第15話


 店主の対応は実にあっさりしたものだった……というか、叩き出されたという方が正しい。

 幸いにして店への被害は椅子と机が少しダメになった程度らしく、こんな爆弾みたいな客をいつまでも相手にしてられるかと言った具合だった。

 その通りだと思う。

 私は深々と頭を下げながら、ケイルを含めて全員を路地裏まで引っ張っていく。

 たまたま居合わせた客からは大変に凄まじい形相で睨まれたが、そう睨まれても何も出来ないのでペコペコ頭を下げてその場を立ち去るしかなかった。

 いたたまれない視線の嵐を抜けてようやく人気のない場所に来ると、私は「ふぅ」とため息をつく。

 久々に冷や汗をかいた……


「さてケイル、説明を」


 すまし顔でついてきたケイルに訳を聞く。


「気がついたら爆発していました」


 ケイルは色々と不足しすぎている説明をしてくれた。

 そんな雑な説明あるか、と思って睨みつけると、彼女自身も良くないと思ったのかぽりぽりとほっぺを掻いている。


「……本当に気がついたら、としか。店員に注文をしている間に、この二人が喧嘩を始めて……私はとりあえずクロスの剣を止めたのですが、正直何が何やら」


「喧嘩……? てっきりあの客とやり合ったのかと思ったけど……違うの?」


「いえ、彼らも関係者ではありますが……発端はこの二人です」


 ケイルが指したのはクロスとクリムだった。


「……」


「……ふん」

 

 二人はぷいとそっぽを向いて、怒ってますオーラを出している。

 ふむむ。

 ケイルの話を信じるなら、男の子同士の喧嘩が原因ということになる。この年頃の子供達なら、そりゃあ喧嘩の一つや二つあるでしょうとも。

 だから、喧嘩だけなら別に問題ない。

 問題は彼らがただの子供ではないという点だ。

 彼らの喧嘩は即ち、その特異な力も込みでの喧嘩だ。火だの氷だの飛び交う訳で、流石にそれは看過できない。

 下手をすれば巻き込まれた人が死ぬ。なんなら彼ら自身も死ぬ可能性がある。

 あまりに危険すぎる。

 この子達は、今までは絶対的な上位者がいて、それに従うしかなかった。そうしなければ生きていけなかった。

 それが今や命令して押さえつけるものが消えたせいで、彼らは徐々に自由だと気がつき始めている。

 今回の件もその始まりに過ぎないはずだ。

 意見の相違は、つまりは互いにやりたい事が出始めたという事だろう。自由意志を奪われ続けていた彼らの成長とも取れる。

 それ自身は非常に喜ばしい事だが……人を外れた力があるということを自覚するべきだ。

 でなければあっという間に、彼らは社会に排斥されてしまう。

 人は未知を怖がる。

 この世界では、魔術は魔法陣によって作り出される。しかし、この子達は己の身体自身に魔力を操る術理を刻まれているため、その常識を無視した存在なのだ。

 そんな子供達が騒ぎを起こせば、行くつく先は簡単に予想がつく。


「二人とも、街中じゃ無闇に『術』を使わないこと、良いわね?」


「「……」」


 当然返答はない。

 ま、そうそう言うことを聞いてくれる子達だとは思っていない。このルールはおいおい他の面子にも時間をかけてよくよく言い聞かせよう。

 それに、今回の問題点はそこじゃない。


「そもそも何で喧嘩したのかしら?」


「……」


 クロスは変わらず口を開かない。

 私は一旦こっちは諦めて、クリムの方に狙いを定めた。

 じっとクリムに目線を合わせると、クリムは少し困ったような表情を浮かべてからポツポツと訳を話してくれる。


「……クロスが、さっさと逃げようって言うから、僕は、またご飯が食べれなくなるのは嫌だって」


 言い終わるか終わらないかのうちに、クロスがキッとクリムを睨みつけた。クリムもクリムで、「やるか?」と身を構える。


「やめなさい。これ以上リリシア様に迷惑をかけないで」


 そこに割り込んだのは、既に魔力の残滓を身体から湧き上がらせてやる気満々のリィルだ。

 ややこしくなってきた。

 ケイルに助けを求めようにも、まるで「アンタが拾ったんだろ」と言わんばかりに腕を組んでだんまりだ。ま、なんだかんだピンチになったら助けてくれるので、ひとまずは援軍なしと判断して私がこの場を裁量しよう。


 話の流れは分かった。

 クリムは先日の森での一件から、また迷子になったりなんだりで飢えるのは嫌だったのだろう。リィルから話は聞いている。確かそもそもリィルが呪いを受けるきっかけとなったのは、クリムが空腹を訴えたのが始まりらしい。

