第9話 私は嘘つき

 ――珍しく、日曜の朝にエリーからLIMEにメッセージが来ていた。



『ユキちゃん、一昨日の推し会も楽しかったね! 実は、ジートニの街の近くにすごく景色がいい場所があるって情報を仕入れたから、ブログ用に写真撮りに行きたいんだ。

 ユキちゃんに付き合ってほしいんだけど、空いてる日時を教えて? 返信待ってるね!』とのことだった。


「いわゆる取材協力ってやつか? 面白そう!」


 エリーに教えられてエリーのブログを見てみたことがあるが、エリーは旅行系のブログを書いているブロガーだ。国内旅行はもちろん、海外旅行に行ったときの写真も文章とともに美しくまとめられていて、まるで自分も旅行に行った気分になれるブログだった。

 そんなブログがどのようにして作られるのか、間近で見られるというのは純粋に興味があった。一緒に旅行には行けないけど、ゲームなら気軽にそれができるのだから、やっぱりシートレの世界は偉大だなと改めて思う。

 

「今日ならひとまず空いてますよっと」


 返信すると、すぐに既読が付き『じゃあ、今日の午前9時、ブルームーン集合ね!』と返信が来た。




 * * *




 シートレにログインするとすぐ目の前にカフェ・ブルームーンが現れる。


「あ、待ってたよ! ユキちゃん!」


 そこにいたのはエリーと応援し隊の隊員のスズカとモモだった。スズカは長身でモデルみたいな金髪美女のエルフ。モモは小柄のウサギ耳の生えたアイドルみたいな女の子だ。エリーと三人で並ぶと美女三人が輝いて見える。今日は三人とも女子会コーデではなく、動きやすそうなパンツスタイルだ。


「こんにちは! 今日はスズカさんとモモさんも一緒だったんですね。よろしくお願いします。三人ともパンツですけど、私もそういう恰好の方が良かったですか? もしかして山登りとかします?」


「あぁ、ちょっとだけ歩くんだけど、そんなに険しい道じゃないから気にしなくて大丈夫だよ」とエリーはにっこりと微笑んだ。



 電車やバスを乗り継いで一時間くらいの場所に、本日の目的地『ウッドウッド墓地』が姿を現した。敷地には芝生が広がり、墓石が点々と配置され、奥には教会と思しき建物も見える。ゲーム内時間が夜なだけあって、少しだけ不気味な雰囲気を醸し出す場所だった。


