第九章 朝日、燦々 (リン)
結局、カイくんはわたしと同じ学校に通うことになった。ユイカのお父さんがどんなコネを使って、そうなったかは分からないが、ただ感心するしかない。……ほんとにどうなってんだ、ユイカの家系は。
ユイカの家系は代々、ここらの地域で権威を奮っている政治家だ。わたしがユイカ一家に引き取られたのも、たぶん権力があるからなのだろうか……。
ユイカはと言うと、全然普通の高校生である。父親がそういうのに徹底しているのだろう。そしてユイカ自身も、あまり父親の権力を盾にしていない。学校では周りから慕われているし、わたしとは大違いだ。
ただ、わたしが虐められている状況は見過ごせないらしい。だから最近は、ユイカも周りから避けられているようにも見える……。明らかにわたしのせいだと思う。
こんな状況でも、ユイカはわたしに親しくしてくれた。周りから非難されても、ちゃんとわたしの味方になってくれたのだ。
けれど、わたしも周りの人達と、仲良くしたいのだ。そういう努力をしているつもりが、返って避けられていた。ユイカは周りからわたしを守ろうとしているのだろうけれども、わたしは皆んなと普通に話したいのだ。だから今、ユイカとはすれ違っているような気がする。
まぁ、新しくカイくんと仲良くなったのだから、学校では気にせず過ごせると思う。
わたしは彼と一緒に
ついにカイくんと学校に行く日が来た。わたしはというと、前日からずっと寝れなかったけど、今朝は彼の姿を見てから、不思議とリラックスしている。そう、彼も一緒なのだ。わたしと、ほぼ同じ境遇でいるんだ……。
わたしは深呼吸してからクローゼットを開いて、制服を手にとった。前までは見るのも嫌で仕方がなかったが、今日は難なく袖に腕を通せた。
両袖を通して、前のボタンを丁寧に一つ一つ留める……。この動作が、入学したばかりの初々しいわたしを思い出させた。あの頃は何も苦はなかった。しかし、月日が流れていくうちに、毎朝この動作をしようとするたび、少しずつ躊躇うようになってしまったのだ。けれども今は、変わったのだ。不思議と強くなれるのだ。
制服を着終えて、下に降りると、見たことがないカイくんの制服姿が見られた。彼は緊張して、椅子に座っていたが、わたしを待っていたようだ。
彼はわたしに気づくと、素早く立ち上がって歩み寄ってきた。
「リンさん、よく似合ってますよ。私はこんな綺麗なものを着たことがないので、新鮮な感じです。さぁ、行きましょうか」
彼はわたしの手を掴んで、玄関に誘導させた。彼の姿は出会った時よりも一層輝いていて、わたしは地上に親しんでくれたと、嬉しく思った。
玄関から外に出た。朝の日差しが空に広がって、小鳥も
「じゃあ、出発しよう」
「はい、行きましょうか。学校までの道案内、お願いしますね」
わたし達は早速歩み始めた訳だが、わたしはあることに気づいた。
そうか、うっかりしていた……。カイくんは学校の場所を知らないのか。まぁ、わたしは知ってるから大丈夫だけど(当然か……。数日行ってなかっただけ、つい忘れてしまったのかと心配してたけど、流石にね)。
「……大丈夫! しっかり着いてきなさいよ。わたし、世界一の方向音痴だけど。まぁ、心配なさんなって」
「リンさん、本当に大丈夫ですか? 流石に初日から遅刻はダメですよ? ……しっかりしてください」
「まあまあ。遅刻はしないから」
わたしは自身良さげに返しておいた。いざとなったら、ユイカに訊けばいいか……。
そういえば、初めてユイカ以外の人と一緒に登校するなと改めて思った。少し慣れない感じはするが、新しい友達と通えるというのはわたしが夢見ていたことだった。やっと叶ったなと、わたしはウキウキでいた。一方で、いつも一緒に登校していたユイカは、後ろでわたし達の背中を後ろで呆れながら見つめていた。
「あのな……。二人とも、楽しそうにしているところ、すまないがな……私も一応いるからな? ちゃっかりイチャイチャしてるんじゃないよ、リン」
彼女は呆れながらも笑って注意した。アンタも
ユイカはわたしの肩に腕をかけ、わたしの鼻をちょんちょんとつついた。
「ごめんて、ユイカ。別に無視してるつもりはなかったよ。……もしかして、寂しいの?」
「もう、寂しいに決まってるじゃない……。ずっと心配してたんだからね? もうちょっと私にも気を遣ってくれ……リン」
「……意外と嫉妬してたのね、ごめん」
「へ? 別に、そんな、こと、ないし……」
彼女はいじけてしまったのか、だんだんと声が小さくなっていった。彼女のそういう一面は見たことがなかったので、わたしは密かに驚いた。
「ユイカ、大丈夫よ。これからももっと仲良くしたいから、見捨てたりなんかしないよ。ほら、カイくんもいるでしょ」