 そして、少なくとも私についていけば飯に困ることはない。

 けれど一文無しの彼らではこの先無事に食べていける保証などないし、現にクロスに従ったところろくに食べれず困った記憶も新しい。

 クリムの言い分はこんなところだろうか。

 ……食べ物目当てとはいえ、素直に私を頼ってくれるのは嬉しい。可愛いのでたくさん食べさせてあげよう。


 さて、問題はクロスだ。いまだに私の事を信用せず、隙あれば仲間と共に逃亡しようとしているのが彼である。

 正直なところ、彼が一番理解しやすい。

 無理やり大人に命令され続けてきた人生。とてもすぐに他人を信じられるようにはならないだろう。リィルのように私を慕ってくれる方が珍しい。

 だから、彼とは逆に適切な距離感を見つけてゆっくり接しようと思っていた。

 しかし、彼とのコミュニケーションを避けていた結果が今回につながったとも言える。

 下手に無理やり話しかけて余計拗らせても……と引け腰になっていたが、裏目に出たようだ。

 それに、現状、彼以外は私についてくることに基本的には賛成のスタンスだ。ブルムやモモイからは直接聞いたことはないが、嫌な様子は見せないのでそうだと信じたい。

 であればあとはクロスを説得すれば意思統一となる。ここはちゃんと話し合わねばなるまい。


「じゃあクロス、少し私とお話ししましょうか」


 このまま放っておくと再び喧嘩が始まってしまいそうだ。

 私は剣呑な顔つきのクロスの手を取る。


「っ、触るなっ!!」


 途端に黒髪の少年が暴れた。

 シャキンと音が聞こえるくらい勢いよく刃が身体から飛び出る。


「あ」


 気がついた時には私の腕が輪切りにされる。黒光りした両刃の鋼が、クロスの手のひらから鋭く伸びていた。

 断面が覗くぐらいざっくりと切り落とされた腕が、地面に落ちて、それから燃えるように焼失していく。


「クロス……!!」


 リィルの沸点が一気に弾け飛ぶ。

 殺意に満ちた表情で、彼女の周囲に魔力が迸る。

 私の身を案じてくれるのは嬉しいが、リィルからクロスに対しての悪感情が溜まりすぎるのは好ましくない。

 うーん、困った。クロスの方も話しづらいかもしれないし、いっそ二人っきりになった方がいいかな。

 よし、そうしよう。


「ケイル、リィルを頼んだわね」

 

「……はい」


 あんまり納得していないような顔つきで、ケイルがリィルの両肩を抑える。


「離しなさい、リリシア様を傷つけたクロスを許してはおけません!」


「なんだか立場が逆だな。まぁ落ち着け、あの程度でリリシア様は死なない」


「護衛である貴方がそれを言うのですか! 死ななければあのお方が幾ら傷ついても良いと!? なら貴方は何故護衛なんてしているのです!!」


「それは良くないが……おい、本当に全く言い返せない事を言うのはやめろ。今は単純にリリシア様に危険がないから見逃しているだけだ。暗殺者でもなんでも来たら真っ先に守るとも」


「どう見たってアレが暗殺者でしょう!?」


「それはそうだが……クソ、なんで子供に言い負かされなきゃいけないんだ。全部リリシア様のせいですよ」


 ガヤガヤと漫才をやっている二人を置いておいて、私は無事な方の手で再度クロスの手を掴む。


「なっ……」

 

 腕を切り飛ばして尚怯まず近づいてくるとは思っていなかったクロスが、私の行動に呆気に取られる。

 舐めてもらっては困る。

 これくらいの負傷で怯むようでは、聖女は名乗れない。

 ……いや、どちらかと言うと、これくらいで怯むようでは『真島組』は名乗れないと言うべきか。もっとも、前世ではついぞ欠損するまでは行かなかったが、鉄火場の経験は何度かある。


「このまま行動を共にしていては、クロス、貴方のせいでリィル達が危険に晒されるわ」


「……!!」


「賢い貴方なら分かるでしょう? 私はそれを避けたいの。だから少しだけ、ほんの少しだけでいいから私に付き合って」


 他の子達が危険だと伝えると、予想通りクロスは大人しくなった。

 私はホッと内心胸を撫で下ろすと、ケイルに目配せして、クロスとお散歩に向かう。


「危険ですリリシア様!! クロスは貴方を殺そうと……!!」


「リィル、私はちょっとやそっとじゃ死なないわよ。知っているでしょう?」


 心配そうなリィルにウィンクを返してやると、彼女はようやく静かになった。

 他の子達は静かに成り行きを見守っている。

 

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