第15話 敗残の夜
森に夜の帳が落ちる頃、焚き火の灯りだけがぽつんと揺れていた。
レナは疲れた息を整えながら、剣を膝に置く。
ノクスは森の声に耳を傾け、全身で静寂を感じていた。
そのとき、枝のざわめきとともに黒い影が近づく。
ミラ――黒角族の斥候長だ。負傷した体を引きずり、しかし目だけは鋭く、警戒心で光っていた。
「……お前、森の声……か?」
ミラの声は、怒りでも恐怖でもない。どこか探るような響きがあった。
ノクスは静かに応える。
『ああ。お前を追っていた』
レナが立ち上がる。「あんた、何しに来たの!?」
ミラはゆっくりと腰を落とし、焚き火の周囲に座る。
「取引だ。森を守るなら、我らも敵ではない。王国の命令には従わぬ――だが、森を蹂躙されることは望まぬ」
レナの目が鋭く光る。
「な、なに言ってるの!? あんたら……信じられるわけない!」
『信じる者には応えたい』
ノクスは短く、しかし力強く告げた。
森の静寂に、彼の声が確かに響く。
ミラは笑ったように見えたが、それは微かに歪んでいた。
「……お前は何だ? 人か、神か?」
その質問には、好奇と不安が入り混じっていた。
『俺は、ただここにいる――森を守るために』
ノクスの言葉は揺るがず、しかし柔らかさを持っていた。
レナはため息をつき、剣を緩める。
焚き火の炎が、三者の顔を赤く染める。
静かに、しかし確かに、緊張が少しずつ和らぐ。
森の夜風が吹き、木々がざわめく。その音もまた、会話のように感じられた。
ミラは傷だらけの手で火を見つめ、吐き捨てるように言った。
「お前の声……森を動かすのか……」
ノクスは微かに頷く。
『そう。言葉は、命を繋ぐためのものでもある』
レナはその横で、少し微笑んだように見えた。
信頼とはまだ遠く、しかし確かな希望の火が、三者の間に灯った夜だった。
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