Vtuberになったら妹が別箱の同期だった。

霧國

第1話 カミングアウト

「……はい、確認できました。織幡おりはた秋良あきらさん……改め、神代かみしろアレンさん。これからは身バレ対策の一環として、ライバー名の方で呼ばせていただきますねー」

「承知しました、よろしくお願いします。くすのきマネージャー」


 そう言って折り目正しく頭を下げると、対面の男性はにこやかに笑った。


「あはは、堅苦しいですね。これから一緒にエンタメを作っていく仲間なんですから、もっとフランクな呼び方でいいですよ。マネちゃんとか、くすっちとか」

「流石にそれはフランクすぎじゃ……?」

「いいじゃないですか、僕たち年齢もそこまで変わんないですし。ちなみに今のあだ名は他のライバーさんが使ってるやつですよ。一期生のステラさんとか、同じ男性ライバーのレンジさんとか」

「じゃあ先輩に倣って……とはならないですよ。まぁ、とりあえず楠さんで」


 仕方ないなぁ、と渋々頷く若い男性は楠かなめさん。

 バーチャルライバーグループ『エコーリンク』の運営を主力事業とする株式会社ECHOエコーにて、所属ライバーのマネージメント・サポートを担当する人物だ。

 彼の手には数枚の紙束が握られており、その一番上の”所属契約書”と銘打たれた紙には、ECHOの社名と、俺の名前とハンコが刻まれている。


 『エコーリンク』は現在のVtuber業界をけん引する二つのグループのうちの一つだ。

 男女問わず、時に視聴者から”芸人事務所”や”奇人変人の宝石箱”などと揶揄されながらも、バラエティに富んだ個性的な人材を多数採用し、奇抜で愉快な配信内容で多くの視聴者を獲得している。


 とんでもない倍率と厳しい選考基準のオーディションを勝ち抜き、俺こと織幡秋良は、『エコーリンク』の新人ライバー・神代アレンとしてめでたくデビューすることが決定したのだった。


「近い内に同期の方との顔合わせを予定しているんですが、アレっちはオンとオフどっちがいいですか? 今のところオフ希望が二人、どちらでもいいが二人です」

「そっちから距離詰めてくるんですね……俺もどちらでも大丈夫です、オフの場合はここの事務所ですか?」

「そうなりますねぇ。性別も年代も違う五人が一堂に会するとなると、やっぱり目立ちますし。特に皆さんの場合は未成年が三人もいますから、色々気を遣わなきゃね」


 同期とは読んで字の如く、同じタイミングでデビューする仲間のことを指す。

 神代アレン含む五人のライバーは、エコーリンクの第六期生に当たり、男女混合の新ユニット『新トウキョウ防衛軍第6試験小隊』……略して『第6小隊』としてデビューすることが決定していた。

 デビュー発表及び初配信を一か月後に控えて、俺は未だに他の四人と会ったことがない。

 守秘義務を含む正式な契約を済ませなければ会わせられない事情は理解できるので、そこに文句はないが……やはり気になるものは気になる。


「そう言えば、同居されてるご家族には配信活動について伝えてます?」

「両親には話してますけど、妹にはまだですね」

「できれば話しておいてもらった方がいいかと。不意な家族フラによる個人情報バレのリスクもあるので」

「あー……確かにそうですね。しっかり言い聞かせておきます」


 割と頻繁に兄の部屋に突撃してくるお転婆な妹の笑顔を思い浮かべて、確実に言い含めておく必要を強く実感する。

 いや、あの妹のことだから理解していてなお突撃してくる可能性も否定できないが……まぁ、本名バレにさえ気を付けてもらえれば、それも撮れ高に繋がるという考え方もある。


 どう切り出そうかと頭を悩ませる俺の前に、一つの小さな箱が差し出される。楠さんがそれを開けると、中には最新機種のスマホと充電ケーブルが納められていた。


「こちら、ライバー用スマホです。これにインストールされている配信アプリがないと配信できないし、個人情報の漏洩も怖いので、できるだけなくさないようにしてくださいね」

