若き従騎士の成り上がり

瑠璃の泉

第1話 全滅

「従騎士シュテファン・リッツ様、

 および、騎兵4名、全員討死されました。

 皆様、ご立派な最期でございました。」


深夜に早馬が来て、それだけ伝えて去っていった。


従騎士の父が出陣する度に、家を守る覚悟はできているつもりだった。


しかし、全滅という最悪の事態。


いざ直面してみると、ショックの大きさに言葉を失う。


とはいえ、自分には次期当主としての役目がある。


悲しんでばかりはいられない。


遺族にすぐ伝え、明日の会議のための打ち合わせを家族とおこなう。


・・・・・・


翌朝、遺族4家族に集まってもらった。


皆憔悴しきっている。


特に、騎兵の妻たちは4人とも30代後半だが、一晩ですっかり若さが失われてしまっている。


これは愛する夫を失った悲しみだけでなく、今後の生活に対する不安が大きくのしかかっているためだろう。


彼女たちの子供のうち、年上の子供たちは健気にも自分の役割を理解している様子。


母親を手伝い、弟妹を守る覚悟が伝わってくる。


その横で、まだ状況を理解できていない小さな子供たちが、一生懸命お行儀よくすましている。


そんな姿に、俺は胸を締め付けられる。


『家臣たちは自分の大切な家族。』


父はよく語っていた。


俺はその言葉を噛みしめる。


決意と同時に勇気が湧いてくる。


「若様、いえ、旦那様、

 大旦那様をお守りすることができず、

 誠に面目次第もございません。

 長い間、大変お世話になりました。

 旦那様のご武運をお祈りしております。」


代表者のマリーが謝罪と別れのあいさつを切り出すと、他の人たちもそれに合わせて静かに頭を下げた。


小さな子供たちも一瞬遅れてちょこんと頭を下げた。


遺族たちがいきなり、こんな発言をするのには訳がある。


我が家リッツ家は筆頭従騎士として、騎士エーリッヒ・バルクマン様に仕えている。


騎士バルクマンに仕える従騎士は4名おり、譜代の家臣として世襲が許されている。


しかし、従騎士に仕える兵士身分の騎兵や歩兵は世襲が認められていない。


騎士から見ると、陪臣(家臣の家臣)は一代限りの契約労働者に過ぎない。


つまり、戦えなくなった者は仕事を失い、他の戦える者が新たに補充される。


遺族たちはこの無情な習慣に従うしかない。


一家の大黒柱を失って、これからは妻が働いたわずかな給金で暮らしていくことになる。


遺族たちにできるのは、見舞金の増額を祈ることくらいだろう。


この世界では命の価値はあまり高くない。


そのため、見舞金は平均で給金3か月分であり、それ以上支給されることは珍しい。


しかし、今回は主君を守れなかったため、支給額はゼロとなる。


命をかけて忠義を尽くしても、下の者は報われない社会システムになっている。


だから、戦場で自分の主君が死亡した場合、そのまま逃亡したり寝返ったりする兵士も一定数存在する。


「みんな、今回は本当にすまなかったね。

 そしてよく戦ってくれた。

 4人のおかげで我が家の名誉は守られたよ。

 本当にありがとう。」


重苦しい雰囲気の中、俺はみんなに声をかけた。


俺に叱責されるものと思い込んでいた遺族たちは、予想外にねぎらいの言葉をかけられ、一瞬反応が遅れる。


「と、とんでもないことでございます。

 お役に立てず申し訳ありません。」


「みんなの忠義に感動したのは本当だよ。

 だから、4家の見舞金は1年分支給する。

 鎧と馬の代金を父が貸していたよね。

 それは全額免除にするよ。」


俺は破格の額を提示した。


突然、悲鳴のような喜びの声が爆発した。


みんな抱き合って涙を流している。


なにも分からない子供たちも無邪気にニコニコしながら手をバタつかせている。


「そして、みんなの今後だけど・・・」


それまでの歓声が一気に静まり返る。


子供たちまで。


「4家の嫡男を譜代の家臣として

 召し抱えることにする。

