第2話 辺境での一歩目

 朝日がルヴシール湖を照らす、湖畔の工房前、きらめく水面に目を眩ませながら背伸びをする。爽やかな風が新天地での生活を後押しするよう通り過ぎ、レントは胸を躍らせる。


「おはようっす、アニキ〜」


 眠そうな目をこするポンクルが工房から顔を出す。だらりとした尻尾が引きずっている。


「おう、おはよう。飯にすっか」


 レントは簡素なテーブルと椅子を外に運び、ポンクルが鼻歌混じりにフォークとナイフを並べる。男二人暮らし。食事は当番制になっている。


 レントが「できたぞ」と柔らかいパンに豪快に切った肉、レタスを挟んだ包みと家畜の乳を煮詰めた飲み物を出す。しかし、ポンクルが一瞥して肩を落とした。


「またこれっすか…アニキ…!」


「なんだ?旨いだろこれ」


 ポンクルを不思議そうに見るレント。


「旨いっすけど、アニキが朝飯当番の時はいつもこれのような…」


 ポンクルは渋々ながらもモリモリ食べつつ、飲み物をすする。


「ところでアニキ、これからどうするっすか」


「あん?」


 テーブルから身を乗り出し、鼻息を荒くして意気込むポンクル。


「ガルドの奴っすよ!オイラ許せないっす!偽者の剣でアニキをはめたっす! 名誉、取り戻すっすよ!」


「…俺は鍛冶ができりゃ何でもいい」


 素っ気なく返すレントだったが、内心ガルドへの怒りが燻る。

 おそらくレントの鋳造した剣をすり替え、王族を危険にさらした罪で追放させた。


 しかし、それ以上に気になるのは第一王子の怪我。あの事件、ガルド単独じゃ無理だ。それになぜ王子を巻き込む必要がある?追放するだけなら他にも方法はあったはずだ。

 一つ言えるのは王宮に協力者がいるということだが。そう思考を巡らせレントは呟く。


「また王宮の権力争いか…」


 レントは親方の死を思い出し、顔をしかめる。親方は宮廷鍛冶師だったが権力争いに巻き込まれ命を落としていた。

 口数少なく、反応の薄いレントにしびれを切らし、ポンクルが勢いよく立ち上がる


「そういえばアニキ! ピンパネが言ってたっす! あっちの集落、武具や農具が足りねえって! 行くっすよ!」


「ん?ああ、動くか」


 レントは食器を片付けると、ポンクルと共に集落へ向かった。





 レントとポンクルはルヴシール湖のほとりを抜け、近隣のルーラ村に到着する。

 小さな農村は、粗末な木造の家々が点在し、村人の数はまばらだ。擦り切れた農具を手に働く村人たちの姿は、裕福とは程遠い。


 一人の村人、日に焼けた農夫が近づく。


「お前ら、冒険者か?」


「いや、俺たちは…」


 答えようとするレントを遮るポンクル。ここはオイラに任せろと言わんばかりにジェスチャーする。ドヤ顔で両手を広げ、周りにアピールするようにわざと大声で話す。


「やあやあ! こちらは王国一の鍛冶職人、レント・ヴェーレン様っす! 今日はこの村のために、武具も農具もバッチリ作ってやるっすよ!」


 レントが頭を掻く。しかし、村人たちの反応はポンクルの期待の程ではなかった。


「レント・ヴェーレン? 知ってっか?」

 農夫が首を傾げる。

「いんや、聞いたことねえ名だな。遠くの名前じゃ、わからん」

 別の村人が首を振る。


 ポンクルが「あれ?」といった様子で慌てて続ける。


「レント・ヴェーレンっすよ!かの有名な”蒼星の鎧”や”獅子の翼剣”を作った!王都で大活躍の!」


「王都? ここはルーラ村だぞ。何日もかかる遠くの話なんぞ知らん」

 村人が肩をすくめる。

「そだな。聞いたことねえ」

 もう一人が頷く。ポンクルが弁をふるうも村人達は懐疑的だ。


 ポンクルが「ガーン!」と大げさに口を開ける。その様子にレントがため息をつく中、農夫が口を開く。


「ま、やってくれるなら頼んでみるか。農具、ボロボロだしな」

「そだな。見てみねえとな」


 ポンクルの尻尾がピンと立つ。


「任せるっす! とんでもねえ農具に仕上げるっす! お代は農具一つにつき銀貨2枚っすよ!」


 ポンクルの熱弁に目を丸くし、顔を見合わせる村人達。


「さ、農作業に戻っぺ」

「そだな、遊んでる暇ねえ」


 村人たちがぞろぞろと解散する。


 ポンクルが飛び上がって叫ぶ。


「こらーっす! 銀貨2枚は滅茶苦茶良心的っすー!王都では有り得ないっっつ!ふが!」


 レントがポンクルの口を塞ぐ。


「恥ずかしいから黙れ! ったく…」


 ポンクルがむぐむぐと暴れる中、一人の村娘が近づいてきた。


「あなた達、鍛冶師なの?」


「ん?」


 快活な声にレントが振り返る。肩より少し短めのブロンドヘア。簡素な村には珍しい映える髪に小さなイヤリングが揺れる。少女は明るい笑顔を振りまき、少々強引にレントたちを促す。


