第30話
前髪をダラリと垂らしながら、不機嫌さを隠すこともなく、もそもそとドーナツを食べる。
味気ないドーナツだ。
悔しい……
萌桃と一緒に遊びに来て、ほんの数分前まで楽しかったのに。
別に何も気にせず、わたしが妃菜乃とも仲良くすれば良いだけの話なのに。
なのに、わたし以外の子に、こんなにも懐いている萌桃を見ると、嫌な気分になってしまう。
「た、滝澤さん……?」
萌桃が不安そうにわたしの名前を呼んでいる。
「なに?」
そっけない返事になってしまった。
これじゃあ、萌桃に八つ当たりしてるみたい。
何やってるんだろう。
萌桃ともっと仲良くなりたいのに、これじゃあどんどん嫌われそう。
わたしの返事が明らかに苛立っているせいだろうか、萌桃もこれ以上何も話してくれなくなった。
テーブルに気まずい空気が流れそうになってしまっている時に、また空気を読めずに明るい声を出したのは、妃菜乃だった。
「え〜、滝澤さん怒ってるの〜? こわ〜い。何かあった?」
他人事みたいにはしゃいでいる妃菜乃のことを、俯いていたからだらりと垂れていた前髪越しに睨む。
わたしが不機嫌になっている原因を作った当事者である妃菜乃は、あくまでも呑気だった。
あんたのせいじゃん……
そう思ったけれど、声には出せなかった。多分、そのセリフは、とても怖い声とともに発せられるから。これ以上、萌桃を怖がらせたくはない。
「お腹減ってるんだったら、滝澤さんもあたしのラーメン食べていいよ〜」
「いらないわよ」
「じゃあ、モモピのドーナツ食べさせてもらいなよ〜。おいしかったよ〜」
「いらないわよ」
あんたの一口食べた後のドーナツなんて。
さっさと食べて、一人でこの場を去ろう。そう思って、黙々と食べ進めてた。
「じゃあ、せめてモモピにあげてよ。モモピって甘いもの大好きだから」
そういえば、萌桃から一口交換しよって提案されたんだっけ。まあ、萌桃は妃菜乃に先にあげちゃってたけど。
「あの……」
萌桃の声が震えていた。震えていたけれど、頑張って声を出そうとしているのはわかる。
わたしはジッと俯きながら、萌桃の声を聞いた。
「もし、嫌じゃなかったら、一口くれませんか?」
さっきの妃菜乃のときはもっと自然にもらっていたけれど、わたしに対する時はかなり他人行儀なのが気になってしまった。
まあ、でも、萌桃が頑張って伝えてくれているのだから。
「良いわよ」
持っていたドーナツを萌桃の方に差し出す。
「食べかけだからそれでも良いなら」
「も、もちろん良いですよ!」
なぜかちょっと嬉しそうに頷いていた。
緊張気味にわたしのドーナツに口元を近づけていく。桜色のリップを塗った唇が慎重にドーナツに触れる。綺麗な歯がギュッとドーナツを噛んだ。
なんだか餌付けみたいで可愛らしいな、と思ってしまう。
萌桃の姿を見てたら癒されてしまう。
本当に、このギャルがいなければもっと良かったのに……
邪魔な妃菜乃を睨んだら、彼女が声を出す。
「あ、そうだ。滝澤さん、連絡先教えてよ〜」
「はぁ?」
せっかく和らいだ気持ちがまた荒れてしまう。何が悲しくてこの面倒くさいギャルに連絡先を教えなければならないのだろうか。
嫌よ。
断ろうとしたけれど、先に妃菜乃が声を出す。
「あ、でも、わざわざ滝澤さんにQRコード出してもらうのも悪いから後でモモピに聞いたらいっか〜」
「わたし、滝澤さんの連絡先知らないんだよね……」
申し訳なさそうに、萌桃が言うと、妃菜乃が大袈裟に驚いた。
「えー、じゃあモモピから滝澤さんに聞いといてよ」
「え?」
今目の前にわたしがいるのに、わざわざ萌桃を介するのが不思議ではあった。
「もうラーメン食べちゃったから、そろそろ出ないといけないんだよね。長居したら滝澤さんに怒られちゃう」
そんなことを言いながら、すでに立ち上がって、お盆を持っていた。
確かに約束はしていたけれど、唐突すぎない?
ていうか、この子に約束を守るという発想、あったんだ……。
まあ、ありがたいけど。
「じゃね〜」
そのまま妃菜乃はサッとカバンを持ってそのまま去っていった。
まるで台風みたい。去っていった彼女の後姿を見てから、ため息を吐いた。
さっきまで賑やかだったせいで、一気に静かになったような気がしてしまう。
わたしと萌桃は斜め同士の少し話しにくい席で取り残されてしまったから、お互いに苦笑いをした。
「席こっちにしますね」
萌桃が横に移動したから、わたしと萌桃は向かい合う。
「なんなのよ、あの子」
「すいません……。普段はもうちょっとおとなしい子なんですけど、滝澤さんがいたからテンションあがっちゃったのかもしれないです」
「わたしがいたからテンション上がるって、どういうことよ?」
「だって、滝澤さん綺麗だから。綺麗な子見たらテンションあがるかなぁって思いまして」
「どう考えてもそういうテンションの上がり方じゃなかったわよ……?」
わたしが人のテンションを上げられるような容姿をしているかどうかは別として、さっきの子の態度は明らかにわたしへの好意から来たものではないと思うけど。
むしろ、ところどころ敵視してるようにすら感じられたんだけど……
まあ、もう帰った子のことはどうでもいいか。
気づけば夕方になっていたからだろうか、フードコートの人も減ってきていた。晩御飯とおやつの間くらいの時間になっている。
そろそろ帰ろうかな、と思った頃合いに萌桃が小さく笑った。
「あの……」
「どうしたのよ?」
萌桃はちょっと緊張気味だった。
「連絡先、交換しておいてもらっても良いですか?」
ああ、そういえば妃菜乃がいそいそと帰ってしまったから、結局連絡先の話も中途半端になってしまってたんだっけ。
「もちろん良いわよ」
メッセージアプリを開いて、QRコードを出す。
さっきは妃菜乃からQRコードをわたしに出させるのが悪いからなんていうことを言われたけれど、そんなに面倒な作業でもない。
ほんの1分も経たないうちに、連絡先の交換を済ませられた。
「これで、いつでも遊びに行けますね」
萌桃がえへへ、といつもの可愛らしい笑顔を見せていた。
「そうね」
わたしも思わず頬を緩ませてしまった。
人前でにやけてしまうのは、ちょっと恥ずかしいけど、萌桃の前なら良いかな、なんて思うのだった。
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