■毎朝俺を起こしに来る幼馴染が、今日は来なかった【掌編小説】
■毎朝俺を起こしに来る幼馴染が、今日は来なかった
著者:天刀有
キャッチコピー:■あんな奴が来なかったぐらいで、どうしてこんな気持になるんだよ!?
ホワン、ホワン、パポン■
ホワン、ホワン、パポン■
枕元に置いたスマホのアラームが鳴っている■
朝6時50分――■
高校に入ってから少し早くなった、俺の起床時間だ■
何か、久しぶりにこのアラーム音を聞いた気がするな……■
いつもだったら、アラー厶が鳴るより先に、窓の外を伝って
ベッドの中で横になった体勢のまま、まどろむ頭で俺はそう考えていた■隣の家に住んでいる同い年の慧理沙は、小学生の頃からずっと、俺のことを子ども扱いして、毎朝起こしに来るのだ■
「
それが、毎日繰り返される、慧理沙のお決まりの
それが今日は、聞こえない■
慧理沙が来ていない■
何かあったのか……?
いや、違う違う■俺は掛け布団を掴んで一人で首を横に振った■
毎日毎日、慧理沙が俺のことを頼んでもいないのに起こしに来るんで、うんざりしていたんじゃないか■
俺は今日の目覚めというこの瞬間を、慧理沙に邪魔されずに迎えられたことを喜ぶべきなんだ■きっとそうだ■
……いや、でも、やっぱり何かあったんじゃないか?
妙な気分だった■
俺は慧理沙のことなんて、ただの迷惑な幼馴染だとしか思っていないはずなのに■何なんだよ、この気持ちは■
「……全国の観光地で、落下事故が相次いでいます。古い寺社仏閣や城跡は、現在の基準でみると手摺りの位置が低いこと等が指摘されており、国土交通省は、防護柵の設置基準を見直す等の対策を講じる予定です」
リビングの方から、テレビのニュースの音声が漏れ聞こえてくる■
……落下事故……■
まさかだよな……■
そう思いながらも、俺は掛布団を無意識にはねのけ、上体を起こしていた■
俺の部屋は二階で、隣の家の二階の部屋、つまりこの部屋の窓のすぐ向こうが慧理沙の部屋だ■
まさか、そんな……と思いながら、俺は窓を開けて、階下に視線を落とす■
そこには■
そこには……別に、何もなかった■
いつも通りの光景だ■家と家の間の隙間のスペースがあるだけだった■もちろん、怪我をした慧理沙が倒れていたなんてことはない■
「ふう……」
ほっとした■って何をほっとしているんだ俺は■慧理沙のことなんて何とも思っていないんじゃなかったのか■
……いや、まあ何とも思ってなくたって、落ちて怪我してたんじゃなくて良かった、と思うくらい普通か■
あれ、これって……俺、逆に慧理沙のこと意識してない? いや……いやいや、そんな■
ていうか、じゃあ慧理沙はどうしたっていうんだよ■
窓の向こうには絵理沙の部屋が見えている■窓もカーテンも閉まっていて、中の様子はわからない■
慧理沙、どうしたんだろう■
……別に、気にするもんか■
俺たち、もう高校生だぞ■そりゃ、部屋の中なんて見られたくないだろう■当たり前だ■慧理沙のことなんて気にせず、学校に行く準備をしよう……■
でも、何なんだろう■
何となく、不安なような■いや、不安というのはちょっと違う■満たされていない、みたいな感じ■容器に水が満タンに入りきっていないから、何となく据わりが悪い……みたいな感じだ■
慧理沙が隣にいないということが――いつもの自分じゃないみたいな感覚で■
慧理沙のことを考えていると、心臓がいつもより大きく鳴っている気がする■何なんだよ、この気持ちは■
「慧理沙……」
と俺は閉じた窓に向かって、誰に言うともなく口に出していた■
すると、慧理沙の部屋のカーテンが開いて、パジャマ姿の慧理沙が急に姿を現した■
寝ぼけ眼の慧理沙は、俺と目が合うとびっくりした顔をして、ガラッと窓を開けた■
「龍紀!? あんた何見てんのよ! 信じらんない!」
慧理沙は赤面していた■うさぎの模様のピンクのパジャマだった■意外と可愛らしいのを着てるんだな……■
「ねえちょっと何なの!? 寝起きで髪ボサボサだし、最低……」
手櫛で強引に長い髪を整えようとする慧理沙■こいつのこんなに無防備な姿を見るのは久しぶりだった■
でも――何か、安心した■慧理沙の顔を見られて……■
「珍しいな、慧理沙■いつもはこの時間、お前が俺のことを起こしにくるのに、そんなに寝ぼけて■寝坊か?」
「……何言ってるの?」
と呆れた顔の慧理沙■
「寝ぼけてるのはあんたじゃない■……今日は土曜日よ」
「……え?」
あ……■
そう言われて、思い出した■
そうだった■
……今日、土曜日だった■学校、休みだ……■アラームもうっかりそのままにしてた■
「そっか……今日、休みだったわ」
「そっかじゃないわよ! 馬鹿」
本当、馬鹿だな、俺って■
勝手に落下事故とか想像した挙句、ただのこんなオチだなんて■
ああ――今日は休みなんだなあ■
「あのさあ慧理沙」
「何よ」
「……今日、何か予定ある? せっかくの休みだし、駅前のショッピングセンターでも行かね?」
「……」
無言の慧理沙■
やばい、馬鹿すぎるだろ俺■何言ってんだ■つい、慧理沙を誘って出かけたいなんて気持ちが口をついて出てしまった■うわあ、気まずいぞ、これ……■
「…………行くわ■何時に出るの」
「……え、あ、マジ?」
「自分から誘っといて何よそのリアクションは!」
「ああいや、悪い■そうだな、じゃあ9時に出発で――」
決まっちゃったよ■
何だろう、この気持ち■
自分の身体が自分のものじゃないみたいな――でも、何かが始まったような感じだ■
着替えるから、といって慧理沙が窓とカーテンを閉めた■
残された俺は、何とはなしに空を見上げる■
雲一つない青空が広がっていて、太陽がこの上なく綺麗だった■(了)
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