女神封印譚 ―封印されし少女の祈り―

@Ashuburn

第一部:覚醒と受容

プロローグーー《みつけた》ーー

プロローグ

――《みつけた》――

 

 夕暮れのホームは、下校する学生や仕事終わりの人々でにぎわっていた。

 制服姿の高校生たちが並んで電車を待つ中、

一ノいちのせ千鶴ちづるは友人の真弓と肩を並べていた。

 

 「ねえ千鶴、今日このあとカフェ寄ってかない? あの新しいとこ、限定メニュー出たって!」

 

 真弓が笑顔で声をかけてくる。

 その明るさに、千鶴も思わず笑みを返しそうになるが――首を横に振った。

 

 「……ごめん、今日は無理かも」

 

 「えー、また?」

 

 真弓が軽く肩をすくめると、千鶴は申し訳なさそうに視線を伏せた。

 

 「……お母さんの病院、寄らなきゃで……

  最近また、ちょっと調子悪くて……」

 

 「……そっか。……ごめん、気づかなくて」

 

 「ううん、気にしないで。

  また今度、行こう?」

 

 「……約束、だよ?」

 

 「うん。約束」

 

 ふたりは短く手を振り合い、ホームの反対側へと別れた。

 千鶴は人波から少し離れ、イヤホンを取り出す。

 スマホを操作し、再生リストからお気に入りの曲を選んだ。

 

 ピアノの旋律せんりつが、鼓膜こまくをやさしく包む。

 母のこと、学校のこと、全部が一瞬だけ遠ざかっていく。

 音楽が、千鶴にとって唯一の静かな時間だった。

 

 ……しかし。

 

 ♪……ザ、……ガ、ァ……ッ……

 

 突然、音がゆがんだ。

 耳に不快なノイズが入り込み、音楽が崩れていく。

 そして、代わりに聞こえてきたのは――

 

 ささやき声。

 

 最初は音の錯覚さっかくかと思った。

 だが、その“声”ははっきりと、意味を持っていた。

 

 ──……ケた……

 ──……みつけた……

 

 ゾクリと、背中を冷たいものがい上がる。

 

 (なに、これ……)

 

 その瞬間だった。

 

 ──《みつけた》

 

 鼓膜を突き破るような、異質な「声」が頭の中を貫いた。

 

 千鶴は反射的にイヤホンを引き抜いた。

 アナウンス。人の話し声。すべてが、どこか遠くにあるように濁って聞こえる。

 

 (……空気、変……)

 

 言いようのない違和感。足元のタイルが、ぐらりと歪んだ気がした。

 

 直後――

 轟音ごうおん衝撃しょうげきが、千鶴の世界を吹き飛ばした。

 

 ――ドガァン!!!

 

 目の前のホームがぜた。

 白熱する光。焼け焦げる鉄の匂い。飛び交う破片。

 人の悲鳴。叫び。地響き。

 

 視界がひっくり返り、体が宙に浮く。

 そして、鉄柱に叩きつけられる衝撃。

 

 「──っ、く……」

 

息ができない。

 意識が、ぐらぐらと揺れる。

 

 (なに……が……起きて……)

 

 足元に広がるのは、砕けた駅のホーム。

 その向こうから、何かが這い出してくる。

 

 黒煙の中、巨大な影が地面を踏みしめた。

 

 三つの首を持つ獣。

 まるでケルベロスのような異形。黒い毛並みに炎のような光が走り、

 その瞳は血のように赤い。

 

 乗客の一人に向かって飛びかかり――煙の向こうに、何かが崩れる音だけが響いた。

 

 (……やだ……)

 

 恐怖で震える指先すら、動かない。

 体のどこかが折れている。痛みが遅れて押し寄せる。

 

 そんな中、もう一つの“影”が現れた。

 

 黒装束。深くフードをかぶった人物。

 人の形をしているのに、明らかにこの世界の存在ではない異質さ。

 フードの隙間から見えた頬には、呪術じゅじゅつめいた紋様もんようがわずかに光っていた。

 

 その人物が、無言で千鶴の方へと歩いてくる。

 地面を踏むたび、空気がゆがみ、空間が揺れる。

 

 (逃げなきゃ……)

 

 逃げたい。

 でも、足が動かない。

 

 このままじゃ――

 

 「──ッ!」

 

 突然、目の前に白い光が舞い降りた。

 

 ガンッ!!

 

 何かが金属を弾くような音が響き、獣の咆哮ほうこうが爆ぜた。

 煙を裂くように、誰かが飛び込んできた。

 

 千鶴のすぐ前に立ったその人物は、

 白い装束に身を包み、仮面のような面で目元を隠していた。

 背に負った剣が鈍く光り、肩口から血がしたたっている。

 

 「……動けるか?」

 

 静かにそう問いかける声は低く、抑えられた焦りと痛みに満ちていた。

 

 千鶴は声を返せなかった。

 でも、どうしても――伝えたかった。

 

 「……ぁ……り……が……と……」

 

 かすれる声。絞り出すように。

 

 その言葉に返事はなかった。

 だが、白い装束の男はしっかりと千鶴を抱き上げた。

 

 「無理をするな」

 

 短くそれだけ告げて、彼は即座に走り出した。

 

 焼け焦げた床を踏み抜くように、宙を跳ぶ。

 後ろで、獣がうなり声をあげ、黒装束の男の瞳がこちらを睨む。

 

 「……使者シル風情ふぜいが……」

 

 黒装束の男が呟いたその声は、明らかに殺意をはらんでいた。

 

 千鶴は白い腕の中で、薄れゆく意識の中――ただ、心の中で言い聞かせていた。

 

 (生きなきゃ……生きなきゃ……)

 

 誰かのために。自分のために。

 ただ逃げているわけじゃない。

 まだ、終われない。

 

 その小さな火は、心の奥で、かすかに燃え続けていた。

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