より親密に
第9話
また萌桃と会いたいなぁ……
そう思いながらも、わたしはなかなか屋上に行けずにいた。
なんだかんだ、わたしは真面目なのだろう。授業をサボることには抵抗があった。授業中は誰とも話す必要性もないから、そこまで嫌な思いもしないし、屋上に逃げ込む必要性も感じられなかった。
萌桃と会いたいという感情だけでは授業をサボる理由としては弱すぎる。
休み時間に屋上に行ってしまうと、廊下で先生に屋上に入ろうとしている姿を見られたら大変なことになってしまうから、できるだけ避けたい。大切な萌桃の居場所をわたしが奪ってしまうのは申し訳ないから。
この間みたいに友達がいないと辛い感じのイベントがまた起きたら、罪悪感無く屋上に行けるんだけど。
授業をサボるための口実が欲しい。
我ながら、ぼっちが嫌なのか、それを望むのか、わけがわからなくなってしまう。
元々わたしは杏海くらいしかクラスで仲の良い子はいなかったから、ボッチになってもそこまでダメージは無かったのかもしれない。
そして、同じ部活の子とも最低限しか話をしていない杏海も、わたしと話をしなくなることによって、一人でいる時間が増えていた。
休み時間にほんの少し杏海のほうに視線を向けたら、今日も相変わらず一人で本を読んでいた。
これじゃあ、わたしと杏海のどちらが無視されているのかわからないわね……
呆れてため息をついた瞬間、杏海がこちらを見た。
ほんの一瞬だけだったけど。
黒目がちの杏海の瞳が、わたしの目を一瞬だけしっかりと見つめていた。いつも通り彼女の表情は読み取りづらかったけれど、どことなく辛そうな表情にも見えた。
まあ、そうであって欲しいと思うわたしの願望がそう見せているだけなのかもしれないけれど。
杏海にはわたしを無視しているこの状況を辛いと思っていて欲しかった。
せめて、そう思う。
そんな感じで、いろいろと思うことがありつつも、居場所の無い教室で無難に授業を受けられている。これなら日が経つうちに、わたしへの無視もさっさと収まるのでは無いだろうか。
……と思っていたのに、そううまくはいかないらしい。
「じゃあ、校外学習の班決めするから、みんな自由に4人か5人のグループになってね」
今年の校外学習は隣県の古都巡りをすることになっていた。その自由行動の時間の為の班決めをする必要があるらしいのだが、先生の提案には耳を疑ってしまった。
先生、正気ですか……?
良かれと思って言っているのだろう。生徒たちが仲の良い生徒と組めるように。
だが、今のわたしにとって自由に選んでいいグループなんて最悪すぎた。杏海は即バドミントン部の子たちのグループに入れられてしまったし、他の子たちはわたしのことをどうやって押し付けようか考えている様子だった。
結局、わたしは消去法的に人数の足りていなかった、クラスで一番大人しい子たちのグループに入ることになった。
普段杏海としか話すことのなかったわたしにとっては当然まともに話したことも無い子たち。教室の端からこちらを伺うように見ている彼女たちの視線はあまり温かいものではなかった。
せっかく普段から仲の良い子たちと回れると思っていたところに入ってきた、わたしという邪魔者に対して、明らかに不満そうな瞳を向けてきてる。
そんな露骨に嫌がらなくても良いじゃない……
同じ班になってしまった子たちと視線を交わすのが嫌で、杏海の方を見ると、杏海もわたしの様子を見ていたらしく、視線があった瞬間に、目を逸らされてしまった。
ちょっとだけ申し訳なさそうに視線を向けてきていた気はしたけれど、これもわたしの思い込みかもしれない。
気まずくなって、同じ班の子たちの方をもう一度見た。わたしからは距離を置いて、身を寄せ合うように小さな声で話している。話している内容はよくわからないけれど、時々こちらを見てくるから、多分わたしのことを話しているのだろう。
とりあえず、こちらから同じ班の子たちの方に近づくと、彼女たちに緊張感が走っていた。なんだかウサギの群れに近寄るキツネみたいに思われてそうで良い気はしない。
「わたしは当日一人で回るから」