 譜代だから子から孫、そのまた次の代、

 つまり、リッツ家が続く限りずっと家臣。

 だから、館から退去する必要はないよ。

 みんなは家族だからね。」


俺の予想に反して、みんなの反応は薄い。


みんな不審な顔をしている。


「旦那様、一つよろしいでしょうか?」


代表者のマリーが恐る恐る質問する。


「騎士バルクマン家の殿様から

 従騎士リッツ家の旦那様に支払われる俸禄は、

 戦の兵力を準備するためのものでございます。

 息子たちはほとんど成人しておりません。

 4家の内、成人は私の息子1人のみ。

 成人と申しましても16歳でございます。

 戦うにはまだまだ未熟者でございます。

 そんな役立たずを雇ったら、

 旦那様がバルクマンの殿様から

 お叱りを受けるのではないでしょうか?」


「大丈夫。兵力を増やせば問題ないよ。」


「どこにそのような軍資金が・・・?」


みんな不思議そうに俺を見つめる。


「今回は俸禄が増える可能性が高い。

 これもみんなのおかげ。

 使者が『立派な最期』って言ってたからね。

 わざわざそう言うってことは、

 殿様が評価してくださっている証拠。

 でも、それだけでは不十分。

 だから、人件費を削って予算を作る。

 つまり騎兵を廃止する。

 みんなには歩兵として戦ってもらう。

 でも、それだけだと弱体化する。

 その解決策は人件費が安い未成年の歩兵。

 とにかくたくさん雇う。

 数は力だからさ。

 あ、ちなみに、みんなの給金は下がるけど、

 生活は楽になると思う。

 今までは分不相応に高い鎧や馬を

 装備していたからね。

 まあ、お揃いのデザインの鎧で

 カッコ良かったんだけど・・・。」


「しかし、バルクマン家最強の騎兵隊が

 失われてしまいますが・・・」


「たしかに騎馬隊は強い。

 でも、騎兵隊って言っても、

 全部でたったの5騎だから・・・。

 それに、その最強の騎兵隊が

 全滅したことは事実だよ。

 もう騎兵隊にこだわる必要はないと思う。」


「本当によろしいのでしょうか?」


「いいよ。

 今までとは違う形で勝利を目指そう。

 大変なのは今だけ。

 1年か2年は出陣が免除される。

 その間にたくさん訓練できる。

 経験不足もなんとかなる。

 将来、4人には歩兵部隊の指揮を任せる。

 頼りにしてるから、しっかりやってね。」


「ほ、歩兵部隊の指揮でございますか。」


「うん、規模は小さいけど、

 まあ、小隊長みたいなものかな。

 今回は思い切って、歩兵を20人

 採用するつもりだから。」


「に、20人ですか!

 10人じゃなくて?

 それはすごいですね。」


みんな驚きとともに、うれしそうに互いを見てうなずき合う。


合計25人(俺+譜代4人+歩兵20人)という数は騎士領全体の兵力に匹敵する。


ちなみに動員兵は臨時で集めるので、この数には含まれない。


圧倒的な安心感を得て、みんなの雰囲気が明るく一変する。


むしろ合戦で大勝利でもしたかのような喜びように、俺はちょっとびっくりする。


「今回の4人(討死した4人の騎兵)は

 命がけで戦ってくれた。

 その息子以上に勇気と忠誠心が高い人材は、

 どこを探しても見つからない。

 手放すなんてもったいないよ。

 譜代の家臣として、

 これからも力を貸してもらえないかな?」


すすり泣く声があたりを包む。


小さな子供たちはキョトンとして大人たちのようすを見つめていた。


騎兵から歩兵というのは事実上の降格を意味する。


だから、みんなが認めてくれるか心配だった。


しかし、あっさり認めてくれた。


出費はかなりなものだが、父の残してくれた蓄えは十分ある。


立て直しの希望が見えてきた。


数年後が楽しみだ。


しかし、数年後ではなく、翌朝から大変なことになる。

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