第4話



「ここが凛子の部屋だ。自由に使え」



 天飛さんが私の部屋だという和室は20畳はあるかと思われる部屋。



 こんな広い部屋にいたら落ち着かなそう。

 私のアパートって6畳くらいのワンルームだったし。



 そこで私は気付く。

 ほぼ拉致と同じく天飛さんに連れられてきた私は自分のモノを何も持っていない。

 携帯電話も財布などの貴重品もアパートに置いたままだ。



「あ、あの!」


「なんだ?」


「貴重品とか携帯電話とかアパートに置いたままなので取りに帰らせてくれませんか?」



 百歩譲ってこの屋敷に住むことを了承しても自分のモノがなければ生活できない。



「却下だ。あのアパートは敵組織に凛子がいるとバレている。それにハンドバッグなら回収してきてる。おい! 逆嵐さかあらし



 天飛さんの後ろにいつの間にか40歳ぐらいの眼鏡をかけた男性がいる。



 おお! びっくりした!

 この人、気配がなかったな。



「はい。若頭。こちらがお嬢のハンドバッグです」



 逆嵐さんと呼ばれたその男性の手には確かに私のハンドバッグがある。

 そして天飛さんはそのハンドバッグを逆嵐さんから受け取り私に渡す。



「中身を確認してみろ」


「は、はい!」



 私は中身を確認する。

 携帯電話に財布、身分証明書や銀行の通帳など確かに私のものだ。



「私のものに間違いないです」


「それがあれば当面の生活には困らないだろ? お義母さんが「凛子は大事なモノはいつもハンドバッグに入れて持ち歩く子だからハンドバッグさえあれば生活できるはずよ」って言ってたからな」



 お母さん。余計な情報を他人に漏らさないでください。

 あ、でも天飛さんは私の義兄なんだから他人とも言えないのか?



「ついでに紹介しておくがこの逆嵐は天昇火風光会の若頭補佐だ。これから凛子も頻繁に会う奴だから覚えておけ」


「よろしくお願いします。お嬢」



 逆嵐さんは私に頭を下げて挨拶をする。

 自分より年上のヤクザの男性に頭を下げられるなんて落ち着かない。

 それでもこれからお世話になるのだから挨拶はきちんとしておくべきだろう。



「不束者ですがこれからよろしくお願いします」



 私は逆嵐さんに深々と頭を下げる。



「おい、待て。いつの間に凛子は逆嵐の嫁になることになったんだ?」



 は? 嫁……? 私が逆嵐さんの……?



 突然の意味の分からない言葉を聞いて天飛さんの顔を見たら目付きがさらに鋭くなって不機嫌この上ない表情を浮かべていた。



「それとも逆嵐! てめえ、俺の知らない間に凛子に手ぇだしてたんじゃねぇだろうな!」



 天飛さんがいきなり逆嵐さんの胸ぐらを掴む。

 このまま放っておいたら暴力を振るいかねない勢いだ。


 なぜ私が逆嵐さんの嫁になることに話がなっているのか分からないが当然私には逆嵐さんの嫁になる気はない。

 嫁になれと言われても逆嵐さんは私の好みのタイプではないからお断りである。



「た、天飛さん! 私は逆嵐さんとは初対面ですし、そんな逆嵐さんの嫁になるとかありえませんから!」


「そうですよ! お嬢の言うとおりです」


「なら、なんでさっき「不束者ものですがこれからよろしくお願いします」なんて言ったんだ? 凛子。その言葉は嫁が夫に言う言葉だろうが」



 へ? そんな言葉で私が逆嵐さんと特別な仲だと疑ったの?

 天飛さんって意外とバ…じゃない、短絡的な人……?

 いやいや、それより今は誤解を解かないと暴力事件になっちゃうからそれが優先か。



「さっきの言葉は別に嫁が夫に言うだけの時に使うものじゃないですよ。ただの挨拶です。誤解しないでください」


「俺の中ではあのセリフは花嫁が夫になる男に言うセリフなんだ。凛子が花嫁になるまであのセリフは口にするな。いいな?」



 え? 言葉遣いまで管理されるの?

 天飛さんってかなり「俺様」系なのかな。

 でもヤクザの若頭やってたら俺様系になるのは仕方ないか。



「分かりました。先ほどのセリフは私が花嫁になるまで言いません」



 結婚する予定などまったくないが命大事な私は天飛さんの怒りを鎮めるためにそう返事をした。

 するとようやく天飛さんは逆嵐さんから手を離す。



「凛子と付き合う相手は俺が凛子に相応しいか吟味してやる。凛子には男がいるのか?」


「いえ、お付き合いしている人はいません」



 本当に今、彼氏がいなくて良かったな。

 普通の彼氏だったらヤクザの天飛さんが私の義兄だって知ったら逃げ出すだろうし。

 それ考えると私にこの先彼氏ってできるんだろうか。



 新たな悩みを抱えてしまった私に天飛さんは口元に笑みを浮かべる。



 性格に難はあるけどやっぱり天飛さんはイケメンだな。

 その笑顔、けっこう私のタイプかも。



「そうか。凛子は男がいないのか。凛子の周りの男は見る目のない奴らだな」



 これから私と出会う男たちは見る目があるから私に近付かないと思うけど。

 ヤクザの家の娘と付き合う猛者なんて現れるのだろうか。


 相手も天飛さんみたいなヤクザだったらいいのかな。

 天飛さんが私の彼氏ならちょっと嬉しいかもだけど天飛さんは義兄だもんね。

 ヤクザの義兄妹で恋人とかヤバすぎだろ。しっかりしろ、私。




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