底辺から逆転した私たち 〜偶然バズって人生変わった話〜
ソコニ
第1話『リストラOL、副業バズって上司がDMしてきた件』
「田中さん、ちょっといいかな」
上司の声が聞こえた瞬間、嫌な予感がした。
金曜の夕方、会議室に呼ばれるなんてロクなことがない。案の定、部長の隣には人事部長が座っていた。
「突然で申し訳ないんだけど」
部長は申し訳なさそうな顔すらしていなかった。
「今月末で、契約終了ということで」
リストラ。
頭が真っ白になった。
「え、でも、私、今期の目標も達成してますし——」
「うん、まあ、数字の問題じゃなくてね」
部長は書類から目を逸らした。
「正直、君、あんまり使えないんだよね。指示待ちだし、自分で考えて動けないし」
胸に杭を打ち込まれたような感覚。
「会社としても若い人材を育てたいし、君の枠は新卒に譲ってもらうことになった」
28歳。若くない、ということらしい。
「今月いっぱいで引き継ぎよろしく。あ、退職金は出ないから。契約社員だし」
会議室を出ると、同僚たちの視線が痛かった。
「お疲れ様です」
誰かが小声で言った。同情なのか、それとも他人事の安堵なのか。
ロッカーで荷物をまとめながら、涙が出そうになった。でも泣いたら負けな気がして、必死に堪えた。
会社を出た瞬間、雨が降り始めた。
傘も持ってない。最悪。
駅までずぶ濡れで歩きながら、スマホが震えた。
通知。また通知。
「うるさいな……」
イライラしながら画面を見ると、見覚えのあるアプリのアイコンが並んでいた。
『ArtSphere』
3ヶ月前、暇つぶしで登録したAIイラスト販売アプリ。
当時流行ってたから「私もやってみよ」くらいの軽い気持ちで、AIに適当なプロンプト打ち込んで生成したイラストを10枚くらいアップロードした。
それっきり、存在すら忘れていた。
通知を開く。
```
【売上確定】¥3,200
【売上確定】¥1,800
【売上確定】¥5,000
【売上確定】¥12,000
```
え?
スクロールしても、スクロールしても、売上通知が続く。
手が震えた。
アプリを開いて、売上画面を確認する。
今月の売上合計: ¥1,247,300
……は?
目を疑った。画面を何度も見直した。
120万円?
嘘でしょ。
詳細を見ると、私がアップロードしたイラストの1枚——「夕暮れの街と猫」という、本当に適当に作ったやつ——が、海外のクリエイターたちに「aesthetic(美的)」「nostalgic(ノスタルジック)」とかタグ付けされて、勝手に拡散されていた。
ダウンロード数:12,847件。
販売単価は安いけど、数が桁違いだった。
しかも他のイラストも少しずつ売れている。
「なにこれ……」
気づいたら、雨の中で立ち尽くしていた。
リストラされた日に、月収120万円。
人生、意味わかんない。
---
家に帰ってシャワーを浴びながら、ずっとスマホを握りしめていた。
何度確認しても、数字は変わらなかった。
**¥1,247,300**
私の会社の月給が手取り18万円。
つまり、今月だけで会社の7ヶ月分稼いだことになる。
しかも何もしてない。
3ヶ月前に適当にアップロードして、あとは放置しただけ。
「努力とか、意味ないじゃん……」
笑いが込み上げてきた。
会社で5年間、毎日残業して、上司に怒鳴られて、数字追いかけて、それで月18万。
一方、適当に作ったイラストが勝手に売れて120万。
世の中、公平じゃない。
でも今回は、私が勝った側だった。
---
翌朝、スマホが鳴った。
LINEの通知。
差出人:部長
「田中さん、昨日の件なんだけど」
既読無視しようかと思ったけど、一応開いた。
「やっぱり君には残ってほしい。契約更新の方向で考え直すから、月曜に話そう」
は?
次のメッセージが続く。
「正直、君がいないと現場が回らないって、みんな言ってる。給料も少し上げる方向で調整できるかも」
スクロールすると、さらに続いていた。
「頼むよ。今までのこと、悪かった」
画面を見つめた。
昨日、「使えない」って言ったのは誰だっけ?
私は既読だけつけて、返信しなかった。
---
月曜、会社に行かなかった。
その代わり、『ArtSphere』に新しいイラストを10枚追加した。
またAIに適当なプロンプト打ち込んで、生成されたものをそのままアップロード。
作業時間、30分。
昼過ぎ、部長から電話がかかってきた。
出なかった。
次に人事部長。
出なかった。
夕方、同僚の佐藤さんからLINEが来た。
「美咲ちゃん、大丈夫?部長がめっちゃ焦ってるよ。戻ってきてあげなよ」
返信した。
「ごめん、もう別の仕事始めちゃった」
「え、もう!? 何の仕事!?」
「イラストレーター」
「すごいじゃん! 前からやりたいって言ってたもんね!」
言ってない。
でも、否定もしなかった。
---
その夜、スマホの通知がまた鳴った。
今度は会社の同期グループLINE。
「ねえねえ、美咲ってもしかしてこれ!?」
添付されていたのは、海外のアートメディアの記事。
「日本の新進気鋭AIアーティスト『M.Tanaka』の作品が世界で話題」
私のイラストが、デカデカと掲載されていた。
「え、美咲天才じゃん!」
「副業でこんなのやってたの!?」
「会社辞めたのそういうこと!?」
メッセージが次々に流れる。
私は何も返信せず、ただスマホを置いた。
窓の外を見ると、夕焼けが綺麗だった。
「人生、偶然が全てだな」
誰にも聞こえない声で、呟いた。
そして、小さく笑った。
---
【fin.】
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