第5話

「あ、そうだお近づきのしるしに面白いもの見せてあげます!」

「面白いもの?」

「はい!」

萌桃は楽しそうに頷いた。


一体何を見せられるのだろうか。わけもわからず彼女の方を見ていると突然右手を空に向かって掲げた。


「いや……。何してんの?」

ほんとに何してんだろ。これから起きることがまったく想像がつかない。


怪訝な目で見ている私のことを気にせず、人差し指と中指だけを立てて、くっつける。まるでじゃんけんのチョキの2本指をくっつけたみたいだな、と思った。


そのまま右腕をゆっくりグルグルと、空に向かって回しだした。まるで、青空をかき混ぜるみたいだなと思って眺めていると、だんだんと彼女の指先に白いものが付着していく。


「え?」

まるで蜘蛛の糸みたいな細い糸が彼女の指先に巻き取られていき、少しずつ量を増やしていく。


よく見えなかったけれど、空中に蜘蛛の巣ができていたってこと? だとしたらなぜこの子は蜘蛛の巣なんてグルグル回して集め始めたの??


わけがわからないことだらけだったけれど、どんどん量を増やしていく糸を見て、これが蜘蛛の巣ではなさそうだとわかった。その代わり、彼女がグルグル巻いているものが何なのか、いよいよわからなくなっていくのだけれど……


混乱しているわたしのことを気にせず、白い糸がどんどん量を増やしていき、指先で固まっていく。


「まるで、わたあめみたい……」

ぼんやりと呟いたら萌桃が嬉しそうな声を出す。

「正解です!」


正解、と嬉しそうに言われたけれど、指先に巻き付けられていく白い塊を見て、本当にわたあめだと言われたって、すぐには納得できない。あくまでも比喩として言ってみただけなのに。


それでも、確実に彼女の指先には、彼女がわたあめと呼んでいる謎の物体が完成していった。そして、大きくなればなるほど、それがわたあめにしか見えなくなってくる。


「はい、完成しました!」

指先に綺麗に巻かれたわたあめと彼女が呼んでいる物体を見て、困惑した。割りばしの代わりに指を使っているから、サイズは小さいけれど、そこにあるのは確かにわたあめに見えた。見た目はもちろんのこと、ほんのりと甘い香りまで漂っている。


「な、なにこれ……?」

「何これ、って、さっき自分でわたあめって言ってたじゃないですか」

やだなぁ、とまるでわたしが冗談でも言っているみたいな反応をされてしまう。


「いつか友達と食べてみたかったんですよねぇ」

緊張と嬉しさが混ざり合ったような顔をしているけれど、今はそれよりも指に巻かれた白い物体の方が気になってしまっている。


「いや、わたあめの機械も無いし、砂糖だって見当たらないんだけど……。一体どっから出したのよ」

「いや、出したとかじゃなくて、雲を巻きとってるんですけど……」

彼女の方が困惑した様子で伝えてくる。


「え? わたしがおかしなこと言ってる感じなのかしら?」

「ま、まさか……」


あはは、と困惑したまま笑っている。これではまるで、わたしが変なことを言っているのに気を遣わせているみたいではないか。


まるで、誰でも指先で空をかき混ぜれば、わたあめができてしまうみたいなことを言っている。彼女の中ではそれが常識なのだろうか。


「見てください。綺麗ですよね。わたし、いっぱい作ったんで、すっごく上手なんですよ!」

彼女がこちらに指先を近づけてきた。


「綺麗だけど……」

わたしが今まで見てきたどのわたあめよりも綺麗に巻かれている。ふわふわしていて美味しそう。近くで見せられると、いよいよ本物のわたあめにしか見えないんだけど。


「どういうことよ……」

彼女には聞こえないように小さな声で呟いた。


戸惑うわたしに向かって、指先が向けられる。

「はい、どうぞ」

綺麗に巻かれたわたあめが、わたしの口元に近づけられる。


「いや、どうぞって言われても……」

と言っている最中だった。いきなり萌桃の指先が口の中に入ってくる。


「ちょ、ちょっ……と?」


口の中に甘い感触が広がった。砂糖の味、かしら?


「え……?」


甘いわたあめが口に入ってきて、一瞬にして溶けていった。たしかに美味しかったし、味も間違いなくわたあめだ。


そして、わたあめが溶けてしまえば、今度は口内に残った指先の感触に困惑する。しっかりと舌先で萌桃の指先を舐めてしまっていた。指先にわたあめを巻きつけていたから、わたあめが消えてしまえば、必然的に指先だけが残ってしまう。


しかも、彼女はなぜかわたしの口の奥の方に指先を入れようと動かしだした。


(んっ……!?)


舌全体に、萌桃の指先が乗っかった。柔らかい指先がわたしの舌を撫でるようにして触る。


ほど良い温かみが心地よくて、浸っていたくなったけれど、さすがに屋外で見られたらいろいろと誤解されてしまいそうなので、慌てて彼女の指先を口から出した。


「な、何のつもりよ!」

少し強い声を出すと、彼女はビクッと身体を震えさせた。


口から引いている唾液が恥ずかしくて、慌てて拭った。はしたないけれど、制服の袖で拭うと、少し唾液が付いて濡れてしまっていた。


「まだ、残ってますよ……?」

指先に残ったわたあめをこちらに向けてくる。冷静になって、彼女の指先を見ると、確かにまだ根元にわたあめが残っていた。


さっき口をかきまわしたのは、これを食べさせようとしたからだということは理解した。味がちゃんとわたあめであることも理解した。確かに、理解はした。でも、感覚として理解はしたけれど、それが現実として受け入れられない。


ずっと頭にクエスチョンマークを浮かべているわたしのことを気にせず、彼女はまだ指先を近づけてきている。


「残ってますよ?」

「いらないから」


残ったわたあめを食べさせようとしてくる萌桃の手を押して軽く遠ざける。わたしが食べないのを確認すると、代わりに萌桃は自身の指先に舌を伸ばす。


「もったいないなぁ」

呆れたように、まだわたしの唾液で濡れた指先を舌で軽く舐めるのだった。


「ちょ、ちょっと、汚いわよ」

「美味しいですよ?」


会話はかみ合ってくれなかった。指先に残っていたわたあめはあっという間になくなってしまう。


「やっぱり美味しいですよね」

萌桃は嬉しそうに言っているけれど、今は一旦、味とかはどうでも良い。


「どっから出してきたのよ?」

「一緒に見てたじゃないですか」


わたしと萌桃の唾液で濡れた人差し指で、空を差し示した。太陽の光が強く照らしているせいで、指が濡れているのが目立っている。


「あの雲で作りました」

「いや、そんなわけないでしょ」

あまりにも非現実的だったから否定はした。


したけれど、言われてみれば確かにあったはずの雲がなぜか無くなっている気がする。


「……って、いやいや、そんなわけないでしょ」


絶対気のせいだわ。だって、あんな上空にある雲が突然萌桃の指先でわたあめになるはずが無いもの。あり得ないから。


「さすがにそんなの信じられないから……」

「本当なんですけど……」

萌桃が呆れているとようやくチャイムが鳴ってくれた。これで、気まずい美術の時間が終わってくれた。


やっと教室に戻れる……


7限目の授業は数学だから、ちゃんと聞いておこう。さすがに数学でペアを自由に作らされることはないだろうし。


とりあえず、これで授業をサボるという悪事をしなくても良くなったことにホッとした。


ただ、本当はもうちょっと萌桃と一緒にいたかったから、ちょっと寂しい気持ちもあったのだった。

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