第12話 小鳥

12:明星航一


 「ねぇ、夕美ちゃん……その子、連れて帰るの?」

 まだ、「はい」以外の言葉を使ってもいい頃、僕は彼女に聞いた。

 「ダメかな? 可哀想だよ」

 夕美ちゃんの手の中には小さな鳥がいる。羽が傷ついて飛べないらしい。

 「お父さんにお願いしてみようよ。治るまでお家に住まわせていい? って」

 「う……うん」

 夕美ちゃんがにっこりと笑うから、僕は何も言えずに頷いた。

 お父さんはいいよって言うかもしれないけど、お母さんは絶対ダメって言うに決まってる。なのに、僕は夕美ちゃんの輝く瞳には何も言えなかった。


 案の定、お母さんは怒った。

 お父さんが病院に行っている間に、夕美ちゃんがお外で遊んでいる間に、僕を呼んで僕の顔を叩いた。

 「アンタが連れてきたんだから、アンタが殺しなさい」

 「えっで、でも……」

 「口答えするな!!」

 お母さんが力いっぱい、僕の頭を殴る。僕は泣きながら「はい」と答えていた。

 お母さんは、僕の手に小鳥を乗せた。飛べない鳥は、自分の危機に気付いているのかピイピイ鳴いている。

 僕は小鳥の首を左手で絞め、お母さんに用意された包丁で小鳥の頭を刺した。

 ドロドロと赤いものが流れる。

 生暖かい、生きていたそれを見た瞬間、僕は気持ち悪さに泣きそうになった。

 でも、頭上からの優しい声で僕の涙は一瞬で引っ込んだ。

 「よくできたじゃない」

 褒められたのだ。

 生まれてはじめて、僕はお母さんに褒められたのだ。

 僕は、その一言で罪悪感だとか気持ち悪さが吹き飛ぶのを感じた。

 同時に、達成感だとか嬉しさが込み上げてきて、僕は笑っていた。

 「航ちゃん……、何でそんなことで笑ってるのよ!!」

 それなのに。

 帰ってきた夕美ちゃんに掌に小鳥を乗せながら報告したら、彼女は怒って僕を叩いた。

 「最低! 小鳥ちゃんだって生きてたのに! 殺して笑ってるなんて最低!! 航一の人でなし!! クズ!!」

 夕美ちゃんは泣きながら、何度も僕を叩く。

 僕は、どうしていいのかわからなかった。

 「ご、ごめんなさい……ごめんなさい」

 「殺しといて謝って許されるわけないじゃん」

 「で、でも、虫とかは……普通にころ、殺すじゃん……」

 「口答えするな!!」

 意味がわからなかった。

 鳥を殺してはいけないというなら、何故家に入ってきた虫は殺していいのだろうか。床を歩く蟻が、わらじ虫が、僕らに危害を加えるだろうか。

 僕にはもう、全てがわからなかった。

 殺せばお母さんが喜んでくれるのに。なのに、夕美ちゃんはダメだと言う。

 「責任とりなよ、航一。責任とったら許してあげる」

 「責任?」

 「自分で考えて。航一、全部私に考えさせるじゃん」

 夕美ちゃんは、冷めた目で僕を見た。その目は、僕を殴るお母さんの顔にそっくりだった。

 責任……。

 僕は、自分の掌で寝ている小鳥を見た。動物の命を奪ったなら、責任の取り方は一つしか知らない。

 「は?」

 何故か夕美ちゃんは、目を丸くした。

 一体、何に驚いているんだろうか。動物を殺したのだ、食べるのは普通のことだろう。

 僕は、小鳥の頭にかぶりついた。今まで感じたことないような感触が口の中に広がる。咀嚼したいが、どんなに噛んでも骨がごりごりとしていて、食い千切ることができなかった。

 「きゃああああ!!! こ、航一、わ、わかったから! や、やめて!! きもいって!! やだやだやだ!!!」

 夕美ちゃんが、何故か泣いてしまう。僕は、食べることを諦めて口の中から小鳥を取り出す。

 「あの、えっと……ごめんなさい」

 「わ、わかったから! だから喋るな!! 今は喋るな!! 本当に喋るな気持ち悪い!!」

 夕美ちゃんはその後、泣きながら子供部屋に行ってしまった。

 僕は小鳥の死体を生ゴミの袋に捨て、黙って居間の隅に座る。

 僕は夕美ちゃんが泣いているのを見て、自分が笑っていたことに気付かなかった。


 誰も、僕を許してはくれなかった。

 生きることも、死ぬことも許されなかった。

 なのに、突然二択を迫られた。

 殺されるか、殺すか。

 僕が、選べと言われた。

 僕は、選びたかった。

 だって、僕は、

 僕は、


 ずっと――。

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