦ろうと思う。


 アクエリちゃんのいつもより丁寧なお世話でピッカピカのふわっふわになった私は、ようやくお家の外に出る。

 すると家の前に大荷物を背負った荷馬車が止まっていた。

 騒いでいたのは、お久しぶりの栗毛のイケオジ――タッカーさんだ!


「タッカーさん」

「おわっ!? クスリちゃん!!!」


 タッカーさんはすごく大きな声を出して後ろに飛び退くみたいに尻餅をついた。

 まぁ久しぶりに来たユーシャ村に誰もいなくて、代わりに広場に腐った魔物の死体が山のように積まれてるんだもん。びっくりしちゃうよね。


「じいちゃんばあちゃんがみんなすごく元気になって、お花見に行くってみんなで出掛けちゃったんだよ」

「えっ……クスリちゃんを置いて行っちゃったってことかい?」

「うん。まあみんなボケちゃってるからね」


 タッカーさんは今後のビー玉商売の要になりえる人だから、圧縮の秘密は教えずに状況を話した。

「その子は? スイセン列島の民族衣装……を着ているみたいだけれど」

 興味が私の後ろで煙管を吹かすアクエリちゃんに向く。

「この子はアクエリちゃん。水の大精霊なんだよ? ヘレンミおばあちゃんに召喚する魔法を教えてもらったんだ」

「水の大精霊……?」


 タッカーさんは怪訝そうに言った後、

「……それって確かウンディーn」

「よろしゅう頼みんすタッカー殿? 水の精霊アクエリアスでありんすぅ」

「え? あ、うん……よ、宜しくね?」


 何故か食い気味な自己紹介からの熱烈な握手に、タッカーさんは困惑気味。

 もしかしてアクエリちゃんはおじさんが好きなのかも。

 タッカーさんって結構イケメンだしね。


「でも六日も帰ってきていない、っていうのは心配だねぇ……」 

「うん。それでじいちゃんばあちゃんを探したくて、大きな街に行こって話をしてたところだったんだ」

「街か……うーん。送ってあげたいところなんだけど、荷物がいっぱいだし……」


 ロープでぎちぎちに縛っているけど今にも爆発しそうな荷台を見ると、確かに乗れそうもない。

 御者台も荷物が積んであって難しそうだ。

 でも折角馬車が来たのに徒歩で街に行くなんて考えられないし……。

 

 そこでピキーンと閃き一発。

 一度お家に帰って瓶を持ってくる。

 

「そ、それはまさか……!?」

「うん。タッカーさんがしばらく来ない間に、いっぱい集めてたんだ。色違いばっかりでスゴイでしょ?」


 アクエリちゃんの水を圧縮した青いビー玉とゴブリンやらオーガやらの魔物玉が詰まった瓶に、タッカーさんの眼の奥に商魂が宿る。

 虹色玉とドス黒オーラ玉は非売品だからポッケに入れてあるけどね。


「緑に赤に黒……青色なんてまるで宝石のような輝きじゃないか!加工してアクセサリーにすれば間違いなく高値がつくぞぉ!一つ取り出して見てもいいかい!?」

「いいよ」

 各色を一つずつ取り出してあげると、ウワー!とかキタコレ!とかブツブツ言いながら大喜びのタッカーさん。マンドラゴラみたいだ。

 食いつきは上々。さらにそこに取り出しますのは……


「じゃじゃーん。キレイな赤色のヤツぅ」

「な、なにぃ――ッ!?」 

 大釜に入っていたマグマみたいな液体を圧縮したビー玉だ。

 アクエリちゃんの水と一緒で、半透明でキラキラしてるんだよね。


「今ならキラキラの赤と青を一つずつに普通の三色をおまけして……なんと街までの送迎だけで交換できるよ」

「くっ……なんて魅力的な提案なんだ……ッ!それなら多少の荷物くらい置いていっても簡単にペイ出来てしまうぞ……!? 」

 タッカーさんは口をわなわな震わせてそう言ったあと、すごく卑しい目をした。

「でも街に行って人探しをするなら、きっと一日二日じゃあ終わらないはずだよね?そこで提案なんだけれど、僕の家にちょうど空き部屋があるんだよ」

「へぇ……それで?」

 これには私も卑しい顔をしちゃう。まぁそれでもきっと可愛いんだろうけど。

 

