第三部

第十六章 真相、刺さる (カイ)


 私は今、学校生活を満喫しているのではないだろうか。思っていたほど複雑なことではなかったし、新しく同性の親友が出来た。リンさんも勿論だけど、その新しく友達になったトシキさんはとても私を好いてくれた。なんと幸運なことか……。


 彼と知り合ったのは、私が初めて学校に来た日の、あの出来事からだった。彼が私にどういう罪をしでかしたのか、ちゃんと分かっていなかったが、その理由を私に説明してくれた。

 どうやら、この地上と私が住んでいた地下との間に激しい対立があるのを、彼らは知っていたそうで、地上の軍隊が突入した報道がされてから、噂が広まったという話だった。

 流石に彼らも身に危険を感じていただろう。軍隊は味方であれど、あんな強引に攻め込むはイカれている、と彼も語っていた。やはり、戦火の火種はもうじき轟々と燃え盛ることを、住民は十分に予感できるだろう。

 噂は次々と学校中に広まったようで、彼も恐怖から信じ切ってしまったそうだ。そうしてリンさん達にも影響が及んでしまった、という経緯があるそう。


 彼はまず一番に、私へ謝りに来た。その時は事態が把握できていなかったので、私は勿論混乱したが、彼の顔からは反省の色が確かに見て取れた。

「……謝るのは、私が先ではなくてリンさんからなのではないですか?」

 私が彼に促した後、ちゃんと謝罪に向かった。なんとも潔いのは好感が持てた。リンさんからも許してもらったそうで(許すとかのレベルではないだろうけど、彼も切実に伝えたのだろう)、顔がスッキリとしていた。

「なんか、ありがとな。背中押してくれて。リンは納得いってたけど、俺はまだ……心残りがあるんだ。傷つけたことが、あの時は分かっていなかったんだ。自分を必死に守るのに必死で……。やっと、気付かされた」

「こちらこそ、ありがとうございます。ちゃんと私達についての理解を深めてくれたこと、嬉しいです」

 私もなんだかモヤモヤが抜けて、爽快な気分になった。それに続けて、彼はモジモジした様子で私に話しかけた。

「もしよければ……お詫びと言ってはあれだが、友達になってくれないか?」

「……お詫びじゃなくとも、受け入れますよ。私も、同性で話せる人が欲しかったんです。よろしくお願いしますね」

 こうして、晴れて彼と親友になった訳なのであった。


 今日も教室では、トシキさんと雑談をしていた。なんて事のない話であったが、地下にいる時よりも、ずっと心が軽かった。

 私が椅子にもたれ掛かると、彼は私の机に椅子を寄せて座り、私に話しかけた。

「なぁ、リンとはうまくいっているのか? 最近様子がおかしかったぞ、アイツ」

「リンさん、私が話しかけても一言や二言くらいしか返事をしてくれなかったんです。私はどうすれば良いのでしょうか……」

 私は頭を悩ませている。最近、リンさんの様子がやけにおかしかったのだ。授業中もずっと放心状態で、私が話しかけても、あやふやな答えしか返ってこない。なので、私は焦っているのだ。

 彼女とあまり接していなかったから? 私との関係に不満があるから? それとも別の理由が……?

 トシキさんは私に耳を貸した。

「リンは意外と心が不安定なんだよ……。たぶん、アンタとの関係に相応しくないのか、みたいなスランプに入ってる。しばらくは気にかけておかないと、本当に取り返しがつかないことになりかねないぞ……」

「――取り返しが、つかない? どういう事態になっているんですか? 私には、さっぱり……」

 さっきまで色々酷使していた頭が真っ白になる。彼は私の肩に手をかけて、よく聞こえるように言った。

「アンタは、と向き合わなくちゃいけなくなったんだ。それも、が引き起こした事だ」

 ますます分からなくなっていく……。私とリンさんとの間には、何が起こっているのだというのか?

