第12話:腐敗の連鎖と浄化の光

■:舞台:灯火の里の周辺。


 集落の中に閉じ込められたランク8級(20~30)『死者の彷徨える迷宮』


 利男、健司らのあからさまな挑発と長老たち里人の冷遇は変わらない。

 集落の若頭(Lv. 29)は、三人を集落の秩序を乱す「異物」と断定し集落に留まるための「試練」を課してきた。


「集落に留まりたければ、この集落の者が長年手をつけていない、ランク8の『死者の彷徨える迷宮』最下層を攻略して村の宝珠を取ってこい。それを拒否するなら、お前たちを集落から追放する」

「期限はいつまでだ。俺たちは覚醒したばかりだ。赤子をランク8に入れることが、この集落の未覚醒の子どもたちの将来と重なるが、それでもいいのか?」


「そこまで無理は言わん、一か月の猶予でどうだ?」

「一か月か、いいだろう。引き受けるがいいな、秋斗、エリザ」


「ああ、問題ない」

「ええ、あっさり攻略して差し上げましょう」


 秋斗はこれを好機と捉えた。

 集落の覚醒者がアンデッドのはびこる迷宮を避けてレベルアップが停滞していること(Lv. 30止まり)を解析済み。

 ここで圧倒的な成果を上げれば、集落の若者たちの嫉妬を「恐怖」に変え、集落を一時的な安全地帯にできると判断した。



 物置小屋に戻った三人。


「もともと、アンデッド系のダンジョンだったのか?」

「いや、上階はそうでもなかったはずだ。大昔に挑み倒れた覚醒者たちの――この村のご先祖様。――怨念が最下層でアンデッドに代わり、今も討伐できずに増え続けているのだと思う」


「なるほど、合点だ。では、攻略までの作戦を考えようぜ」

「おう」

「私にアイデアがあるわ」




■:楓との接触と浄化の要請


 三人は集落外の廃墟『亡者の住処』へ向かう道中、魔素が濃い採集地で単独行動中の楓と再会した。


 楓の状態は先日よりも明らかに悪化していた。

「また会ったわね、結局、集落を追い出されたの?」

「いや、レベル上げのため例の廃墟『亡者の住処』に向かっているところだ」


「アンデッドをわざわざ?普通のダンジョンのほうがアイテムやドロップ品が獲れるのに」

「そうなんですけどね、俺たちのスキル構成が、いや、正直言えば俺は役立たずだけど二人の属性がアンデッド特攻なんですよ」


 秋斗の言葉に、楓が反応し陸とエリザを品定めするような視線を向けた。


「ねえ、あなたも一緒にどう? 一人より四人のほうが楽しいと思わない?」

 あっけらかんと誘うのはエリザの得意技だ。

 楓の反応を見ると、このままエリザに任せようと秋斗は陸に伝えた。


「え?なんで、私に何のメリットがあるのよ」

「例えば、今の体の不調がマシになるとしたら? 取引しません?」


「なんで私が体調が悪いと?」

「その顔色を見れば、尋ねるまでもありませんよ」


 結局、その場で昼食を一緒に取ることとなった。

 エリザはこれまでの経緯―『ゲートウェイ・シティ』から『灯火の里』までの経緯を話した。

 一方、楓は自信のことを簡単に説明した。


 ・現在は呪詛(穢れ)落としの薬草、霊桃草れいとうそうを探している。

 ・ランク5級(レベル50~60)の中級ダンジョンで五人組のPTが崩壊し解散。

 ・二人は意識不明、二人が意識はあるが身動き取れず。

 ・現在、ボスの呪詛に罹ってしまい唯一動ける楓が霊桃草れいとうそうを探している状況。


「それって、精霊魔法か聖魔法で解呪できます?」

「わからないわ、知り合いにはいないから、確実な薬草を探した方が早いの」


「診断と解呪を試してみても?」

「解呪の可能性が僅かでもあるなら、実験体に喜んでなるわよ」


「だそうよ、秋斗、診てあげて」

「失礼しますよ、楓嬢」


【解析演算】

『対象:かえで(Lv.53)/浄化効果:25.00%回復/状態:10日以内に四度以上の解呪必須』

(詳細)精神攻撃や恐怖を引き起こす「呪歌」のデバフ/怨霊獣系統ボス ランク5級ボス(レベル58)


