慷慨

日彩幹

プロローグ

 一九四二年三月某日。

 熱帯地方に位置する小さな村。

 群れからはぐれた伽羅色の羽を持つその鳥は、木の枝の上で葉陰に身を潜め、葉と葉の僅かな隙間から地上の様子をじっと見つめていた。

 ホモ・サピエンス同士の殺し合いである。

 とはいえ、一方の集団が、銀色に輝く先端の尖った道具を使い、もう一方の集団の人々を一方的に刺し殺しているのだ。鳥の目には明確な区別がつかず、全員が同じ種に属しているように見えるのだが、ホモ・サピエンスの間には何やら独特な分類法があるらしい。鳥もまた、異なる種の、あのどす黒い巨大な翼を持つ鳥に追いかけられたり、ヤモリや昆虫を、同種の鳥同士であっても奪い合ったりすることがある。しかし、ホモ・サピエンスの殺し合いは、生存のための利益に何ら寄与していないように見える。むしろ、他者の命乞いを嘲笑い、その命運を支配しているという優越感に浸っているかのようだ。殺しに遊戯の役割を与えるとは、なんとも下劣な生き物である。種として生き残るための生存戦略を顧みない生き物は、遠からず絶滅するだろう。

 ふと木陰に目をやると、一人の少女が震えながら凄惨な現場をじっと見つめていた。その恐怖は確かに本物だったが、それが死への恐怖なのか、喪失への恐怖なのか、あるいは幼さゆえに目の前の状況を完全には理解できずに感じている恐怖なのかは定かではなかった。いずれにせよ、あのホモ・サピエンスの少女と自分は、一見似ているようでいて、まったく異質な存在だと、鳥はそう思った。


        

 この一羽の鳥がこれほどまでにホモ・サピエンスの生態に関心を抱くのには訳がある。それは、鳥たちの命綱である木々が、この二足歩行の動物によって次々と伐採され、住処を失ってしまったからだ。かつて生い茂っていた木々が激減し、すっかり荒れ果ててしまった地には、ホモ・サピエンス同士の殺し合いに関わる諸々の施設が建てられていった。

 鳥にとってホモ・サピエンスは、生存戦略においては愚かで未熟な存在であると同時に、彼女たちの棲みかを破壊する異質な天敵でもある。

  

   

    *



 その後、その村は二〇世紀の終わりから二一世紀の初めにかけて、さらに木々が減らされ景観が変わった。伽羅色の鳥は種として姿を消し、その天敵も獲物も共に、地上に墓標すら残さず無の闇へと沈んでいった。

  


    **



 警告:お前が浴びた返り血は、何世代にもわたって遺伝するだろう——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る