豪雨の中で
第22話
校外学習当日の朝は、窓を叩きつける激しい雨の音で目が覚めた。バサバサとガラス面を叩きつけるみたいな激しい雨。おまけに雷まで鳴ってるし。
「絶対中止じゃん」
カーテンを開けるまでもなくわかる大雨の様子に、思わず苦笑いをしてしまった。
校外学習が中止になりそうなことは残念だけれど、萌桃と一緒に回る約束を反故にしなくても済みそうなことは、助かったかも。
一度学校に集まってからバスで向かう予定になっていたから、学校には行って、そこで中止かどうか、先生からホームルームで教えてもらえる。
前日の予報では小雨だから中止なのかどうか微妙という話だったけれど、想像以上に激しい雨だったから、もはや先生から告知されるまでもなく中止だろう。
学校についたら、教室全体が少し暗いみたいに見える。まあ、そうだろうな。校外学習の予定が普通の授業になるんだし。
「えー、雨とかちょう怠いんだけどー」
「もう授業無しで帰りたい」
「てか小テって今日もやるの?」
「あったらあたし終わりなんだけどー」
クラスのあちこちから、雨や授業に対する恨み言が聞こえていた。
もし今日が晴れだったら萌桃との約束を破って杏海と一緒に校外学習を回らなければいけなくなっていたから、ある意味これで良かった。クラスでわたしだけが安堵していた。
「絢と一緒に回れるの楽しみにしてたのに」
「そうね、わたしも楽しみにしていたのに」
クラス中の荒れた様子をよそに、わたしと杏海は淡々と、できるだけ目立たないように会話をしていた。
雨天中止がほぼ確定したのを良いことに、まるで初めから悩む間もなく杏海と一緒に回ることを想定していたみたいに答えた。萌桃と違って、わたしは平気でウソをつける人間らしいのが、ちょっと悲しい。
「なんか、絢だけホッとしてない?」
「まさか」
杏海って、わたしのことよく見てるのよね。ほんと、油断ならない。
「ほら、先生入ってきたから静かにしとくわよ」
ちょうどタイミングよくホームルームをするために先生が入ってきてくれた。
それなのに、クラスはまだ騒がしいままだった。
「ねえ、何か雲に穴開いてない?」
「ほんとだ、綺麗」
窓の外を見たら、歪な光景が広がっていた。空がまるで誰かにかじられたみたいに、雲の真ん中にだけ穴が開いていた。まるで、誰かが人為的に穴を開けたみたいに一部だけポッカリと。
穴の空いた雲の切れ間からは、綺麗に陽が差し込んでいた。大雨なのに、陽が差し込んで綺麗な不思議な光景。
「すげー」
「綺麗だねー」
「写真撮っとこ。めっちゃバズりそう」
魔の抜けた声が教室中から聞こえてくる。
みんな雨への苛立ちも忘れて楽しそうに見ていたけれど、わたしはその違和感に心当たりがある。確かに、何も知らない人から見たら天候の気まぐれで雲の一部を晴れ渡らせてくれているかのように見えないこともない。
だが、わたしは萌桃の謎の種の無いマジックみたいな技を見せられてしまっている。こんな、人がわざと切り取ったみたいな雲を見せられると、気になってしまうではないか。
多分、萌桃よね……?
心の中がざわついた。今日も屋上にいるのだろうか。この大雨の中で……
気づいた時にはホームルーム中に立ち上がって、慌てて教室を出ていた。
「ちょ、ちょっと、どうしたの?」
杏海が不思議そうにわたしを見てくる。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」
「せめて、先生に言ってからの方が……」
杏海からは小声で声をかけられたけれど、わたしは彼女を置いて教室の外に出た。彼女はホームルーム中だから動けないみたい。杏海が真面目で助かったな、と思いつつ急いだ。
誰もいない廊下を走ってしまっていたから、目立っているかもしれない。でも、別にそんなこと気にしなくてもいい。今は萌桃のこと以外何も気にしなくてもいい。
わたしは必死に走って、屋上に向かう。
案の定、南京錠は外れていた。
急いでドアを開ければ、雨の音がさらにうるさくなった。周囲に響き渡る雨音と雷鳴に、世界が支配されたみたいに。
そして、目の前には思っていた通り萌桃がいた。
「やっぱり……」
豪雨の中で、萌桃は屋上にいた。予想通り、指先には柔らかそうなものを纏ってはいるけれど、それが普段の綺麗な白いわたあめではなく、灰色の暗いものであった。
バチバチと、ほんのり電気も帯びているように見えるそれが、体に良いものとは思えなかった。
しかも当の萌桃本人は、なぜかお腹を押さえて倒れこんで、うずくまっている。雨音に紛れて泣いている声まで聞こえてきている。
明らかにただならない状況。
「ちょ、ちょっと……!!」
濡れるとか気にしている場合ではない。上履きで水たまりをバシャバシャと踏みしめながら、急いで萌桃の元に駆け寄った。
近づくと、雨の音の隙間から、辛そうな声が聞こえてくる。
「痛いよぉ……」
顰めた顔についた水が雨なのか涙なのかはよくわからなくなるくらい顔中が濡れている。
雨音がうるさくて途中まで萌桃はわたしが近づいていることに気付かなかったけれど、近寄ったことで、ようやく気付いたようだ。
「あっ……」
目が濡れているのは多分雨のせいだけではない。それでも、必死に堪えながら、笑みを浮かべていた。
「ひ、久しぶりに来てくれたんですねぇ」
横たわっていた体をゆっくりと起こして、座ってからわたしを見上げていた。無理に笑っている笑顔は、当然のように引き攣っている。制服は、すでに色が変わってしまうくらい濡れていた。
「ほんとに何があったのよ!」
萌桃のことを慌てて抱きしめた。小さな身体は簡単に包み込めてしまう。
耳元では激しい息遣いが聞こえていた。
「どこか悪いの?」
「だ、大丈夫ですよぉ」
萌桃はずっと息を切らせながら声をだしている。
「大丈夫な声してないでしょ。ねえ、何があったのよ」
ふと下を見ると、指先の灰色のわたあめに視線が向かった。どんより灰色の電気を帯びているような奇妙な色をしたわたあめ。
その瞬間、空が光り、天を破るみたいに大きな雷鳴が聞こえた。
指先に巻きついているものが何か。認めたくははないけれど、上空の曇天を見れば理解してしまう。
「まさか……」
頭上の中途半端に穴の空いた雲から、連想するのは。
「ねえ、その指に巻いてるやつ……」
ちょっと齧った後みたいなものがあるし、嫌な予感がした。
「今日の校外学習、一緒に回るの楽しみにしてたから……。滝澤さんと一緒におでかけしたかったから……」
雨と涙で濡れた顔が必死にわたしを見つめてくる。いつものように可愛らしいあざとい笑顔も、今日は弱々しかった。
指先の齧られた雲と同じ色のわたあめ、お腹を押さえている萌桃。
そんな様子を見て、わたしは必死に深呼吸をして、気持ちを落ち着けようと心がけるのだった。
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