 解析結果を秋斗がエリザに伝えた。

「じゃあ、楓、試すわよ」

「ど、どうぞ」


 ―彼女に纏う呪いの歌声を消し去れ! いざ! ピュリフィケーション!ー


「うわっ!」


 ― ぎゃああああああ!―

 楓の体からいかにも黒い靄が雄たけびを上げて浄化されていった。


「どう? 体調は少しはマシになった?」

「…信じられない、効果があったわ」

「うわっ!…信じられない。体が、軽い。」

 楓は弓を落としそうになり、驚きに目を見開いた。その顔色は、出逢った時くらいには回復していた。


「これ、残念だけど私のレベルだと1回ではお祓いできないの、十日間であと数回は試さないと」

「ってことは、十日は一緒にいなきゃダメってこと?」


 エリザはニヤリと笑った。


「計算が早いわね、その通りよ。…ねえ楓、教えて。私たち今レベル13。ランク8級のボスを攻略しないと村を追放されるの。往復八日の猿隠れの谷へ、十日後に連れて行ってあげる。その代わり、期限内に私たちを、レベル20台後半まで引き上げてくれない?」


「…ねえ、十日後、もし治ったら、いいえ、たとえ治らなくても友人にも処置してくれない? 対価は支払うわ」


「友人はどこにいるの?」

「猿隠れの谷よ、ここからだと徒歩で四日くらいかな」


「ねえ楓、教えて。私たち今レベルが13、ランク8級のボスレベル30を一か月以内に攻略しないと追放されるの。あんたの友人を助けるのに往復八日、だから期限内に私たちを十日間で、レベル20台後半まで引き上げてくれたら、サルの谷に行ってあげてもいいわ、どう? あと二週間くらい時間は友人は大丈夫そう?」

「ええ、もちろん、死なないけれど解呪まで永遠に呪詛を受け続ける」


「ついでに、ランク8級のボス討伐も手伝ってよ、そしたら、全快まで付き合ってあげる」

「いいわ、交渉成立ね、二人の男子もいいの? 私の集落に来てもらって」


「問題ない」

「是非、こちらからも頼む」


 秋斗と陸も即決した。楓が仲間に加わった。



■:楓


 半日かけて『亡者の住処』までの道中、楓のことをエリザがインタビューした。

 元々、『京風雅の五輪』という五人組の女性パーティで平均レベルが55。

 迷宮氾濫対策のため、三つのパーティで挑んだレイド戦、他の二パーティは早々に倒れ、彼女たちのパーティが何とか倒したが、その際にボスからデバフを受け続け半壊したという。


「冒険者は死ぬまで冒険者、いつ死んでもおかしくないけれど、全快の希望が出来たわ」

 出逢った時のクールな印象ではなく、明らかに希望の中にいる彼女。口も軽やかでエリザと会話が弾む。


 秋斗と陸は二人の後ろから警戒しながらついていった。


「楓はいくつなの?私たちは三人とも18歳よ」

「私は17、覚醒が12の時だった。初めてのダンジョンが13の時、他の4人も早いほうだったわ」


「え? まさかの年下!」

「なんでよ、老けて見えるっていうの?」


「いや、高レベルに相応しい佇まいというか、クールっぽかったから」

「ぽいっていうな、普段はクールよ?」


 後ろから見れば、黒髪のロング、確かにいくつか会話を交わした後なら17歳と言われても違和感がない。

 ただ、最初にあった時の印象が強かったため、三人ともただ驚くほかなかった。


 

