5話 赤のデカブサ


「なんじゃ……?」

 森に入ってからもうすぐ二時間経つかなぁという時、モコサップおじいちゃんが突然足を止めて呟いた。

 もうすぐ村に着くのにどうしたんだろう?

 

「タルコフちゃん。ちょいと急ぐから、魚の上に乗ってくれんか?」

「え……うん」

 私が魚に跨ったのを確認すると、原付バイクよりも速いんじゃないか、ってくらいの速度でおじいちゃんは走った。

 木々の合間を器用にすり抜けて、ジェットコースターみたいでちょっと怖い。

 あっという間に村に着いたんだけど、私は絶句した。


 村の中がたくさんの魔物で溢れかえっていたんだ。

 ゴブリンとか黒い狼とかが数えられないくらいいて、あと赤い皮膚の鬼みたいな大きな魔物も十匹はいる。


 異世界に来てからこれまでゴブリンがふらっと現れることはあったけれどせいぜい二、三体で、群れからはぐれたのが迷い込んだんだろうな、と思っていた。

 でも、今回は違う。


 ユーシャ村を襲いに来たんだ。


「おばあちゃん……!」

 家の前に視界を回すと、ヴァネッサおばあちゃんが畑を耕していた。

 大きな棍棒を持った赤鬼の魔物が近くで大きな棍棒を振り回しているのに、気付いていないの!?

   

 ドシャッ!と凄い音がして、思わず目を瞑る。

 棍棒がグリントじいちゃんの家に直撃したみたいで、砂の城みたいに容易く崩れてしまった。


 ――助けなきゃ!

 私は魚を飛び降りて、赤鬼の元へ走った。

 あんな棍棒が当たったらおばあちゃんが死んじゃう。


 他の場所でも、皆の周りを魔物が囲っていた。

 ゴブリンは削った石のナイフ、紫の狼は鋭い牙や爪。

 ゲームやアニメで見慣れた弱いモンスターのはずなのに、容易に死を連想できてしまう現実的な怖さがそこにあった。

 

「アクエリちゃん……きて……!」

 魔力は半分も残っていないけれど、全部費やして呼んだ。

 すると、井戸から水の塊が飛んできて、中から私よりも小さな女の子が現れた。


「こんの娘っ子! もっとたくさん呼びなんし!」

 言葉も服装も花魁で、青髪の可愛い小っちゃい女の子。五歳児くらい?

 魔力が足りなくて、アクエリちゃんが小っちゃくなっちゃったってことみたい。

 

「ごめん。これからはちゃんと呼ぶから、みんなを助けて……!」

 

 私はすぐにアクエリちゃんから目を切って地面を蹴った。

 でも「待ちなんし」と手を掴まれて、振り返るとアクエリアスがため息をついた。

 

「誰を助けよと?」

「え?」


 アクエリちゃんが顎で前方を指し示すから、家の方に視界を回す。

「うそぉ……」

 私は思わずそんな言葉を漏らす。


 ヴァネッサおばあちゃんが丁度鍬を振り降ろす瞬間だった。

 赤鬼にではなく畑にだ。

 

 それなのに赤鬼が真っ二つになったんだ。

 

 それには他の赤鬼も驚いたみたいで、「ウソ……?」って顔してる。

  

 唖然としていると、私の前を農具を持ったじいちゃんばあちゃんが走り過ぎていく。

 腰が曲がってるのに走るのがすごい速くて、飛んだり跳ねたりしながら魔物を屠っていく姿はまるで戦闘機みたいだった。

 

 中でもビックリしたのは二人。モコサップおじいちゃんとヘレンミおばあちゃんだ。

 モコサップおじいちゃんはさっき釣り上げた長い魚を縄みたいに使って、魔物達を締め上げていく。

 一番可哀想なのは魚だ。まだ生きていたんだけど、あんまり振り回されたものだから終わった頃には死んじゃってた。


 ヘレンミおばあちゃんなんか背丈ぐらいある杖を持ち出して魔法を使っていたんだけど、魔物の死体が歩き出して、生きている魔物にしがみついて爆発するんだもん。  

 あれ絶対「ネクロマンス・ボム」でしょ? 魔物達みんな黒い泡吹いてたし……使ったら処刑されるんじゃなかった?

