第27話 魔女、騎士団を訪れる


 私の申し出は、私が思っていたよりもあっさりと受け入れられた。彼らの行動は素早く、食事を終えたらすぐに騎士団の本拠地に向かうことになったのだ。


「騎士団長が、ラーシェリアさんに感謝を申したいと言っていまして。ぜひ、会ってみてください。煩くて顔が怖いですが、根は良い人なので」


 ロバートさんはこう言った。騎士団長という立場の人に会うのであればもっと正装の方がいいのではないかと思ったが、二人がそのままでいいと言ってくれたので、このまま会うことにした。




 フロンティア騎士団の本拠地は、街の中心とは少しずれた、塔の近くに位置している。赤い煉瓦と白い大理石で築かれた、堅牢ながらも威厳ある建物だ。壁には剣と盾を交差させた騎士団の紋章が、誇らしげに掲げられている。中に入るのは少し気が引けたが、ロバートさんとレオンさんが迷いなく入っていくのでそれについて入った。もちろん、ヴィルも一緒である。


「どうぞ、入ってくれ」


 レオンさんが扉を開け、騎士団の内部に入るように私を促したので、足を踏み入れる。廊下は、外壁の豪奢な様子とは異なって簡素だが機能的で清潔に保たれているようだ。床は木張りで、壁には歴代騎士団長と思われる肖像画が等間隔に飾られている。


「普段はこのような場所、一般人が立ち入ることはあるのですか?」

「ラーシェリアさんは、我々にとって一般人ではありませんよ。命の恩人ですから。俺も、レオンも、団長も、心から感謝しています」

「ああ。あなたがいなければ、俺達は確実に死んでいた。それどころか、あの魔物がもっと多くの人々に危害を加えていたかもしれない」


 歩く途中で、私は訓練場を覗き見た。そこでは、数十人の騎士が剣と剣を打ち鳴らして、熱のこもった訓練に励んでいる。彼らの動きは洗練されており、無駄がない。統制された美しさというものがある。金属のぶつかる鋭い音、そして時折教官の鋭い号令が、ここまで響き渡ってきた。


 ヴィルがじっとその様子を見ている。何か気になることがあるのかと問いかけたが、彼は首を振っただけで顔を前に向けた。


「さすが、騎士団。規律が徹底していますね」

「ありがとうございます。我々騎士は、街を守る砦ですから」


 ロバートさんは誇らしげに胸を張る。丁度その時に通過したのは、戦術について話し合うための部屋だった。微かに開いていた扉から覗き見えたのは、地図を広げながら数人の騎士が真剣な顔で議論している姿だ。フェロスに隣接しているフロンティアは、結界があるものの常に魔物の脅威に脅かされているので、こういった騎士達の防衛が大切なのだろう。


 案内されたのは、廊下の最奥にある場所だ。騎士団長の部屋なのだろうか。重厚な扉の前で、ロバートさんは恭しくノックをする。


「団長、俺です。ロバートです」

「入れ」


 中から響いた声は深くて力強い。扉が開かれ、私は中に足を踏み入れた。


 団長室は、質素ながらも権威を感じさせる空間だ。壁際には歴戦の傷跡が残る古びた剣が飾られ、窓からは訓練場の様子とその向こうの街並みが見渡せる。中央の大きな机の前に座っている壮年の男性が、騎士団長なのだろうか。灰色の髪には威厳があり、私を見据える橙色の瞳は鋭い洞察力を秘めているようだ。


「団長。こちらの方が、例のラーシェリアさんです」

「ああ、あなたがそうか。よく来てくださった。私はライオネル。フロンティア騎士団の団長だ」

「こんにちは。ラーシェリアと申します」


 ライオネル団長は、自ら席を立って私に深々と頭を下げた。


「レオンとロバートから話は全て聞いている。単刀直入に感謝を述べさせてもらおう。君は、騎士団の優秀な騎士の命を救ってくれた。心より感謝する。本当に、ありがとう」


 その感謝の言葉は、形式的なものではなく真摯な重みを持っていた。私は少し戸惑ったが、軽く会釈で応じる。


「お気になさらないでください。人として当然のことをしたまでです。それに、依頼もありましたし」

「謙遜は結構。悪性魔物とやらを一人で討伐し、彼らだけでなくこれから被害にあったかもしれない人々も救ってくれた。君の能力は、並大抵のものではないのだろう。騎士団の記録にも、君の勇名はしっかりと刻ませてもらった」


 彼はそう言うと、机の脇から一つの小箱を取り出した。


「これは、私からのささやかな礼だ。騎士団の紋章が刻まれたブローチになる。いつか、君の役に立つかもしれない。だがそれとは別に、レオンから君に渡したいものがあるそうだ」


 部屋の隅に立っていたレオンさんが、前に進み出た。


「ラーシェリアさん。改めて、ありがとう。あなたがいてくださらなかったら、俺とロバートは今頃この世にはいなかった」


 彼は深々と頭を下げ、腰に下げていた短剣を抜いて、私に差し出しす。


「これは、俺が初めて騎士団で功績をあげた時に貰った、俺のお守りでもある短剣だ。価値はないかもしれないが、俺にとっては大切なもの。真の感謝の印として、受け取っていただけないだろうか」

「そんなに大切なものをいただくなんて……」

「あなたに、持っていてもらいたい」


 レオンさんの緑色の瞳が、まっすぐと私を見る。その真摯な瞳に、私は心が動かされた。騎士にとって最初の手柄の品は、とても重い価値を持つことを知っているからこそ、彼の思いの大きさを実感したのだ。


「ありがとうございます、レオンさん。その短剣、大切に使わせてもらいますね」


 私は彼から短剣を受け取り、かばんの中に仕舞った。帰ったらローブの懐に入れ直そう。毎回氷魔法で短剣を創り出す必要がなくなるので、実はかなり嬉しい。


「すみません! 俺からも貴女に何かお贈りしようと思ったのですが……」

「大丈夫ですよ、ロバートさん。それより、ライオネル団長。私、お願いしたいことがあるのです」

「何でしょう。我々にできることであれば、何なりと」


 ライオネル団長と向き合い、ヴィルを紹介するように手で示す。


「この子に稽古をつけていただけませんか? 私は魔法を教えることはできますが、護身術や剣技などは上手く教えられないのです。初心者なので、お忙しい騎士の方々にお願いすることは恐縮ですけど……」

「もちろん、喜んで承ろう!」


 食い気味に、了承してもらえた。彼の勢いに驚きながらも、私は頭を下げる。ヴィルも同じように頭を下げた。


「ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」

「お、おねがいします」

「そちらの子は、天使族だな。どの程度の技量を持っているか、見せてもらってもいいか?」


 ライオネル団長の言葉でヴィルに目を向けたが、彼は動揺する様子も見せずに頷いた。宿屋の部屋で少し体の動かし方や魔法を教えはしたが、いきなり実践に移るのは大丈夫かと心配したけど彼はそんなことを微塵も思っていないように見える。

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