■:亡者の住処:殲滅の連鎖


「秋斗、私たち三人は固定砲台だから、ここまでスケルトンとゾンビをトレインしてきてよ」

「ああ、わかった、どのみち俺は攻撃手段の手持ちが少ない。囮でもなんでもやるぞ」


 秋斗は三日間、朝から夕方まで何周もトレインを繰り返す。

 足の疲労に相応しいレベル上昇は得られた。


 三日間のトレインで、四人は戦術的なリズムを完全に掴んでいた。

 秋斗の下半身の疲労は極限だったがレベルの上昇がそれを上回る。


 三日間でレベル13だった三人が、18まで上がった。


「予定の残り六日で10、上げられるといいわね」


 そして四日目、変化が起きる。

 三人のレベルが20に到達したときに、それは起こった。



【秋斗・エリザ・陸:Lv.20に上昇】

【秋斗:剣術がLv.4に上昇】

【エリザ:献身の光Lv.4に上昇、聖魔法がLv.3に上昇、派生スキル:浄化Lv.2―聖属性付与Lv.1―を習得】

【陸:属性魔法、火属性がLv.4・風魔法がLv.3・土魔法がLv.3に上昇】


「聖属性付与ってのを覚えたわ、なんだろうこれ」

「俺の剣と、楓の弓か矢に付与してみようぜ」


 ― 不浄なるものを蒼き炎で召天せよ! 属性付与『聖』!―


 ズバン!


 ヒュン!


「お、ついに俺のターンが来た!」


 四日目、彼らは魔素の濃い奥の回廊に陣取っていた。

 通路の奥から、呻き声を上げながらスケルトンの群れが押し寄せる。彼らの動きは鈍いが、集団の威圧感は凄まじい。


 秋斗が回廊の窪みに身を潜めながら、【解析演算】を低出力で起動し続ける。

 魔力の揺らぎと、群れの密度、そして各個体の脆弱性を瞬時に理解できるようになった。

【感知】スキルに頼らずとも、行動パターンを体に刻み込んだのだ。


 ― ターゲット、中央密集隊。エリザ、陸、準備完了! ―


 秋斗の【集団意識】の合図に、エリザが素早く反応する。

 彼女は手に持つ細身の陸の杖と楓の握る弓に触れた。


「不浄なるものを蒼き炎で召天せよ! いざ! 属性付与『聖』!」


 エリザの【浄化Lv.3—聖属性付与—】が発動。


 陸の杖、楓の弓と矢筒に込められた数十本の矢、そして秋斗のロングソードが、一斉に淡い青白い炎に包まれた。

 聖属性の魔力はアンデッドにとって劇薬。空気そのものが震える。


「やるぞ、楓! いつも通り、狙いは頭蓋!」

「言われなくとも」


 楓が放つ。ズバン! 弦の唸りとともに放たれた矢は、凄まじい風切り音を立てながら回廊を疾走した。

 矢の切っ先が群れの一番前にいたスケルトンの頭蓋に突き刺さった瞬間、青白い炎が破裂した。


 ガアアアアア!


 断末魔の叫びはスケルトンではなく、その魂の残滓。一体のスケルトンが瞬時に崩壊し、その隣の数体も巻き込まれて浄化の連鎖に巻き込まれていく。

 スケルトンは全身から煙を上げ、地面に崩れることなく青い粉塵となって消滅した。



■:陸と秋斗:火種と囮


 殲滅の起点を見た陸は、迷わず前進した。


「喰らえ! グールども! ファイア・アロー!」


 陸が杖を掲げ、【火属性魔法Lv.4】に聖属性を付与された矢を密集隊形の側面に向けて連射する。

 矢が着弾した瞬間、蒼い炎の爆発に加えて、朱色の爆炎が巻き起こった。


 ゴオオオオ!


