第28話

わたしは立ったまま、席を横取りしてきたギャルの、ブラウンヘアーのゆるく巻かれた髪の毛を見下ろした。


「そこ、わたしたちが取ってたんだけど?」

できるだけ強めに言ったのに、彼女はまったく怖がることなくのんびりとした瞳でこちらを見上げてくる。


「席いっぱいだからさ〜、相席させてよ」

「ダメに決まってるでしょ」

「えー、いいじゃん。初対面ってわけでもないし」

「実質初対面でしょ……」


さっきゲームセンターであっただけの子を顔馴染み認定できるほど、わたしは陽キャではない。


「まあまあ、ラーメン伸びたら嫌だしさ。これ食べたら帰るって」

あっけらかんと笑いながら、気にせずラーメンを食べ始める。静かに口元に運ばれるラーメンの食べ方が無駄に綺麗だった。


雑そうな性格の割に、レンゲに一口サイズに乗せてから少し息を吹きかけて冷ましてから食べる。食欲はそそられないけれど、見ていて不快感はまったくない。


「食べたら本当に帰りなさいよ?」

「はいはーい」


一応了承はしてくれたけれど、すぐに手のひらを返しそうな軽い返事をどこまで信じれば良いのかはよくわからなかった。


4人席のうちの一つには先ほど頑張って取った大きなネコのぬいぐるみを置いてあり、その斜め向かい側の対角線上に彼女が座っている。横にも正面にも誰かが座れる場所。後から席を横取りしに来た人としては、かなり図々しい席な気がする。


……ということは、必然的にわたしか萌桃のどちらかがこの得体の知れないギャルの横に座らなければならないのか。


萌桃の横にこんな怪しい女を座らせるわけにはいかないから、わたしはギャルの横に座ろうとした。


「なんだ、滝澤さんあたしのこと大好きなんじゃん」

「は、はい?」

どういう発想をしたら、わたしがこのマイペース自己中女に対して好意を抱いていることになるのだろうか。


「そんな苛立ってるのに、わざわざ横に座ろうとするなんて、滝澤さんおもしろいね。ツンデレさん?」

ケラケラと笑われた。


イラっとしたけれど、これも萌桃をこんなヤバい子に近づけないためだ。そう思って我慢しようとしたけれど、先に彼女に拒まれる。


「でも、ごめんね。あたしは滝澤さんみたいな子はタイプじゃないから」

突然声が冷たくなったみたい。明らかに毒の混ざった、先ほどまでとは違う声。


座ったままこちらを睨み上げるみたいな視線を向けられている。その表情が、さっきまでの飄々とした雰囲気を逸脱していて冷たいから、少し不気味に見えた。


「……こっちだってあんたの横とか座りたくないわよ」

少し声のトーンを落として答えた。


結局、わたしの方が彼女に怖気付いてしまい、彼女の正面の席に座るのだった。


仕方ない、萌桃が戻ってきたら一緒に席移動するか……

迷惑なギャルがどこにも行ってくれないのなら、わたしたちがどこかに行くしかない。


本当はすぐにでも席を離れたいけれど、まだドーナツショップから戻ってこない萌桃を置いて席を立つわけにもいかないし。


そんなことを思っていると、彼女がケラケラと笑いながら、ネコのぬいぐるみを指差してきた。


「それ、取れたんだ」

「取れたわよ。残念だったわね。あんたの大好きな子にあげられなくて」

「あー、大丈夫みたい。もう持ってるから」

「はぁ? 持ってるのわかってるなら、わざわざわたしのこと邪魔してただけってこと?」


「いやいや〜、それじゃああたしがめちゃくちゃ性格悪いみたいじゃん。人聞き悪いなぁ。さっきは持ってなかったんだって。滝澤さんがお金を無駄に遣ってくれたおかげで今は持ってるみたいだけど」

「さっきも邪魔しようとしてきた時点で性格悪いんだから、人聞き悪くはないでしょ」

「うーん、でもでも〜。あたしに頼ったらもっと簡単に取れたわけだし、性格悪いっていうか、助け舟出してあげたんだけどなぁ」


こいつは何を言っているのかしら……。


話が噛み合わなくてイライラする。気づけば爪を自分の手に押し付けてしまっていた。


邪魔すぎるから、さっさとどっかに行って欲しいんだけど……


「ていうか、さっき友達に呼ばれたからって、どっか行ったけど、お友達と一緒にいたんじゃないの?」

「もう解散したよ。お友達も大事だけど、もっと大事な子が来てたから。今日はそっち優先させてもらってる」

「じゃあ、見ず知らずのわたしたちと相席するんじゃなくて、そののところに行ってあげた方が良いんじゃないかしら?


「だから、来てるんじゃん」

「は?」

さっきからこのギャルは何を言ってるのだろうか。


思わず舌打ちでもしそうになってしまう。けれど、その寸前に、やっと助け舟になってくれそうな子の姿が見えてくれた。


ようやくドーナツを選び終えたみたいで、向こうから萌桃が戻ってきたのだった。ちょうどギャルの背中側からやってきていたから、わたしの方が先に気づいた。


萌桃は驚いたように、こちらを見ている。まあ、当たり前よね。わたしと2人で遊びに来ていたのに、戻ってきたら見ず知らずの女が座っているのだから。


「萌桃、ごめん。なんか変なギャルが勝手に席座ってたのよ」

移動しようと思って席を立ち上がったけれど、それより先に萌桃が驚きながら声を出した。


「妃菜乃ちゃん!?」

その声に反応した目の前のギャルことは先ほどまでわたしに向けていた飄々として、感情を悟らせないような笑顔を一瞬で解いた。


無邪気な子どもみたいな笑みを浮かべて、立ち上がる。


「モモピ、ひっさしぶり〜!」

お箸とレンゲを置いて立ち上がると、あろうことかすぐに萌桃に抱き着いていた。


「は……?」

なんで?

なんでこいつは図々しく萌桃に抱きついてるわけ?


ダメだ。不快感が最高潮に達する。一刻も早く萌桃と一緒に彼女から離れないと。


でも、萌桃はまんざらでもなさそう。嬉しそうに妃菜乃のことを抱きしめ返していた。


しかも、わたしがこの間抱きしめてたときより嬉しそうなんだけど……


モヤモヤする。


無意識のうちに睨んでしまっていたわたしを見て、ギャルが萌桃には気づかれないように、勝ち誇ったような笑みを、わたしにだけ見せつけてくる。


ダメだ。萌桃がいなかったら手が出てるかも。


さっきから何なのよ、この鬱陶しいギャル!


明らかにヤバそうな人なのに、萌桃が喜んでいる以上、無碍にはできなさそうなのもムカつく。


「ねえ、こいつ誰よ!」

ギャルの方を指差しながら、萌桃に尋ねた。


「えっと……」


萌桃がわたしに伝えるより先に、ギャルがこちらに満面の笑みでピースをしながら伝えてくる。


「あたしはモモピの大親友の羽鳥妃菜乃でーす」

萌桃を片手で抱きしめて、もう片方の手で余裕溢れるピースサインをしている姿にイラっとする。


萌桃の親友って……。


前に一度聞いたのを思い出した。萌桃が親友に告白されたことがあるっていうのを。


萌桃からとても大切に思われているのは、彼女の話し方からもよくわかったわよ。


でも……


よりによってこの面倒なギャルが萌桃の親友って、どういうことよ……!?

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