第十三章 真実、降ち (リン)


 カイくんはわたしを待ってくれなかった……。虫の知らせを感じ取ったように、わたしに見向きもせず、ただただ駅の構内を突き進む。一体どういう事だろうか……。

「ちょっと一旦止まって! わたしの足が追いつかないよ!」

 わたしは彼に伝えようとするも、彼の耳には届かなかったようで、変わらずわたしの手を強く引っ張るだけだった。

 たぶん、彼について行くしかないのだろう。きっと彼には、何か重大なことがほんの目の前に見えている。彼の行く末もわからずに、いつしかわたしは完全に身を任せ切っていた。


 しばらく、わたし達は地下歩道をひたすらに進んでいた。相変わらず、昼間なのに壁の隅が暗いし、人々は行き交うばかりで、八月なのに寒気がする……。

「どこに向かってるの? ……一言ぐらい喋ってよ」

 彼はやはり口を聞かない……。ただ進むことしかできないのだろう。わたしは完全に彼の話すのを諦め切った。これ以上、彼の邪魔をしてはいけないような気がして、わたしは少し気が滅入った。

 今まで、こんなにも身勝手なことはなかった(彼とは一ヶ月も経っていないけど)。よほど彼には、大きなことなのだろう……。今はただ進む限り、彼にすることは思いつかなかった。

 そして、突然カイくんはピタリと立ち止まった。……ここが彼の目的地だろうか。。どうしてここが分かったのだろうか? わたしでもあまり記憶にはないというのに、彼は迷いもなくここにたどり着いた。地下の世界が彼を呼んだのかのようだった。

 そして彼はようやく、わたしに語り始めた。

「私は今更気づいてしまいました……私がを。何故こんなことになってしまったのかは分かりませんが、とにかく……許せないです」

 わたしが一ミリも分からずに首を傾げていると、彼は入り口の上を指した。もちろんわたしはそこを見上げてみる。

 ……思わず言葉を失った。想像もしていなかった真実を、わたしは今、目の当たりにした。

 「」と書かれていたのが見えたのだ。流石にありえないと思ったが、何度見返せども、確かにくっきりと文字が残っている。

「これは、どういう意味なの? こんな地下深くで、一体何を……」

 わたしは何もかもを知った彼に、勇気を出して尋ねた。やはり、呆然としながら彼は答える。

「今から三十年ほど前、地上では地球温暖化が唱え始められたばかりの日本で、政府が実験をし始めたのです。……といた目的で」

 混乱しているだろう彼は、それでも淡々と事実を語る。わたしも意味がわからないし、状況を受け入れることはできなかった……いや、そんなことができるはずがない。

 呆然とするわたしを横にして、彼はまた続きを再開する。

「この実験は札幌が先に行われたのではありません。東京、大阪といった都市圏を最初に行われ、それからさらに拡大して、現在あるのは、加えて仙台、広島、福岡、そして札幌です。……比較的人口の多い都市で行ったということは、後から実用化を図っていたからでしょう。結局、実験が失敗に終わってから、政府は後始末もしませんでした。

 恐ろしいのは、実験で選ばれた人々が放置されたということです。……残された者達は、地上に上がることを認められませんでした」

 それだから、地下では暴動が起こって、国軍が突入する事態になったのか……。にしても、この頃の政府は一体何がしたかったのだろう? わたしに何も理解できるはずがないけれど。

「……そのことは、前から知っていたの?」

「いいえ。先程、気づいたのです。……いや、このことを私は忘れていたのかもしれません。何故だか、鮮明に覚えているのですよ。……さっきまでは少しばかり焦点がずれていたかのように、今ではくっきりとピントが合いました。どうしてでしょうか……」

 彼は自分でも分かりづらそうにしながら、状況を説明した。何故盲点になっていたのか、彼は不思議だと頭を悩ませていた。

 なんとも怖い話だ……。自分でも理由がわからないだなんて、冷や汗をかいているだろう。

 ――人影もない細い通路に突っ立っては、静まり返った空気に耐えられなくなった。わたしは必死に、彼に届かせる言葉を探す。

「……とりあえず、今日は戻ろう。色々考えたりすると思うから……ね?」

 動揺を隠し切れていないわたしの声に、彼は迷いながらも、答えた。

「……もう、しばらくは来ないでしょうか。まずは整理してからでしょうね。先に帰ってて下さい」

 抑揚もなく細々とした声だった。わたしは、立ち尽くす彼を心配しながら、先に踵を返した。


 カイくんが家に帰ってきたのは、わたしが先に着いて、しばらく空いてからのことだった。

 玄関で唖然と座る彼を、わたしは自室の扉の隙間から、そっと見ていた。

 ……何か言葉をかけた方が良いだろうか。数分が経っても、彼は微動だにしない様子だった。

 外はもう暗さが増しており、中途半端に欠けた月が、静かに昇った。彼は眩い月光を、ただ身に感じるようにして見ている。

 彼に介入する必要はないと、わたしはどこか、諦めていた。青い夜が、一層と深まるばかりに。

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