自覚(萌桃's Story)

第32話

今日一日の最高に楽しかったことを思い出しながら、家に帰る。滝澤さんと一緒にいた全ての時間があまりにも楽しくて、脳内から溢れてしまった思い出を周囲にふわふわと振り撒いてしまいそうな、そんな気分にさせられる。


「滝澤さんとのデート……、じゃなかった。お出かけ楽しかったなぁ」

緩み切った笑顔のまま部屋に戻って小さく息を吐いて、力が抜けたみたいにその場でしゃがみこむ。


「緊張したぁ……」


全ての瞬間で心拍数が高まっていたからだろうか、帰ってきて一人になってからドッと疲労感が湧いてきた気がする。ただし、嫌な疲労感ではなく、軽く運動でもした後みたいに心地良い疲労感だけど。


「それにしても…………、滝澤さん可愛くておかしくなっちゃいそうだったんだけど!!!!! 学校でも可愛いけど、普段見慣れない私服もメイクも最高だったよぉ!!!」


ペタリと床にお尻をついて、アヒル座りをしながら、頬を押さえた。


独り言を言っていたら変かもしれないけれど、黙っていたら感情が溢れてきて、収まりきらなくなった滝澤さんへの感情で爆発してしまいそうだったから、誰もいない部屋でつい声を出してしまった。大きな声になってしまったから、他の部屋にいる家族に聞こえてしまっていないか不安になる。


高校に入ってから、一人で退屈な日々を過ごしていたわたしにしては柄にもなく、あまりにも楽しい休みの日になってしまった。もはやほんのりと罪悪感でも抱いてしまいそうなレベルで。


「妃菜乃ちゃんと学校別になっちゃってから、あんまり楽しくなかったけど、滝澤さんと仲良くなってから毎日楽しいや」

誰もいないのを良いことに、にへらと緩んだ顔で微笑んでしまう。自分の顔を鏡で見るのが怖いくらい緩みきっていそう。


今日の思い出だけを振り返るだけでも十分幸せなのに、楽しかっただけでは終わらないのだ。カバンから取り出した画面の暗いままのスマホを見ただけでにやけてしまう。


「やった、やった! やったよぉ!」

思わず胸元でスマホを抱きしめてしまった。


「信じらない信じられない信じられない、信じられないよー!!」


なんと! スマホの中に滝澤さんの連絡先が入っているのだ! 


いそいそと画面のロックを解除して、メッセージアプリを起動させる。画面に書かれた『滝澤絢』の文字と適当に撮られたであろうケーキのアイコン。友達の欄にシンプルにフルネームが記載されているだけなのに、それだけでテンションが跳ね上がってしまう。


確かに、確実に、滝澤さんとの繋がりが、このスマホの中にあるのだ! これからは滝澤さんといつでも連絡を取ることができる事実に浮き足立ってしまう。


絶対に離さないとばかりに、ギュッとスマホを抱きしめた。ずっと憧れて、一方的に好意を抱いていた相手である滝澤さん。きっと卒業まで話すこともないのだろうな、と思っていたのに、なぜか仲良くなれて、しかもついに連絡先まで交換してしまった。


「これで、24時間いつでも滝澤さんに連絡できるんだぁ」

えへへ、と思わず笑みがこぼれてしまう。


喜びに浸っていると、ちょうどそのタイミングで胸元でスマホが震えた。


わっ、と反射的に驚いた。滝澤さんでいっぱいになっていた頭の中が少しだけ現実に引き戻される。


「誰だろ!?」

ちょっとだけ滝澤さんかもって期待してしまった。けれど、アプリのアイコンの横にあったのは、滝澤さんじゃなくて妃菜乃ちゃんの名前だった。


いや、もちろん妃菜乃ちゃんでも嬉しいけど。今はもうちょっと滝澤さんに浸っていたかったな、なんて贅沢なことを思ってしまう。


そんな失礼なことを考えてしまったことに対して、ごめんね、妃菜乃ちゃん……、と心の中で謝りながら通話ボタンをタップした。


『やっほー。元気してる?』

「さっき会ったばっかりじゃん」

普段よりも少し気持ちのこもっていない苦笑いを返してしまう。


『なんか元気なくない? さっきあんなに元気そうだったのに』

「そ、そういうのじゃないよ! 元気いっぱいだよ!」

気持ちを切り替えて、元気な声を出した。


『おいおい、あたしからの電話が嫌だったってことかい? モモピひど~い。え~ん、え~ん』

指摘するまでもない雑なウソ泣きが聞こえてくる。


「嫌なわけないじゃん。妃菜乃ちゃんのこと大好きだし」

『わかってるよ、滝澤さんを待ってたんでしょ』

わたしの大好きという言葉を聞いて、妃菜乃は一転して満足気な声になっていた。


「いや、別に待ってたとか、そういうわけじゃなくて……。そもそも、滝澤さんが電話とかしてくれるわけないし、そんなの期待するのもおこがましいというか……」

もにょもにょと言い淀んでいると、スマホ越しにケラケラと笑い声が聞こえてくる。


『その言い方だと、さっきちゃんと交換できたっぽいね~。よかったよかった』

『無事に交換できたよ、ありがと』

ホッと息を吐き出した。間違いなく今スマホの中に連絡先が入っているのは妃菜乃ちゃんのおかげだ。


今日は妃菜乃ちゃん、普段よりもちょっとテンション高めで不思議だったけれど、わたしが滝澤さんと連絡先交換できるようにアシストしてくれたのがとても嬉しかった。


きっと妃菜乃ちゃんがいなかったら、わたしは滝澤さんから連絡先を聞き出すなんていう高等技術は使えなかっただろうから。


『良いってことよ。その代わり、ちゃんと滝澤さんと仲良くするんだぞ』

「わかってるよ。妃菜乃ちゃんはほんと世話焼きだよね」

わたしがコミュ障なのを考えてアドバイスしてくれてるんだろうなって思った。


けれど、そういう意味じゃなかったみたい。


『伝えるべきことは伝えるんだよ』

「伝えるべきことって……、そんなの何も無いってば」

『いやいや、告るなら早い方がいいよ〜』

「え?」

『滝澤さんモッテモテだろうし、さっさと告って付き合っちゃったほうがいいよ』

「こ、告っ……!?」


いきなりのことに、思わず咳き込んでしまった。

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