第2話:節約志向の冒険者

(くせ毛の若い戦士:ピエール視点)


 ギルドの掲示板の隅の方に、一つの依頼が貼られていた。

ダンジョンでオオカミ人の毛皮を回収するだけ。報酬はまあまあだが、危険度も低め。


 俺は剣と小型盾を背負い直し、依頼書を指さしながら仲間の方を見た。

「これくらいなら、俺たちでいけるんじゃね?」


 隣にいたマクサンスが、いつもの皮肉っぽい笑みを浮かべてうなずく。

「……まあ、魔力が温存できるかは、お前の活躍次第だな」

その言い方がちょっと癪だったけど、言い返す前にノエラに肩を叩かれた。

「ピエール頑張ってよ! 期待してるわ!」

ポーチの口をきゅっと締めて、にっこり笑う。

「ポーション、使わずに済んだら儲けものだしっ!」


「おう! 任せとけって!」

俺は胸を叩いてみせた。三人で笑いながら、依頼書を受付に提出した。



 洞窟のダンジョンの三階――

ひんやりと静まり返った空気が、肌にまとわりついてくる。

足音が石壁に反響して、やけに耳に残る。


 短い悲鳴を上げ、ゆっくりと倒れた敵が動かなくなったのを確認して、俺は剣についた血を払い、鞘に納めながら、俺は笑った。

「やっぱ余裕だな」

振り返るとマクサンスが杖を軽く振って、魔力の残量を確かめていた。

「ふん……魔力は……まあ、何とかなるか」

まるで、俺の働きが予想通りとでも言いたげな、いつも通りの冷めた目線。

ノエラ曰く、これも信頼の証らしいけど……ちょっとだけ癪に障る。


 俺が小さな切り傷を気にしていると、ノエラが布を取り出して、手際よく消毒と止血をしてくれた。

手当をする彼女の明るい声が、暗く染まる俺の思考を吹き飛ばしてくれた。

「ふふっ、でもこれって、節約成功ってやつ?」

ポーチを抱えながら、彼女がにっこり笑う。


 彼女につかれて俺も、マクサンスも笑みを返す。

ここまでは予定通り、いや、予定以上に順調だった。

敵も弱く、損耗も想定内。ポーションだって使っていない。

敵を倒すたびに、俺たちは「うまくやれてる」と思った。

その積み重ねが、警戒心を少しずつ削っていった。


 小道を抜けると、左右に広がる部屋のような空間に出た。

天井は低く、大小の岩が無造作に生えている。

物影が多く、視界は思ったよりも悪い。

仲間に警戒を促そうとしたその時――


 背後で、突然の轟音が響いた。

岩が崩れる音と同時に、土煙が視界を覆って、耳に残ったのは鈍い耳鳴りだけ。

一瞬、俺たちは動きを止めた。


「くそ、退路が……」

マクサンスが低くつぶやく。

その声が妙に冷静で、逆に不安を煽る。


 答える暇もなく、魔物の足音が迫ってきた。

通路の先から現れたのは、先ほどまでより一回り大きなオオカミ人たち。

唸りながらこちらをにらみつけ、ゆっくりと距離を詰めてくる。

まるで、俺たちの行く手をふさぐように。


「ちっ、俺が抑える!  後ろを頼む!」

俺が叫ぶと同時に、魔物たちも走り出してきた。


 幸い、数は三体と多くない。

でも、動きがこれまでのヤツより、明らかに速い!

それに、一体が注意を引くと、他の個体が鋭く距離を詰めてくるなんてっ!


――山ほど倒してきたはずの魔物なのにっ!

敵の勢いに押され、剣の軌道が少しずつ乱れていく。

疲労と焦りが、動きを鈍らせていくのがわかる。


「くそっ……なんで、こんなに……!」

がむしゃらに剣を振るうけど、敵の連携がそれを上回る。


 背後では、何度目かのマクサンスの魔法の音が響いている。

退路は……まだできないのか……

チラリと盗み見た彼は、大きな亀裂の入った岩を前に、膝をついていた。

俺は不安を押し殺すように声を上げ、前を向いた。


「……ったく、こんな時に限って……!」

背後では、懸命に魔力をかき集める彼の声が聞こえる。

でも、詠唱は、まだ時間がかかりそうだった。


 わ、私の回復はこれで最後だよっ! ……あ、あとの残りは……」

ポーチを開けたノエラの顔が青く染まる。


 ああ…そうだ。

依頼の前に、補充なんてしていなかった。

たぶんポーションは、一本あるかないか。

俺たちは、じわじわと追い詰められていた。


 余計なことを考えたのがいけなかった――

「あっ!!」

俺の剣を鋭い爪が弾き飛ばし、オオカミ人たちの向こうへ消え、カランと軽い音を立てた。


 俺は残された盾をぐっと構え、敵を強くにらみつける。

どうする……このままじゃ、みんなが……何かないのかっ!


――その時、声が響いた。


「閃光玉だ!  目を瞑れっ!」

力強い男の叫びとともに、通路の脇から何かが投げ込まれた。

それは一直線に俺の足元へと転がり込むと、カチリと小さな起動音を響かせる。


「――くっ」「きゃっ!」

マクサンスとノエラの小さな悲鳴が聞こえた。


 直後、爆ぜるような閃光が洞窟を満たした。

白い光が空間を裂き、土煙の中に影を焼きつける。

魔物たちが悲鳴をあげ、一斉に目をそらし、動きを止めた。


 何が起きたんだ?

盾の裏から、その様子を見ていた俺も、呆然としてしまっていた。


 しかし、一瞬の静止の隙を、マクサンスは逃さなかった。

「……今だ!」

詠唱を終えた魔法が放たれ、退路を塞いでいた岩が爆ぜるように吹き飛ぶ。

砕けた破片が飛び散り、土煙が再び舞い上がった。


「逃げるぞ!」

マクサンスが叫び、俺たちはよろめきながらも出口に向かって駆け出した。

既に体力は限界に近く、足元がふらつき、呼吸はひどく荒かった。

……それでも、俺たちは走った。

閃光の出どころを確かめる余裕など、誰にもなかった。


 背後では、魔物たちが混乱したように吠え立てている。

俺たちは一歩でも遠ざかろうと、ひたすらに歩み続け、距離を取った。

剣を忘れてきたことを思い出したのは、しばらく経ってからだった。


 その頃には洞窟に再び静寂が戻っていて、奴らが追いかけてくる様子もなかった。



 俺たち三人は、なんとか帰還した。

結局、ポーチの中の薬も使い切り、魔力も尽きる結果となってしまった。

俺の剣まで失ったことを考えると、今回の依頼では大した儲けは出ないだろう。


「……なんとかなったな」

ギルドの入り口まで戻ってきてから俺は、久しぶりに笑った気がした。

駆け出しの俺たちにとっては、依頼を成功させたという実績だけでも十分な成果なのだ。


 赤字にならずに済んだのは、“節約”の成果。

……そう思っていた。

仲間に声をかけようとした、その瞬間。

掲示板に張られた新聞が目に入った。

赤字の見出しが目に飛び込んできた瞬間、胸がざわついた。


――迷宮実話 第39号:金で命は買えない

 

 その見出しを見た俺たちは、言葉もなくその見出しを見つめていた。

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