「……分かりません。リンさんに、何が起こったんですか?」

 彼は真剣を通り越した、物凄い目つきをギラつかせながら、私に物言うように、語りかける。

「リンは……俺らみたいな、とは違うんだ。誤魔化すようで悪いけど、俺の口から言えるのはここまで」

 そう言い放った彼は、何処か名残惜しそうにも、私の側から離れていったのだった。

 私は地上に来てから、謎が増えたのだった。


 あの休み時間の出来事から、数分が経って授業が始まった。窓の外を見てみると、空は翳りを見せて、私をより一層ジリジリと焦らせた。

 私はまだ、あの謎の発言について考えている。今隣の席である、リンさん……改めて私の(なんだか三人称呼びがいつもこれなので、だいぶ違和感があるけど、とりあえず)について、しっかりと向き合わなくてはいけない。何としても、寄り添ってあげたいところだが……。

 今日は空席で、ガランとした様子だった。今朝、リンさんは二階から降りてこなくて、学校を欠席した。ユイカさんの話によると、風邪とかの部類の体調不良ではなくて、心の状況が不安定であるらしい。……この先が心配になる。

 今、横から差す光は、隣の空席を静かに照らしている。私には、彼女の姿が一瞬見えたようで、穏やかな気持ちに包まれた。が、ただの私の幻覚でしかなかった。たちまち、その暖かく包み込んでいた空気は冷え切って、妙に肌に刺さる。私の心は、芯から冷え切っているようで、日は出ているのに、かなり寒く感じるようだ。

 この地域の秋は、まるで存在がなかったかのように、無惨に過ぎ去っていく。そして、長い長い極寒の冬への入り口へと、すぐさま直行するのだ。地下にいても、その凍てつく空気は、壁をつたって、私を周りから閉じ込めていくように、迫っていたのがわかった。

 ここの冬は、一体どんなものが私に襲いかかるのだろうか。――未知数な異国とも言える地で、私は白い彼女と出会って、温かい家庭で暮らせて、人々の巡り合いに恵まれて……本当に幸せだとは思う。だけど、同時に私は知ってしまったのだ。この世の本来の姿と、その残酷性について、よくよく分からせられた。きっとまだ、冷たくて、真っ暗な真実の影は潜んでいることだろう。


 授業が終わって、席から立ち上がった時、ユイカさんが私を呼びにきた。きっとリンさんの話だということは、大体分かった。

「なぁ、リンからの伝言なんだけど、言い出しにくいが……リンがアンタのこと、放課後呼んでくれって。つまりは……アイツにはカイが必要ってことじゃないか? 最近、アンタらが引っ付いてるの、何気に見てないぞ……」

「やっぱり、私に何が足りなかったのでしょうかね……。精一杯頑張っているつもりではいたのですが」

 私が諦めかけているところに、ユイカさんは少しの訂正をした。

「そういうことじゃなくて……アンタにんだ、たぶん。……ほら、アンタは学校で新しい生活を満喫しているだろ? リンはそれが悔しいんだと思う」

 ――確かに、リンさんは私に見向きもしなくなったのは、最近になってから。私の責任なのか……だいぶ彼女は傷ついただろう。なんとも、申し訳なかった。

「トシキさんはこの状況を聞いて、だいぶマズイと言っていました。――私には何ができるでしょうか?」

 ますます私は無力感に包まれて、じわじわと凍りつく。まるで、本当にそうなってしまったかのように、体が悴んでくる。私は震えた声で、彼女に伝えた。

「今日はリンさんに顔を合わせられそうにありません。……やめておこうと思います」

「ダメだぞ、そんな心構えじゃ! リンは真剣に悩んでいるんだよ。だから……寄り添ってあげてくれ。私には、手をつけられやしない問題だ」

「……分かりました。ありがとうございます」

 私には、彼女と向き合えるほどの、心の強さは持ち合わせていない。けれど、立ち向かわなくてはいけない。彼女が完全に黒に染まる前に、救い出さなくては……。

 でも一つだけ、気になる事があった。

「あの、突然ですみませんが……リンは普通の人とは違う、特別な経験……或いは能力を持ち合わせているのでしょか?」

 彼女は、黙り込んでから、私に言い聞かせた。

「アンタは……知らないだろうけど。リンが学校で敬遠されている理由がちゃんとある。――リンに両親なんていないんだ、実は」

「……どういった意味ですか?」

「リンは……なんだ」

 身体中に、寒気が走った。きっと事実だ。嘘なんてことはない。

 まさか……どうしてなんだろう。思わず、言葉を失った。

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