「わかりました……できるだけ?」

「あるライバーさんの話ですが、デビューから一年で十回以上紛失した方が居ましてね。ほとんどは無事見つかったんですけどねぇ……」


 ……どうやら見つからなかったこともあったらしい。遠い目で天井を仰ぐ楠さんに内心で合掌しつつ、スマホの箱と説明書をカバンの中に丁寧にしまう。

 その後も二、三個ほど細々とした連絡事項の伝達を終えて、その場は解散となった。


 去り際、事務所の入口まで見送りに来てくれた楠さんが、笑いながら俺に手を差し出して、


「改めて、ようこそエコーリンクへ。僕たちと一緒に、広大な電子の海にあなただけの音色を響かせましょう!」

「……カッコいいですね。御社の創設理念とかだったり?」

「うちの社長が大学時代よく言ってたセリフです。ほんとは会社のキャッチコピーにしたかったんですけど、本人が恥ずかしがっちゃって」


 だから彼に秘密でライバーさん全員に言うようにしてるんです、と悪戯っぽく微笑む楠さんに、俺は苦笑してその手を握り返した。




§




「ただいま」

「おかえりー、お兄ちゃん」


 家に帰った俺を出迎えたのは、先程話題に上がったばかりの妹の美冬みふゆだった。

 高校の制服から着替えることもせず、リビングのソファーでぐでーっと寝転がる姿は実にだらしない。


「もう学校は終わったのか?」

「今日は終業式で午前までー。明日から夏休みだよ!」

「あぁ、もうそんな時期か」


 会話しながらカバンをソファーに置いて、冷蔵庫の方へ向かう。

 二つ用意したカップに麦茶を注いでいると、未だソファで伸びたままの美冬から声が上がった。


「お兄ちゃんお腹空いたー。何か作って! あ、あと冷凍庫のアイス持ってきて!」

「お前なぁ……。とりあえず素麺でいいか?」

「えぇー? もう飽きたんだけど……しょうがないなぁ、よしとしましょう」

「そりゃどうも……まだ七月なのにもう飽きたのか、これからが美味い季節なのに。ほれ、アイスと麦茶」

「ありがとー!」


 アイスを受け取った美冬は、寝転んだまま包装を開けて食べ始めてしまった。

 サイドポニーにした色素の薄い綺麗な髪と、絵鼻立ちのはっきりした顔立ち、誰にでも分け隔てなく気安く接する人当たりの良さ。

 高校でも男女共にかなりの人気を誇ると言う評判も納得の、美少女と呼んで差し支えない彼女だが……こんなだらけた姿を見られては、その人気も崩れ去ろうというものだ。

 流石にこれには苦言を呈さざるを得ない。


「転がったまま食うな。寝転がるにせよ、制服は着替えろ。しわになるだろ」

「お兄ちゃんはわたしのママなの……?」

「お袋はお前を甘やかしてるからこんなこと言わんだろ」

「それはそう! でも最近ほんとに疲れててさぁ~。終業式でも何度も寝そうになったし、友だちに遊び行こうって誘われたのも断って、まっすぐ帰ってきたんだよ!」


 じたばたと暴れ出す美冬を抑えつつ、俺は首を傾げた。

 確かにここ最近……先月辺りから、何やら随分と忙しくしているなとは感じていた。

 帰宅部なのに完全に暗くなってから帰ってくることも度々あり、多少心配もしていたのだが……両親は事情を知っているようだったので、深く詮索はしてこなかった。


「よくわからんが、お疲れ様。何か趣味でも見つけたのか?」

「うーん……まぁ、お兄ちゃんにもそのうち話すよ。一か月後に!」

「えらく具体的だな。一応聞いとくけど、危ないことではないんだよな」

「それは大丈夫! パパとママには話してるし、OKももらってるよ。お兄ちゃんはまだダメ、これはサプライズだから!」

「ふぅん? じゃあ楽しみにしとくが……まぁ、あまり無理はするなよ」

「はーい!」


 元気なお返事で大変よろしい。

 身体を壊さないようにはしてほしいが、本人が楽しんでいるなら必要以上に口を挟むことでもない。

 サプライズだと言うならば、その時を楽しみにしているとしよう。


 昼食を作るためにキッチンに戻り、手を洗って冷蔵庫から素麵と他の具材を取り出す。

 豚肉と卵も使ってスタミナが付く感じに作ってみるか、と頭の中でレシピを組み立てていると、リビングから弾む声が聞こえた。


「お兄ちゃんどうせ暇でしょ? わたしにゲーム教えてよ! あ、あとカラオケも付き合って!」

「ゲームを?」

「お兄ちゃん、ゲームめちゃくちゃ上手いでしょ? 昔、えーと……何とかシップって大会で優勝してたし」


 まぁ、その実績のおかげでオーディションを通過できたようなもんだしな。


「いいけど、ゲームってどのゲームだ?」

「全部!」

「全部ぅ?」


 思わずリビングの美冬の方を見ると、予想外に真剣な表情で見返されてたじろいでしまう。

 友達とゲーム勝負でもするのかと思ったが、そういうわけではないらしい。


「わたしってゲーム下手じゃん」

「そうだな」

「即答しないでよ! ……これまではたまにお兄ちゃんとか友達にボコボコにされるぐらいで、あんまり気にしてなかったけど。大勢の前で見せるなら、ちゃんといいとこ見せたいじゃん」