「ここって…… もしかしてダンジョンでは?」


「お、さすがはユキちゃん! 正解だよ」


「ええ!! 私なんの準備もしてませんけど、大丈夫ですか?!」


「だいじょぶ、だいじょぶ。モンスターの出るところは私たちも怖いから行かないよ」


 『ウッドウッド墓地』を囲む石壁沿いにエリーは進んでいくので、ついていく。しばらく歩くと崩れた石壁があり、その裏に地下へとつながる階段があった。


 ほんとにモンスター出ないの……? 見るからにダンジョンの入口ですって雰囲気醸し出してるけど……


「なにしてるの? ユキちゃん、早く早く!」


 私はエリーに急かされるままに階段を下りた。しかも先頭で。


 なぜって思ったよ。でも、エリーに「絶景に驚くユキちゃんが見たいから、先歩いて」って言われて断れなかったのよ。


 階段を下りていくとそこには松明で照らされた細い通路が続いていた。長身のスズカではジャンプすると頭をぶつけそうなくらい天井が低い。


「本当にこの先に景色のいい場所なんてあるんですか?」


「うん。この通路を抜けたら、ものすごい絶景が待ってるって聞いたんだ」


 エリーの笑顔を信じて、私は前に進んだ。


 十分ほど歩くと大きな部屋に出た。私が立っている方と反対側には黄金に輝く大扉が見えたけど、私と大扉の間には大きな堀があって渡ることは難しそうだ。


「エリーさん、この先行けそうにないですけど、どうすればいいかわかりますか?」


 私が振り返ってエリーを見るとなんだか様子がおかしい。エリーの顔は影ができていつもとは別人のように無表情だった。


「嘘だよ……ユキちゃん。絶景なんかないんだ」


「え……?」


「でも、先に嘘ついて、私たちを騙したのははユキちゃんのほうだからね?」


「エリーさん、え? なんのことですか?」


「とぼけんじゃねぇよ!!!!」


 エリーは急に豹変した。いつもの優しいエリーからは想像もできないような怒鳴り声だったので、私はびくっと体を震わせた。


「お前、シバちゃんと友達なんだってなぁ? 私たちがシバちゃんの話で盛り上がってるとこ見て、内心馬鹿にしてたんだろ? 自分はリアルでシバちゃんの友達だって、私たちのこと見下してたんだよなぁ?」


「え、え? 誤解だよ! 私、皆を騙したりなんかしてないよ!」


 私は確かに涼太郎と友達だけど、ちゃんとシバちゃんファンなんだよ! 皆と同じ目線でシバちゃんを応援してたのに!


 心の中に言いたいことが渦巻いていたが、エリーの気迫に押されて声にはならなかった。

 薄暗い遺跡の中で三人が構えたナイフが壁に設置された松明の明かりを反射させて、ぎらりと光る。

 いつの間にか私以外の三人がナイフを取り出して構えていたのだ。


 私は三人に必死で何かの間違いである事を伝えようと訴えたが、私の弁明は三人には全く響かないようだった。そもそも私の話を聞く気など、初めからなかったのかもしれない。


 彼女たちの目は私への殺意で染まり、その顔には私への激しい怒りが見て取れた。私は彼女たちのいつもとは違う形相に、恐怖で全身が震え、じりじりと後ろへ後ずさった。


 しかし私は、すぐ後ろに何千、何万もの大量の青いコガネムシが波打つように蠢うごめいている堀があることに気が付き、ヒッという短い悲鳴が自然と口から出た。


 自分の身を守るために抵抗しようかとも考えたが、向こうはナイフを持っていて、こっちは完全に丸腰の状態である。


 怖い顔でエリーは私を堀の淵へと追い詰めた。


「二度と私たちの前に現れんじゃねぇぞ!! この裏切り者!!」


「や、やめ——」


 ドン!


 エリーが私の腹を強く蹴り飛ばし、私は青いコガネムシの海に落とされた。






 あとは皆さんお分かりですよね?


 ユキちゃんこと雪平咲は『Secret-Treasure』の世界で死んだのです。長かった走馬灯もこれでお終い。いやぁ、とんでもない目にあったよ。


 何がショックだったかって、虫に食われて死んだこともショッキングだったけど、一番は推し仲間で友達だと思っていた人たちに殺されたって言うのが一番きつい。

 

 今まで生きてきた中で、殺されたことなんか当たり前だけどなかったし、友達だと思っていた人たちに嫌われてしまったということもなかったから、今回の出来事に私の心はずたずたに引き裂いたみたいだった。


 正直立ち直れるか分からん。人間不信になりそう。


 ていうか、いつゲームオーバーって出るの? 私の自分語りタイムにも限界があんのよ? 一通り走馬灯も見たから、そろそろログアウトさせておくれ?




 グルン




《ユキちゃんはポケットラットに転生しました》

《ポケットラットの固有スキル【アイテムポケット】習得》

《『世界初の転生者』の称号を獲得》


 なんか変なアナウンスが頭の中に流れた。いきなりだったから、よく聞こえなかったよ。

 温かいところから外界に一気に押し出されるような感覚がして、周りから「キューキュー」という何かの鳴き声が聞こえた。


「キュキュー?」(なにこれ?)


 自分の声がおかしい。


「キュキュー!!!!!!」(なんじゃこれぇぇぇぇぇぇ!!!!!!)





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