「あたし、ルミナリア。良かったらついてきて。鍛冶場、案内するわ」


 ルミナリアの笑顔にポンクルの心臓がドキリと鳴る。目を大きく開き、尻尾がピクピク動く。


「いや、悪いが今日はもう帰…」


 レントが断ろうとするのを、ポンクルが遮る。


「はいっす! ぜひお願いしますっす!」


 ポンクルは目を輝かせ、尻尾を振って食い気味に答える。


「おい、ポンクル!」


 レントが止めるも、ポンクルはルミナリアに続いてスタスタ歩く。レントはやれやれと後を追った。





 先程の中央広場から少し歩き、ルーラ村の端にある建物に案内される。

 古びた木造の建物は長年使われていない様子だが、埃一つなく掃除が行き届いている。道具は錆びているが、一通り揃っていた。


「随分ボロだな、掃除はしてあるみたいだが…。この村に鍛冶師はいないのか?」


 工房に正直な感想を述べてしまうレント。ルミナリアが少し申し訳なさそうに答える。


「ごめんね。父が亡くなってから、誰も使ってなくて…でも形見だから、毎日磨いてはいるの」


 レントが「やっちまった」とばかりに口を押さえ、気まずそうに目を逸らす。ポンクルがジト目で睨む。


「アニキ、デリカシーゼロっす」


「うるせ、悪かったな」


 むくれるレント。ルミナリアがくすっと笑う。


「いいの。何年も前の話だから」


 レントは頭を掻き、気を取り直す。


「えっと、ルミナリア。ここはお前の親父さんの工房なのか?」


「うん。今はあたしが管理してるの。だから、良かったら使って」


 ルミナリアが笑顔で頷く。

 レントは工房を見渡す。道具は手直しすれば十分使える。


 ポンクルの尻尾がピンと立つ。


「アニキ! 村人を見返すチャンスっす! バッチリ作るっすよ!」


 普段から「アニキの為に!」なんて言っているポンクルだが、内心ルミナリアと仲良くなりたいだけなのはバレバレだった。レントは苦笑する。

 少し歩けば自分の工房でもできなくはないが、ここは彼女の厚意に甘えるとしよう。レントは腕を組み頷いた。


「わかった。感謝する」


「よかった! 手伝いが必要なら言ってね!」


 ルミナリアが手を合わせ、蒼く光る瞳を輝かせる。

 他の村人たちと違い随分と協力的なのが気になるが、今は鍛冶に集中したい。レントは麻布を頭に巻き、気合いを入れる。


「よし、早速取りかかるぞ!」


 レントは工房に火を入れ、錆びた道具を磨き上げる。ルミナリアが持ってきた農具は使い込まれ、刃こぼれだらけだ。


「こりゃ直し甲斐があるな」


 レントが農具をまじまじと見つめ、炉に鉄を放り込む。

 ポンクルが薪を運び、ルミナリアが水を汲む。工房内にハンマーの音が響き、鉄が赤く輝く。

 鍛冶場の音に、村人たちが野次馬のように集まる。


「お、なんじゃ。ほんとに鍛冶師だったんか」


 農夫が物珍しそうに呟く。


「ふっふーん! ドワーフ仕込みのアニキの鍛冶、見るがいいっす!」


 ポンクルが尻尾を振ってアピールする。


 レントは農夫の求める鍬をドワーフ技法で打ち直す。親方の教えが脳裏に響く。「鉱石の声を聴け」

 一目で用途や素材を見抜き、眠った力を目覚めさせる技――

 王国一ともてはやされようが関係ない。親方に比べりゃ自分はまだまだだと自戒し、日々研鑽するレントはその技法を着実に自分のものにしていっていた。


 刃は鋭く、柄は頑丈に。刃こぼれやひびが均一に整う。レントは丁寧に研磨し、「よし」と呟く。

 仕上がった鍬をルミナリアに渡すと、彼女は「すっごい!」と声を上げ、村人に見せに走る。

 若い農夫が鍬を手に目を丸くする。


「こんな綺麗な刃、初めてだ! これで畑仕事が楽になるぜ!」


 ルミナリアが興奮気味に言う。


「レント、すごいよ! 村のみんな、ビックリしてるって!」


「だから言ったっす! アニキは王国一っすよ!」


 ポンクルが得意げに胸を張る。

 村人たちがどやどや集まり、レントの仕事に感嘆する。中には初めて鍛冶を見る者もいる。今ポンクルが弁をふるえばこぞって村人が依頼したことだろう。


 レントが呼びかける。


「今日はサービスだ! タダで直してやるから、みんな持ってこい!」


 師匠の思いもよらぬ発言にポンクルが尻尾をピンと立て飛び上がった。


「ちょっと、アニキ! 何言ってんすか!?」


「おおーっ!」


 村人たちが歓声を上げ、「うちのも頼む!」と農具を抱えて工房に押し寄せる。笑顔が広がる中、一人ポンクルだけが頬を膨らませていた。


「アニキ、村での稼ぎがパーっすよ…」


「良いんだよ。俺は鍛冶ができりゃなんだって」


 満足げに工房を見つめるレント。そんな師匠の様子に、やれやれとポンクルは肩をすくめた。



 ルーラ村がレントの鍛冶で賑わう中、村を囲む大きな森の奥で獣の叫び声が聞こえる。小鳥や小動物たちが一斉に飛び出し、危険が迫っていることを告げるように散り散りになっていく。


 ポンクルが鼻をヒクつかせ、レントに警告する。


「アニキ…なんだか嫌な匂いがするっす…」


「あん?嫌な匂い?」


 そう言ったのも束の間、一人の村人が血相を変えて飛び込んできた。


「みんな!大変だ!農場に…でっけえ魔獣が!」


 先程の和やかな様子とは一転し、村人たちに緊張が走る。

 この時、レントはこの後自分が戦うことになるとは思ってもみなかった。


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