   

 色々と衝撃的だったけれど、じいちゃんばあちゃんはそれはもう一方的に魔物をボッコボコにした。

 もうケガとか死んじゃうとかそんな心配なんてする暇もなく、まさに蹂躙と言うべき数分の戦闘。

 我に返った時には中央広場に魔物の死体が積みあがっていて、じいちゃんばあちゃんは「疲れたねぇ」って畑仕事でも終えたんか、みたいな話してる。

 あとから聞いたんだけどケガ人もウタネおばあちゃんが鍬のささくれで指を突いただけだって。こういうのを完全勝利って呼ぶんだろうね。

 ……ふぅ。ちょっと落ち着こう。


「……アクエリちゃん。お水ちょうだい」

「分かりんした」

 アクエリちゃんはどこからともなく木のコップを取り出して、お水を注いでくれた。すごい美味しかった。

 アクエリちゃんは水の大精霊だもん。そりゃあ美味しいよね。

    

「……怒ってる?」 

「怒ってなどおりんせんが、これからはちゃんと毎日呼びなんし?」

「……はい」

 笑っているけど、目が怖い。

 日課が増えちゃったけど、まぁ仕方ないか。


 その日の晩は村を挙げての大宴会。私は魔物を食べらんないからお家でお留守番だ。

 メインディッシュはゴブリンとおっきな魚(サーペントって言うんだって)。

 赤鬼はオーガ、黒い狼はダークウルフっていうらしいんだけど、オーガとダークウルフはお肉が硬いから食べられなくなっちゃったんだよね、って皆寂しそうにしてた。

 ゴブリンも三匹くらいは食べるだろうけど、それでも死体は百以上残っちゃう。

 放っておくと不衛生だし、どうしたらいいんだろう……。


「あっ、今こそ私の出番か……!」

 でも今日は魔力がすっからかんだし、明日早起きしてやろう。

 圧縮したらどんな色になるのかなぁ。

 あれが全部干しイチゴになることを考えると、わくわくして全然寝れなかった。


 *


 翌日。すごいお寝坊しちゃってお昼になったけれど、魔物の死体はまだ山積みだ。

 でも、不思議なことに腐った匂いがしなければハエ一匹寄り付いていない。

 

 もしかしてまだ食べたりするのかな?

 そんなことが頭をよぎったけれど、いつまでも死体が村にあるのは嫌だし。


「圧縮!」

 とりあえず、オーガからビー玉に変えていくことにした。三メートルくらいあるのに圧縮出来たのは、たぶんレベルアップの効果だろう。

 

「おやぁ、フーミンちゃん。なにしてるんだい?つまみ食い?」

 せっせと圧縮していると、ゴブリンを担いだヘレンミおばあちゃん。


「違うよ。オーガとダークウルフを小っちゃく圧縮してるんだ」

「はえー。ナナミンちゃんはすごいねぇ」

「でももう魔力が尽きちゃったんだよね」

 

 すると、おばあちゃんが胸元から小瓶を取り出した。

「じゃあコレ飲んでみるといいよぉ。魔力が回復するポーションさぁ」

「あ。ありがとね……」


 魔物入ってんじゃね?って思ったけれど、色は透き通った赤色。

 ヒールリーフみたいに植物由来なのかも。

 意を決して飲むと、アセロラみたいな味で結構おいしかった。  

 試しにダークウルフを圧縮してみたところ、本当に魔力が回復しているみたい。      

  

「ありがとおばあちゃん。すごいねコレ」

「気に入ったかい? それならウチにい~っぱいあるからあとでおいでねぇ」

「やったぁ」


 それからはもうポーションがぶ飲みよ。

 十体くらい圧縮したら魔力が尽きて、ポーション飲んでまた圧縮して。

 計九本のポーションでお腹がチャプチャプになった頃、六体のゴブリンを残して全ての死体をビー玉に変え終えた。


「はえーすっごい」

 オーガの真っ赤なビー玉が十個。

 ダークウルフの黒いビー玉が五十四個。

 ゴブリンの緑のビー玉が四十八個。

 全部干しイチゴの瓶に入れた。

 

 魔物の時はキモいけど、ビー玉にすると結構キレイ。

「これが一体いくつの干しイチゴに……ふふふ」 

 Lv2になったばかりの圧縮の経験値も今日だけで八分の一くらい稼いだし、今日はすごく充実した一日になったね。

 

 あっ、アクエリちゃん呼ばないと。


「はいはいおいでぇ」

 パチパチっと手を叩くと、井戸から小っちゃなアクエリちゃんが現れる。

 何か言いたげにしていたけれど、血まみれの村をキレイにしてくれた。


 

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