句読点の使用規則について愚考 「句点=■記法について」(2)

 ぷてらの丼氏の提案は、句読点の使い方自体を変えるという点において非常に革新的であったと思います。少なくとも私は、「、」や「。」を他の記号に変えようか、などとは一度も検討したことがありませんでした。



 ですが、氏の語る「句点=■記法」には……私個人としてはどうしても馴染めないのです。


 前置きが非常に長くなってしまいましたが、ここからが私の述べたい意見となります。


 やはり私は、日本語の文章というものは、句読点を「、」「。」によって記述する形式の方が読みやすいと感じます。

 記号の使い方の規則に優劣などあるはずもありませんが、ぷてらの丼氏自身が「句点=■記法」の方が読みやすい、ということを論拠にこの記法を推奨していることから、「、」「。」記法の方がやはり読みやすいと私が感じている以上、「句点=■記法」の優位性は退けられてしまうのではないかと考えます。

 

 「句点=■記法」には、明治時代の句読点の混乱期に用いられていた句読点の使い方とは一線を画した特徴があります。


 それは、「本文よりも句点の方が目立ってしまっている」という一点に尽きます。


 「、」であれ「。」であれ、「しろてん」であれ、読解の補助のための記号である以上、本文を構成する文字より目立つことは望ましくないのではないでしょうか。(「〇」は少々怪しいですが、ここではご寛恕ください)

 僭越ながらカイテヨンデ上で「句点=■記法」によって書かれた作品をいくつか拝読させていただきましたが、やはりどうしても「■」に目を奪われて、肝心の本文が目に入ってこないということが続きました。

 また、「■」という視覚的に大きな記号によって一文が途絶するため、文章のリズムが必要以上に断続的に感じられるということも多々ありました。


 とりわけこの傾向は、あくまで推測ですが、もともと「、」「。」で書かれていたものを「句点=■記法」に後から修正したと思われる作品において顕著でした。

 すなわちこれは、「句点=■記法」は日本語の文章が本来持つべきリズムを毀損している、ということになるのではないでしょうか。


 「句点=■記法」を採用することで作品のPVが伸びる、というのはどうやら事実のようです。

 その仕組みについては、私には皆目見当もつきませんが……。

 ただ、PVだけを追い求めて無闇に「句点=■記法」を採用することは、作品の本来持つリズムを崩してしまう可能性があります。

 書き手の皆さんには、どうかそのことを慎重に検討していただきたいと思います。

 

 大変長くなってしまいましたが、私が述べたい意見は上記のとおりです。


 もちろん、私は実際に皆さんが「句点=■記法」を採用されることに関して、何らの反発を持つものではありません。時代の流れについていけない人間の戯言と思っていただいて結構です。


 また、逆に「句点=■記法」が生み出すリズムならではの、全く新しい革新的な作品が生まれることについては期待してやみません。こればかりは、私自身には書けそうもありませんが。


 これほど斬新で、影響力のある創作論を編み出されたぷてらの丼氏には、最大限の敬意を表します。


 末筆ながら、どうぞ皆さま、良い執筆生活をお過ごしください。


 大瑠璃磊夏

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