「青い宝石一つにつき一日三食付で三泊……まずは一月分として十個でどうかな?」

「ふふふ。さすがは敏腕商人だね。でもこの澄みきった青の輝きはきっと世界中のお姫様をメロメロにするんだろうなぁ。もう一声あってもいいんじゃないかなぁ~?」

「ふふっ。少し見ない間にえげつない顔をするようになったねクスリちゃん……!」

「えっ」

「そこでこんなものを持ってきているんだよ」


 したり顔のタッカーさんが、御者台に置いてあった荷物の中から金属製の箱を取り出した。なんかひどいこと言われた気がしてそれどころじゃないんだけど。

 

 フタをゆっくりと開けるとひんやりとした空気が溢れ出す。魔法版クーラーボックス的なやつかな?

 中を覗き込むと、そこにあったのは白く輝く三角柱に座す赤い宝石。


「こ、これは……ショートケーキ!?」

「ご名答だよクスリちゃん……! 街一番のパティスリー『あしや』の人気商品さ!」

「ごくりんちょ……!」


 ご賞味あれ、と差し出されたスプーンを手に取り、本当なら最後まで取っておくはずの大トロ――イチゴが乗った部分をパクリ。

「――ッ!?」

 イチゴの爽快な酸味が迸り、後を追うように生クリームのとろけるような甘味が口いっぱいに広がる。

 イチゴは新鮮で瑞々しく、クリームは豊かな風味を持ちながらくどさはない。生地もしっとりと柔らかく、小麦の優しい甘味が感じられる。

 中世的ファンタジーとは思えない完成度……! 前世で食べたショートケーキと遜色ない仕上がりだぜ!


「気に入ってくれたようだねクスリちゃん! それじゃあ食べながらでいいから聞いてくれるかい?」

「んっ!」

「もしさっきの条件を飲んでくれるのなら……このレベルのスイーツを毎日……三時のおやつとして振る舞おうじゃないか……!」

「――ッ!?」


 気付いた時にはショートケーキは無くなっていて、私はタッカーさんとガッシリ握手を交わしていた。

 菓子に釣られおって、とでも言いたげなアクエリちゃんの視線がザクザク突き刺さるけど、原価ゼロのアクエリ玉十個で街までのラクチン送迎+一月分の宿(三食おやつ付)なんて、破格もいいトコロだ。半ば無理矢理作らされているアクエリ玉がこれほどの価値を持つなんてハッピーアンドハッピー。


「荷物を整理して席を用意するから少し待っててくれる? このクッキーでも食べながらね?」

「やっぴい」


 荷造りはとっくの昔に済ませてあるから、荷馬車の傍に座ってしばしのおやつタイム。

「アクエリちゃんもクッキー食べる?」

「……わっちは精霊でありんすよ?」

 どうしてだか唖然とした様子。

「いらないってこと?」  

「そうは言っておりんせん……どれ、おひとついただきんす」

 

 おずおずとクッキーを手に取り、小さなお口でかじるアクエリちゃん。リスみたい。

「美味しいよね?」

「ふむ……まぁまぁでありんすなぁ」


 そう言いながらも結局十枚のクッキーを半分こして食べた。

「これからはごはんも一緒に食べようね」

「……まぁ、気が向いたらの」

 そっぽを向いて言うけれど、きっと毎日付き合ってくれるんだよね。

       

「よし準備完了だよ! 二人とも乗って乗って!」


 春が終わろうとする暖かな陽気の中、八年と半分過ごしたユーシャ村を旅立つ時が来た。

 次に帰ってくるのは、きっとじいちゃんばあちゃんを見つけた時になるね。


「行ってきます」


 無人の村に別れを告げ、私の異世界ファンタジーが開幕した。  

   

 

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