佐久間 恭一郎の推理 -おとぎ話を語ってみましょう-

MRo

第1話 桃太郎は日本最古のホワイトカラー!?

 放課後の教室。

 西日が黒板の端を斜めに照らして、粉の白さだけがやけにくっきり見えた。


「なあ佐久間、桃太郎ってさ、何が面白いんだ?」

「それはですね――資本主義の夜明けですよ」

「はやいし重いし意味わからん」


「昔々あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。この一文で、すでに生産と再生産の分業が見えるんです」

「見えない」

「おじいさんは山へ柴刈り――一次産業。おばあさんは川で洗濯――家庭内労働。地域共同体の循環に、上流から桃という余剰物が流入する。これは自然の偶然と人の労働が交差する点で生まれた成果物、未分配価値ですね」

「桃に未分配とかラベル貼るな」


「けれど、加工――つまり切断――を経て、そこから人的資本が出てくる。桃太郎の誕生は、家族企業からスタートアップへの変換装置なんです。蓄積された生活資本と労働倫理に、新しい能力が加わる」

「起業家認定きた」

「重要なのは、彼が市場を村内に閉じなかったこと。鬼ヶ島遠征――外資進出です。既得権益(鬼)が独占するリソース(財宝)を、共同体へ再配分しようとした」

「やっぱ物騒だな」


「遠征に先立って、報酬設計を整える。きび団子です」

「団子でいいだろ、設計とか言うな」

「団子は携帯可能な賃金。小分けに渡せるので、信頼を持続させる短期インセンティブとして優秀です。前払いにも出来高にも転用可能。これで犬・猿・キジという三業種が協業する」

「三業種?」

「犬=警備・護衛、猿=機動・運搬、キジ=偵察・伝令。製造(安全維持)・運輸(現場対応)・広報(情報戦)の分掌。縦割り固定ではなく、プロジェクト単位での相互補完。人材アロケーションの最適化ですね」

「お前の頭の中、昔話じゃなく会議資料だよ」


「船旅はグローバル化の象徴。波は市場変動、風は規制環境。追い風なら拡張、向かい風なら縮減。上空から俯瞰できるキジは意思決定コストを下げる。つまり情報優位が、船の揺れ――感情のノイズ――をならす」

「待て、それただの経済史じゃねぇか」

「昔話は生活の経済史です。さて鬼ヶ島。洞窟の奥に金銀財宝――滞留資本。回らない場所に溜まった価値は、共同体の筋肉を細くする。だから衝突が起きる」

「でもさ、奪って帰ったら侵略じゃん」

「言葉選びは繊細です。物語は正義の鉄槌というより、循環の回復を語っている。もちろん暴力が正当化されるわけではない。ただ、独占が続くと社会は痩せる、という恐れが込められている」


「痩せるより先に、俺の弁当代が痩せてる」

「そこが核心です。経済の単位は最終的に昼食に落ちる。栄養と満腹は、労働の前提条件ですから」

「さっきから腹の話が多いの俺だけじゃないよな」

「視点を一度、生活に引き戻しましょう。桃太郎が仲間を得られた決定要因は、強さや正義だけではない。同じものを食べられたからです。同じものを口に入れると、意思のリズムが同期する」

「会議室に弁当持ち込むな」

「持ち込むべきです。血糖値は合意形成の素因ですから」

「医者でもないのに言い切るな」


 佐久間は微笑んで、黒板の端に小さな円を描いた。

 円の中心に桃。そこから人材、団子、船、情報、財宝へ細い線が伸びていく。


「ね、線で結ぶと見えるでしょう。最初の余剰は川上で偶然拾われ、最後の余剰は地域に戻される。その途中で、時間と腹が判断に寄与するんです」

「腹やめろ。現実味が急に出る」

「現実です。だって結局――桃太郎は鬼の宝を奪って帰った。つまりこれは経済の奪い合いではなく、お弁当の取り合いの物語なんです」

「どこで昼メシになった!? 真顔やめろ!」


「鬼の洞窟に眠っていたのは、取り置きの総和。誰かの腹が満ち、誰かの腹が減る。その非対称が争いを呼ぶ。桃太郎は皆で食べられるようにしようと提案した。僕はそう読める」

「そんな台詞は原文にねぇ」

「昔話は書かれていないところがいちばん雄弁。語り手の背後にある食卓、薪の匂い、夕餉前の空腹――そういうものが正義感として短い言葉に圧縮されている」

「……なんか分かるのムカつく」

「でしょう。そして重要なのは勝利後です。宝を持ち帰る――それは次の投資の開始。成果は次の目的を呼ぶから、人は無限の鬼退治を生きる。だから休むには理由が要る。そのもっとも素朴な理由が――昼食です」

「昼食から離れろ」

「離れません。空腹は争いの最小単位で、連帯の最大公約数です」

「謎の名言やめろ」


「つまりこういうこと。鬼とは他人の中にいる自分の欲望。自分の腹の音を相手の腹の音と一緒に聞けたとき、人は分配を選ぶ。聞けないとき、人は奪取を選ぶ。洞窟が暗いのは、腹の音が届かないからです」

「ポエムで締めるなよ」


 佐久間は紅茶を持ち上げ、逆光に透かして色を見る。

 琥珀が揺れ、窓の向こうで鳥が鳴いた。


「昔々は明日も食べていけますようにの言い換えで、めでたしめでたしは今日はちゃんと食べられましたの報告。小さいめでたさは、毎日続けられる祝祭なんです」

「めでたさのサイズ感が家庭的」

「大きい祝祭はしょっちゅうは持てませんから。小さく祝うために、分け合う仕組みを整える。それが団子の仕事です」

「団子で世界を回すな」

「回ります。ひと口の甘味は、長い航海を続けさせる燃料です」


「……お前の話、腹は減るけど、ちょっと安心する」

「それが物語の効能。腹の虫をなだめ、心の鬼を眠らせる」


 西日が角度を変えて、黒板の粉がふわりと舞う。

 教室の空気が夕餉の匂いを少し運んできた。


「で、結局――桃太郎は善か悪か」

「選べません。彼は人です。腹が減れば奪いたくなり、誰かの減りを見れば分けたくもなる。その矛盾を抱えたまま船を出す。そこが好きなんです」

「……お前が一番の鬼だよ」


 佐久間は肩をすくめ、穏やかに笑った。


「でしょうね。僕の中の鬼は、まだ働いていますから」


 紅茶を飲み干す小さな音が、静かな教室に丸く響いた。

 窓の外、遠くの屋根から夕陽が落ちて、俺の腹の虫が正直に鳴いた。

 ふたりで笑い、明日の分の団子の話を少しだけした。




☕️あとがき☕️

 何を書いてるんだろう……

 楽しく読めたと感じた方は、

 ぜひコメント欄に「☕️」を1杯頂ければ

 日曜 17:15 更新 どうぞ紅茶のご準備を☕️( . .)”


☕️本編はこちら。短くて読みやすいですよ☕️

https://kakuyomu.jp/works/822139837533484319/

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