「大勢の前で、って……なんだ、配信でもするのか」

「うぇっ!?」


 自分の現状を思い浮かべながら冗談で言ってみたら、思ったより動揺している。

 まさか本当に? 訝しむ俺の追及を遮るように、美冬はパタパタと手を振って話題を変えようとする。


「そ、それよりさ! お兄ちゃんの方こそ、最近結構外出したり忙しそうにしてたじゃん! なんかあったの!?」

「……そうか?」

「お兄ちゃんニートなのに何してんだろって、ずっと思ってた!」

「ニートじゃな……っ、いや、まぁ、うん」


 正直否定できない自分が居た。一応細々続けていた副業で、実家に置いてもらう分の家賃だけは支払っているし、家事の手伝いも積極的にしているので、ニート呼ばわりには異議を示したい。小声で。

 この話は傷しか負わないので、できれば打ち切りたいところだが……話を切り出すには絶好のタイミングだな。


「……美冬。お兄ちゃんから、お前に大事な話があります」

「えっ、なに急に。結構シリアスな感じ……?」


 少し怯んだ様子の美冬に厳かに頷いて返せば、さっとソファの上で居住まいを正す。右手のアイスはそのままだが、俺も包丁を握ったままなのでお互い様だ。

 火を点けたばかりのコンロを消して、改めて向かい合った。


「実はな、俺……Vtuberを始めることになったんだ」

「…………えっ??」


 素っ頓狂な声を上げて、目を皿のようにして見つめてくる美冬。

 どうやらあまりの衝撃で、元々それほど速くもない頭の回転が完全にストップしてしまったらしい。

 たっぷり数十秒の沈黙の後、わなわなと震えていた美冬の唇が、ゆっくりと動き出した。


「……わ」

「わ?」


 わぁ~~、みたいな驚きの声だろうか。意味をなさない声に聞き返してみれば、


「わたしも!!」

「は?」

「Vtuber!! なったの!! わたしも!!」

「……マジ?」


 ソファーから身を乗り出して叫ぶ美冬の顔は真っ赤に染まり、その目はぎらぎらと興奮に輝いていた。


 ……衝撃のカミングアウトではあったが、心のどこかで納得している自分も居た。

 天性のビジュアルと声、注目を浴びることに物怖じせず、見ているだけで元気がもらえるような天真爛漫さを持つ美冬は、明らかに人前に立つことに向いた人種だ。

 Vtuberという道を選んだことへの意外感はない。そもそも俺がVtuberという文化について詳しくなったのも、美冬から教わったからなのだ。

 美冬の声の良さとプロ並みの――兄の贔屓目という自覚はある――歌声ならば、きっと多くのファンを獲得することだろう。


「マジもマジ!! てかお兄ちゃんの方こそマジで言ってるの!? いつ決まったの!? 初配信は!?」

「契約は今日で、初配信は一か月後だな……」

「一か月後!? わたしも初配信一か月後だよ!! え、てかけーやくってことはさ、もしかして企業勢!?」

「あぁ……もしかして、美冬もか?」

「そうだよ!! わたしちゃんとオーディション受かったんだよ!! すごくない!?」

「めっちゃすごい。そうか、少し前から忙しくしてたのは、ほんとに配信の準備だったのか……」


 多少甘えたがりの気こそあれど、自分の好きなものに関して、努力することを苦としない性分の妹だ。

 その努力の手伝いをしてやれなかったことへの悔しさはあるが、それ以上に妹の才能が認められたことが喜ばしいと思う。


 ……しかし、美冬も企業勢で、その上初配信が一か月後か。

 楠さんから聞いた話だと、俺以外の同期のメンバーは既に契約を終えてデビューを待っている状態らしい。

 これはもしかすると、もしかするんじゃないか?


