第35話

「ヴアァァァァアアア!!!」


 魔鬼の強さは、元に取り憑いた人間の肉体性能にある程度左右される。


 そもそも普通の人間が魔鬼になる時点で、熊や虎などの猛獣と大差ない強さになるのだ

 そして、元の人間が強ければ強いほどその強さは相乗的に上がっていく。


 例えば名のある武道家が魔鬼になった場合、討魔剣士数人で相手取って不覚を取るなんてこともあり得えてしまう。


 キドウさんの肉体は、その体躯から魔鬼になる前から既に一般人とは隔絶していた強さだったはずだ

 それが魔鬼になった今……その強さは装甲の防御力以外はあのグレーターデモンよりも上かもしれない。


「グアァァァァアアア!!!」


「くっ!」


(単純な力も……反応速度もグレーターデモンより上?こんな強い魔鬼、出会ったことない……!)


 先日のグレーターデモンは動きが良くも悪くも機械的だった、しかし今対峙しているこの魔鬼はキドウさんの肉体能力を限界以上に引き出し、獣のような反応で私に食らいついてくる。


「やりにくいなぁ、もう!」


 もう何度も刀で斬りつけた、並の魔鬼であれば10体は倒しているだろうにまるで倒れる気配がない。


 知り合いの顔、ということで無意識な手加減をしてしまっていることもあるのかもしれないが……キドウさんの肉体が持つ生来からのタフネスは厄介なことこの上ない


(素の肉体性能が、今までの魔鬼と違いすぎる……!)


 魔鬼を討伐方法は、禍津に取り憑かれている肉体を機能しなくなるまで傷つけ身体から出てきたところを祓うこと

 当然その身体が頑丈であればあるほど、魔鬼は強く祓いにくい。


「ヴアァァァァアアア!!!」


「もうっ、あんまり時間取らせない、でっ!」


 一閃、肩から胴体に掛けて袈裟斬りの深手が入る

 確実に筋肉と背骨を断ち切った感覚……もうこれで終わってほしい


 これ以上キドウさんの身体を、弄ばれたくない。


「ァ、アア……ァ!」


「出た、禍津の気配ッ」


 大きく裂けた傷から黒い瘴気のようなものが噴き出す。

 禍津が操っていた身体が限界を迎え、禍津が身体を捨て出てきたのだ


「よくも……身体を捨てるかのように……!この、成敗!」


 刀を向け、一閃。

 噴き出していた黒い瘴気が一気に四散し、キドウさんを魔鬼にしていた禍津が祓われたことを確認。


「これで、終わり……」


 流石に今回は私と言えど疲労が重い、身体的というよりは精神的なものだけど……


 キドウさんは、強かった。

 今も、私に切られた大きな傷を残して尚その身体は倒れず立っている。


「……キドウ、さん」


「ぁは……からだ、とまった、な……」


「……っ!」


 嘘、あり得ない……もう死体となっているはずの、キドウさんが……喋っている!?

 禍津が残ってるわけじゃない、身体は死んでいるはずなのに……意識が……


「キドウさん?意識があるんですか!?キドウさん!」


「……な、んか……な……あのとき、から……ずっと、かってに、うごいてたん、だぁ……いや、なの、に……」


「あの時って!?何があったんですか!」


「おで……なんでこんなこと、してんだ……おでは、ただ、せいぎのみかたになりたく……て……」


 うわ言のように言葉を発するキドウさん、あり得ない状況だけどあの魔鬼も異例中の異例……何が起こってもおかしくない、キドウさんの強さが死んでなおその意識を残したのかもしれない。


(意思疎通は、できそうにない……けど……!聞かなきゃ、キドウさんの言葉を……)


 きっと、キドウさんの残す言葉は何か重要な手がかりになる。


 そもそもこの事件の発生からおかしい、今は日が傾き掛けているが出現の報告を聞いた段階では禍津や魔鬼が活発になるような時間ではなかった。


 そして、山国という裏と繋がりのあるキドウさん……類稀な身体的才能を持つこの人が、こんなタイミングで魔鬼になることだっておかしい。


 そう、この事件には絶対に、裏で糸を引いている人物が……いる。


「せん、せ……おで、あばれ、たく……な……」


「せんせ……先生ですか?何先生なんですか!?どこの誰なんですか!」


「ぁ……──」


「キドウさんッッッ!!!」


「……」


 完全にキドウさんからの反応が無くなった……もう限界を超えきったのだろう。

 意識が残っていたこと自体が奇跡だと思うが、もう少し……もう少しだけ意思疎通が可能だったなら……!


「っ……キドウさん」


「カタコちゃん!無事かい!?」


「センパイ!なんで……」


「戦いの音がしなくなったからもう終わったと思って……それよりも、キドウ……は……」


 後ろからやってきたセンパイが、キドウさんの遺体に目を向ける

 大きな傷を負っても、そのまま立っているその姿を。


「っ……キドウさんは、魔鬼はたった今……私が……」


「そう、か……ありがとうカタコちゃん、キドウを見送ってくれて。」


「センパイ、センパイ……!なんで、なんで…私に恨みごとのひとつくらい、言ってくれても……!」


「無いよ、カタコちゃんに恨みごとなんて……あるわけない。キドウだって、それを望んでない。」


「……っ、キドウさんは……とっても、強くて、優しい人……だったんですね……」


「……あぁ、僕に負けないくらい……の、良い男で……!僕の正義を、疑わずについてきて……」


「キドウさんは……っ、最後まで、禍津に抗って、正義の味方に……なりたがって、ました。禍津に負けず、死んでも、意識を持ってたんです……っ」


「そうか、そうか……っ、キドウ……っ!君の正義は、僕が……この花道オウカが……背負うからっ!」


 キドウさんの遺体の前で、先輩は膝を折って激しく慟哭する。


「あぁ……あ、あああああああ!!!!!!」


 激しい怒りと、悲しみが混じる絶叫に……私は何も、掛ける言葉が見つからない。

 優しい言葉を掛けて慰めるとか、キドウさんを手に掛けた私にそういう資格は……ない。


「誰だ……キドウをこんな目に合わせたやつは……」


「……」


「今もどこかで見ているんだろう……っ、絶対に……、見つけてやる!僕と……キドウの……正義の名の元に、その罪をその身を持って思い知らせてやる!絶対に、絶対にだっ……!」


 センパイが、深い怒りに満ちた顔でそう叫んだ。


 同感だ。

 こんなこと、絶対に許しちゃいけない。


 絶対に犯人を探し出して、殺す。



 センパイに代わって、私が……殺そう。

 

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