これだけ拒否反応を示されてまで、彼女たちと一緒に回りたいとは思えなかった。一人の方がまだ楽しそう。
「いや、でも……」
「先生に何か言われたら、わたしが勝手に独断で一人で行動し始めたって言っておいてちょうだい」
「そういうわけには……」
不安げな反応とは裏腹に、声はどこか嬉しそうだった。思った以上に明らかに拒まれているこの場所にいるのも面倒くさくて、また教室から出てしまったのだった。
幸か不幸か、先生の鬱陶しい提案のおかげで屋上に逃げる口実ができた。
「あっ、ちょっと、滝澤さん」
班の子たちは体裁だけは引き留めるふりをしていたけれど、わたしが去っていったのを見て、安堵していたのはよくわかった。
はいはい、わたしは厄介者ですよ。
イライラした気持ちを抑えながら、速足で屋上へと向かったのだった。
壊れた南京錠はもう外れていたから、先に萌桃が来ていたみたい。
良かった、今日もいた。
自然と浮かびそうになる安堵の笑みを必死に抑えながら、ドアを開ける。
屋上の出入り口の扉が開いたのに気付いて、萌桃はびっくりしたようにこちらを見た。
まるで外敵が現れたみたいに、背中を正してじっとこちらを見てきたから、一瞬不安になった。
本当はわたしが来るの、嫌だったのかしら……
そんなネガティブな感情が浮かんだけれど、次の瞬間には萌桃の表情がパッと明るくなったから、心の底からホッとした。
受け入れられたことが嬉しくて、ホッとして、思わず涙が出てきそうになった。
そんなわたしの元に、萌桃が駆け寄ってきてくれた。小型犬みたいでとても可愛らしい。見えない尻尾が動き回っているみたいに見えてしまった。
「また来てくれたんですね!」
わたしのすぐ目の前で止まって、相変わらず心の底から包み隠すことのないような嬉しそうな表情で笑っていた。
わたしや杏海とは違い、純粋で感情を素直に出せる子なのが可愛らしかった。
「まあね」と適当に返事をしたけれど、心の中では、わたしもはしゃいでいた。
「あんたは屋上はいつもいるわけ?」
「いや、さすがにずっといるわけないじゃないですか。雨の日とかもあるし」
「まあ、そうね。でも、教室は嫌なんでしょ?」
「嫌ですけど、別に虐められてるとかじゃなくて、うっすら嫌われてる感じなんで、気が向いたら行けるというか、耐えられそうなときには行くというか……」
萌桃はしょんぼりしながら苦笑いをしていた。萌桃の表情はオブラートに包まれないから、直接人の心に響いてくる。
教室で気まずい感じ、わたしもすっごくよくわかる。
どうにかして萌桃のことを安心させてあげたかった。でも、今のわたしに彼女をどうやって安心させてあげられるのかはわからなかった。
違和感の無いように静かに深呼吸をしてから、覚悟を決めるみたいに小さく頷いた。
「ごめん、わたし嘘ついてた」
「え?」
「わたしもクラスの子から嫌われてる。仲良かった子にも無視されてる」
あっ、と声にならない声が萌桃から出た。そんなにはっきりと同情するような視線を向けられると自分の立場がとても惨めに見えてしまうではないか。
別に立場は同じなはずなのに。
「あ、あんたと一緒だからね」
同類に同情の感情なんて向けるなという意味をこめて、ちょっと意地悪なことを言ったつもりだったのに、なぜか萌桃は喜んでいた。
「仲間……!!」
「え?」
「わたしたちお仲間さんですね!!」
萌桃が手を胸の前で組みながら、目を輝かせてわたしの方を見ていた。忠告したつもりが、なぜか喜ばせてしまっている。
「な、なんで喜んでるのよ……」
「だって、滝澤さんと仲間って言ってもらえるなんて思ってなかったので……!!」
「同じボッチ仲間ってことよ?」
「はい! わたしたちお仲間さんです!」
まだまだ彼女のことよくわかってないのかも。どこか調子の崩れるような萌桃の態度を見て大きなため息を吐きだした。
でも、無邪気に喜んでいる萌桃の姿を見ると、わたしも嬉しくなるのだった。
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