 炎はアンデッドの骨の隙間に入り込み、呪われた魔素を燃やし尽くす。

 陸の攻撃は殲滅というよりは「分断」を目的としていた。群れが「朱色と蒼色の炎の壁」によって左右に分断される。


「よし、左は俺と楓、右は陸の魔法で押さえろ! 秋斗、正面から引き剥がせ!」

「任せろ!」


 秋斗は、分断され、混乱する群れの中央突破を選んだ。青い炎を纏うロングソードを、低い姿勢で正面に突き出し回転しながら飛び込む。


【剣術Lv.4】秋斗の動きはレベルの低さに反比例して異常に洗練されていた。

 スケルトンの鈍い攻撃を紙一重でかわし、剣を水平に振る。

 聖属性を帯びた刃が、ゾンビの腐敗した胴体や、スケルトンの肋骨をバターを切るように貫通した。


 シュウウウ...。


 触れたアンデッドは、骨も肉も残らず、静かに青い光となって消えていく。


 秋斗は決して敵を倒すことに集中しない。

 彼の役割は「囮」と「軌道の整理」だ。


 彼は群れの中を駆け抜け、背後の楓と陸の射線を開くためにアンデッドを意図的に特定の方向へ引きつけた。



■:楓とエリザ:制圧と加速


 秋斗が敵を右へ流したのを見た楓は、素早く体勢を変え連射を開始した。


 タタタタタ!


 彼女の放つ矢は、まるで一本の光の束に見える。Lv.53の基礎能力と聖属性の組み合わせは、まさに虐殺だった。

 矢はゾンビの硬い頭部を貫き、奥のスケルトンの胸骨を砕き、回廊の壁に突き刺さるまで三体、四体を浄化していく。


 一方で、エリザは常に周囲を警戒しながら、後方支援に徹していた。


「秋斗、左腕! 動きが鈍い! 再加速を!」


 エリザの目が、ゾンビの攻撃を紙一重で回避した秋斗の動きの僅かな遅延を見逃さない。

 エリザは即座に【献身の光Lv.4】を発動。秋斗の身体が淡い金色の光に包まれ、瞬時に疲労が霧散する。


 秋斗の動きが再びギアを上げたかのように加速した。


 ― 感謝する、エリザ! ―


 一瞬の連携で、群れは完全に崩壊した。聖属性の光が消えた後には、魔石が散らばる地面とアンデッドを完全に燃やし尽くした青い灰だけが残っていた。

 殲滅にかかった時間は、わずか数分だった。


「や、やった…こんなの初めてだ」


 陸が信じられないといった様子で、手のひらを眺める。


「やったー! レベル上がった、今日のMVPは私で決まりでしょう? 何かご褒美ねだろっと!」

「いいぞ、陸が何でも聞いてくれる」

 秋斗が笑う。


「まあ、まじめな話、聖属性付与が強力な特効スキルで、楓の基礎レベルがそれを最大限に活かしたのよ。そして、あなたの魔法と秋斗の囮が完璧だったわ」

 エリザは満足そうに微笑む。


 楓は弓をゆっくりと下ろし、秋斗たちに視線を向けた。彼女の呪詛に曇っていた顔色に、ほんのわずかながら血色が戻っている。


「私一人でここを掃討しようとしたら、一日がかりで消耗していた。あなたたち体力お化けね」

「初日に秋斗教官に鍛えられたからね」

「あはは、まさにそれのお蔭もあるわね」


 楓の言葉に、秋斗は冷静な笑みを浮かべ、自身の左腕をちらりと見た。【解析演算】が彼らに告げる。



【秋斗・エリザ・陸:Lv.22に上昇】

【殲滅速度:三倍速/聖魔法付与時:レアアイテム変換率33%増】


 彼らは里のレベルアップの限界を超え、腐敗しかけの秩序を焼き払う「火種」となりつつあった。導火線に着火するのはもうすぐだ。

 楓という高火力の戦力を完全に取り込むことに成功したのだ。


 この勢いなら、残りの六日間で目的のレベルに達するのは容易いだろう。


 ― 集落の若頭(Lv. 29)からの挑戦状― に挑む日はもうすぐだ。―


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