第8話 「黒き陰謀――動き出す魔王軍」

 カイルの死から三日後。

 王都は一見、静けさを取り戻していた。

 しかしその裏では、誰もが言葉にできないほどの不安を感じ取っていた。


 ――風が冷たい。

 まるで、嵐の前触れのように。


 俺は王城のバルコニーから遠くを見つめていた。

 薄雲の向こうに沈む太陽、その先には“魔王領”と呼ばれる黒い地がある。


 そこから、何かがこちらへ“迫ってくる”――そんな気配があった。


「……気づいてるのね」


 背後からリリアの声。

 彼女はいつも通りの微笑を浮かべていたが、その瞳の奥には確かな緊張が宿っていた。


「北の国境で、魔王軍の旗が再び確認されたわ」

「もう動き出したか」

「偵察隊の報告では、規模は過去最大。……“幹部級”が動いている可能性もある」


 幹部級――それは、魔王に次ぐ存在。

 魔族の中でも選ばれし強者たちだ。


「レン」

 リリアがまっすぐ俺を見る。

「出撃してほしい。あなたにしか止められない」


「わかった。すぐに準備を――」


 その瞬間、部屋の扉が乱暴に開かれた。

 息を切らしたニャルが飛び込んでくる。


「たいへんニャ! 西の砦が、壊滅したニャ!」


 空気が一瞬にして張り詰めた。



 すぐさま勇者隊が召集される。

 シルヴィアは険しい表情で剣を磨き、フィーネは魔導書を胸に抱いていた。


「西の砦は国境防衛の要よ。そこが落ちたら王都まで一直線だわ」

「敵の数は?」

「報告では……千を超える。しかも、全員が“強化魔獣”だそうです」


 フィーネが震えた声で言う。

「そ、それって……人間の魂を喰らって強化された魔物……?」

「そう。つまり――時間をかければ、王都の民も同じ目に遭う」


 俺は剣を腰に下げ、静かに立ち上がった。

「行くぞ。俺たちが行かなきゃ、誰も止められない」



 そして数時間後。

 夜の闇の中を駆ける馬車。

 勇者隊の4人は、西の砦跡へ向かっていた。


 道中、リリアは戦場に向かう俺の隣に座り、ぽつりと呟く。

「……あの時の兄上の言葉、まだ忘れられないの」

「王の腐敗、か?」

「ええ。でも、私は信じてる。王も、民も……そして、あなたも」


 その言葉に、俺は無言で頷いた。


 ――その時だった。


 地面が震え、馬車が急停止した。

 外を見ると、黒い霧が地平線を覆っている。


「……来たな」


 霧の向こうから、ゆらりと影が歩いてくる。

 白い髪、紅い瞳、そして黒い鎧。

 少女のように見えるが、背に広がる漆黒の翼が彼女の正体を物語っていた。


「人間の勇者ね。あなたが“天城レン”」


 その声は澄んでいて、美しく、どこか哀しげだった。


「お前は……誰だ?」


「私の名はルシア。魔王直属の“黒翼将”」

 彼女は一歩、前へ出る。

 その姿は戦う者のそれではなく、まるで“確かめに来た”かのようだった。


「あなた、本当に……人間?」

「は?」

「あなたの中に流れる力は、人間のものじゃない。……魔の気配がする」


 仲間たちがざわめく。

 俺自身も一瞬、心臓が跳ねた。


「何を言ってる」

「いずれ分かるわ。――あなたは、私たちと同じ“異端”」


 そう言い残すと、ルシアは黒い翼を広げ、夜空へ舞い上がった。

 その背に残る冷たい視線だけが、いつまでも胸に刺さる。



 翌朝。

 砦跡に到着した俺たちは、地獄のような光景を目にした。


 焦げた大地。

 焼け焦げた旗。

 そして、兵士たちの亡骸。


 ニャルが震える声で呟く。

「……ここまでやるなんて……」


 シルヴィアは拳を握りしめた。

「絶対に許せない」


 だがそのとき、フィーネが地面に膝をつき、何かを感じ取った。

「れ、レンさん……! この魔力反応、まだ生きてる人がいます!」


 彼女が光の魔法を放つと、瓦礫の中から一人の兵士が現れた。

 瀕死の状態で、唇を震わせながら言葉を絞り出す。


「……あ、あの女が……“勇者”を探して……っ……」


 息絶える直前、彼は言い残した。


「“勇者を、連れ帰れ”と……魔王が……」


 その言葉が終わると同時に、空が裂ける。

 黒い雷光が地を走り、新たな魔物の群れが姿を現した。


「来るぞ――!」


 俺は聖剣を構え、仲間たちに声を張り上げた。

「全員、構えろ! ここが、第二の戦場だ!」


 その瞬間、夜明けの空に轟音が響き渡った。

 勇者隊、再び――戦場へ。

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