「ん? なんで私が――」
カイくんは急に自分の名前が出てきたので、少し戸惑っているようだ。
「カイくん、ありがとなぁ! 私にも優しくしてくれて、感謝してるよ……。リンを助けてくれて、本当に良かったよぉ!」
ユイカはいきなりカイくんに抱きついて、涙目になりながら伝えた。
彼は彼女に面食らったのか、抱きついた彼女の背中をさすってやっていた。
「……はぁ、とりあえずわかりましたから、離してもらっても――」
「あぁ、ごめんよ! つい、抱きついちまった」
わたしは初めて、ユイカのわがままを見て、ちょっと引いていた。けれども、彼女の見方が少し変わったかもしれない、と妙に感心していた。
わたしは二人に一声かけた。
「もう着きそうだよ。間に合って良かったわ……」
「そりゃ、間に合って当たり前ですよ、リンさん」
彼に続き、ユイカも口を開いた。
「まぁ、私らはいつもギリギリだからな。多めに見てくれ」
「わたしはノロマじゃないよ……」
「そうじゃないっての……リンが起きるのがいつもギリギリだから」
「……今日は起きれたし」
わたしが言い訳をすると、カイくんも口を挟んできた。
「明日もですよ、リンさん。まぁ、頑張って起きて下さい。……私も朝苦手ですので人のこと言えないですけど、頑張りましょう」
「うん、わかった……。今日みたいに起きればいいんでしょ? できるかな……」
わたしは心配になりながらも、学校の校門を通り抜けた。
カイくんは職員玄関からと言って、正面から入っていた。わたし達は裏に周り、普通に生徒用の玄関から入る。
何度も見た光景だったが、やはりいつもとは違う、空気が張りつめているような感じだった。
わたしは久しぶりの学校にドギマギしながらも、ユイカと恐る恐る教室に入ろうと試みる。ユイカが先で、わたしは後ろについて進み、教室の騒がしい空気に飲まれる。
わたしの席は窓側の後ろで、ユイカとは幾分か離れている。わたしはするりと椅子に座り、机側に引き寄せる。
一旦心を落ち着かせ、今の状況をゆっくりと確認する。……何も変化はなく、いつも通りガヤガヤしている。わたしの考えすぎだったか。今まで何を恐れていたのだろう……。わたしは何も悪くないはずなのに、何故か恥ずかしなった。
わたしが机をじっと眺めていると、いつの間にかホームルームの時間になっていた。そのことに気づき、チャイムがなると同時に顔を上げた。
号令を終えて、着席する。すると早速、先生が口を開いた。
「突然だが、今日からこの学年に転入生が来るらしい。私も今朝伝えられたもんだから、ちょっと驚いているんだが……。まぁ、皆んな仲良くしてやってやれよ」
やっぱりいきなりなのか。ユイカの父親はやはり決断が早い……。
先生から連絡されると、一気に教室内がざわついた。一方でユイカはわたしのほうを見てニヤついて、親指を立ててくる。……おかげさまでだよ、本当に。
すると、先生が突然教室から出たかと思うと、一斉にクラスが騒ぎ出して、わたしはゾワッと身が震える。皆がこちらを察して振り返るからだった。
「おい、お前なのか? 地下から連れ出してきたのは……。相変わらずやべーな」
私に向かって言ってきたのは、あの時ぶってしまった豚の男子……確か名前はトシキとかいった気がする。
そう言われるとすかさずユイカがトシキに詰め寄る。
「リンを責めるのはもうよしなよ……いい加減に。ほんとにもう一回ビンタ来るよ?」
「お前は関係ないだろ。地下に行ったのはリンだけだろ?」
彼がすかさず反応すると、それが滑稽に思ったのか、ユイカは笑いながらもう一度口を開く。
「勘違いしないでくれ……。そのことは本当だがな、学校に連れ出そうとしたのは私だよ。……悪かったな」
「……は? 本当に言ってんのか? どうやって?」
彼が戸惑って取り乱すと、ユイカは彼の肩に手を乗せて顔を覗いて言った。
「親父だ、
ユイカが重みを効かせて伝えると、みくびったのか、彼は慌てて身を引いた。
そこまでやれとは言ってない……。後々面倒になりそうな雰囲気である。
しばらくして、先生が教室に戻ってきた。それと同時に、クラスメイト達は即座に席に戻る。
先生はどうやら戸惑っている様子で、わたし達に伝えた。
「えぇっと、早速転入生のクラスが決まったのだが……この2-5のクラスに入るそうだ」
わたしは思わず「え、マジ?」と声を漏らしかけた。当然クラスはお祭り状態になり、トシキが唖然としているのが見てとれた。
「じゃ、早速入ってもらおうか。入ってきていいぞ」
そう言われて入ってきたのは、やはり黒猫の彼なのだった――。
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