「美冬。どこの所属かって聞いてもいいか?」

「うん、マネさんには家族の人には話してもいいって言われたよ! ……え、これもしかして、もしかするんじゃないの!? ねぇお兄ちゃん、せーので言おうよ!!」


 どたどたとキッチンに寄ってきて、俺の手を強く握ってぶんぶん振り回してくる美冬。待て待て、気持ちはわかるが包丁が危ない。

 一旦美冬を落ち着かせて包丁をラックに戻し、改めて向かい合う。


 ワクワクと目を輝かせる美冬は、言いたくて仕方がないらしい。正直心情的には俺も同じだ、こんなふわふわした気持ちで包丁を握ると指を飛ばしそうで怖い。


「もういいっ!? いいよねっ!? いくよ? せーのっ」


 早口で放たれたコールに合わせ、すぅっと息を吸い込んで、その名前を口にした。


「『エコーリンク』」

「『LuminaStageルミナステージ』!」


「ん?」

「あれっ?」


 ――『LuminaStage Production』。

 ECHOの競合企業である、株式会社AURORAが展開するVtuberグループであり、業界で『エコーリンク』と双璧を成す事務所の名だ。

 『エコーリンク』を”芸人事務所”と呼称するのなら、『LuminaStage』はさながら”アイドル事務所”。


 所属ライバーは全て女性・・・・で、”キュート”や”セクシー”を武器に男性視聴者をメインの客層とするブランディングで、盤石の地位を築き上げているグループだ。

 近頃は3Dモデルを活用した配信環境の整備と、かねてから行われていた歌唱関連の活動にさらに力を入れて、リアルライブの開催など新しい形のネットアイドルとして名を馳せている。


 そんな『LuminaStage』に妹が採用されたことに、大きな驚きと同じぐらいの納得感を覚えるが……。

 と言うか、『LuminaStage』も同時期に新人が来るのか。通常新人の加入は一週間ほど前にSNS等で告知されるものなので、当然これも未公開情報である。情報の扱いには細心の注意を払わなければ。


「えぇーー、違う事務所なのぉ!?」

「いやお前、『LuminaStage』なら俺が採用されるわけねぇじゃん。あそこ女性ライバーしかいないだろ」

「あっ、そっか。……けど残念だなぁ、せっかくお兄ちゃんと一緒にVtuberとして配信できると思ったのにぃ」


 まぁ……流石にそこまで上手い話はないか。いや、実の兄妹が偶然別の事務所でVtuberとしてほぼ同時にデビューする、という時点で相当非現実的な話だが。


 喜びと寂しさが綯い交ぜになったような微妙な表情で肩を落とす美冬。違う箱――所属する事務所のことを指す――でも、コラボという形で一緒に配信することは……いや、待てよ。

 肩に置こうとした手がぴたりと止まる。脳裏に浮かんだのは、昨今の『LuminaStage』を取り巻く情勢のことだ。


 ここ最近、『LuminaStage』はちょっとした“鎖国状態”になりつつある。

 その原因を一言で表すのならば、アイドル売りの弊害だろう。

 ”アイドル”というブランディングが、いつの間にかそのままブランドを守るための縛りになってしまった。


 所属ライバーたちは所謂処女性の担保を暗黙のうちに期待され、男性との関わりどころかその影を見せることすら許されなくなった。

 少しでも異性との関わりを匂わせれば、”ガチ恋勢”によるお気持ちや、それに乗じたVtuberアンチと愉快犯の対立煽りで配信のコメント欄やSNSが荒れに荒れ、まとめサイトに切り抜かれ、ネット上での大炎上に繋がる。


 会社側も行き過ぎた誹謗中傷や危険行為には訴訟等で対抗したものの、現在の地位を築き上げた売り方を変えることはできず……。

 その結果、度重なる批判と中傷の嵐に耐え切れず引退するライバーが出てしまったことで、男性に限らず箱外とのコラボそのものを制限する方針に舵を切っていた。


 ……つまり、いかに”兄妹”とは言え、美冬と俺がコラボして配信するなんて今の『LuminaStage』では到底無理ってことになる。


「……難しそうだな」

「えっ、何で?」

「お前んとこの箱の方針。いくら兄妹でも、男と絡んだら炎上間違いなしだぞ。事務所も許可しないだろうし」

「うぐっ……確かに、マネさんからも気を付けてって言われてたカモ……」


 気まずそうに視線を落とす美冬。

 その様子が妙に“アイドル”っぽく見えてしまって、少し笑ってしまう。


「……ま、ここで俺たちが話してても仕方ないし。とりあえず、お互いのマネージャーに相談してみるか」

「……そうだね。うん、そうしよっか!」





「そう言えばさ、お兄ちゃんの名前ってどんなのなの?」

「名前? あぁ、Vとしてのか。神代アレンって名前だ」

「えっ、かみしろ? わたしもかみしろ! 神城・A・ユミナって名前!」

「……マジ? そんな偶然があるのか……漢字は? 俺のは神様の代金って書くやつだが」

「わたしは、えーっと……神様のお城だね! うぅ~ん、惜しいなぁ」

「読みが同じなだけでもとんでもない確率だと思うんだがな……」



―――――――

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