第27話

 そのまま少し待っていると、部屋に入ってくる人影が……


「……」


 それはとても大柄な男。

 まるで怪物のような顔つきで、人でも食っていそうだが……どうやら人間のようだ。


「……誰だぁ、まさかココを荒らしたりしてんじゃねェだろ〜な〜!」


 そしてその男は僕らに気付くと、ギロリとこちらを睨んだ。


「っ……!あなたこそ誰ですか!」


「なんだァ〜……女ぁ?それに、男かぁ〜ここはデートする場所じゃね〜ぞ!」


 男の少し間延びした声、僕は聞き覚えがあった。

 そして、その男の姿も…僕の記憶にある知り合いの姿と重なった。


「キドウ……?君、キドウかい!?」


 キドウ、僕が孤児院にいた頃に仲が良かった子の名前だ。


「おっ、オメェ……オウカ、か?」


「センパイ、知り合いですか?」


「ここの、孤児院の子ですよ。僕と同じ……」


 まさか、こんなところで出会うとは思わなかった。

 何年ぶりだろうか、孤児院卒業して以来だったかな……


「なんだァ〜オウカか〜……おでびっくりした、不良なんかが溜まり場にしてるならとっちめてやろうかと思ったぞ〜」


「ハハハ!さすがに不良たちもこんな街から離れた場所にたむろしないですよ!」


 こんなところに来るなんて、まさに僕らのような孤児院関係者だけだろう。


「それにしても、2年ぶり……ですか?たしかキドウは地方の方に引き取られたんですよね」


「そう、おで九州に行ってた〜……オメェは何してたんだァ〜?」


「僕はこの施設がなくなったし、高校はいると同時にそのまま自立したよ。今は隣の県住みです。」


「そ〜かぁ、自立かぁ〜オメェは昔からスゲェなぁ……」


(自立してるのかなぁ……私がいなきゃ生活もままならないのに)


 カタコちゃんが何か言いたそうにこちらを見ていた。


「カタコちゃんっ!その心笑ってるねっ!?」


「笑ってませんけど!?てかこういう時だけするどいのやめてっ!」


「こっちのちっこくて可愛い女ァ、誰だ?」


「カタコちゃんです、僕の学校の後輩ちゃんですよ」


「あ、あの……どうも、伊達巻カタコです。」


「おで、山国やまぐにキドウだぁ〜よろしくなァ〜……」


 怖い顔だが優しい笑顔でキドウがカタコちゃんに手を差し出し、握手をした。

 カタコちゃんとキドウが並ぶと身長差すごいな……同じ生き物とは思えない。


「キドウはどうして地方からここに?もしかしてこっちに戻ってきたとか!?」


「いんやぁ、おでは家の事情でちょっとの間この街にきただけだァ〜」


「家の事情?なんですかそれは」


「……秘密だァ〜、おでの家のこと言っちゃいけないんだってよぉ〜」


「そうですか、えっと……山国さん家のことは知りませんけど、キドウのことですから悪いことしてるワケじゃないですよね」


「当たり前だァ〜〜〜!おでは、オメェと正義を誓ったんだ〜……悪いことはしね〜!」


「ならいいんですけど……それよりキドウはなんでここの孤児院に?最近出入りしてるのってキドウですよね」


「そうだ〜ココはおでの実家みたいなもんだからな〜、懐かしくてつい来ちまった〜……オメェもそうじゃねぇんか〜?」


「……フッ、考えることは同じか」


 キドウがここに来た理由も僕も似たようなもの

 流石は同郷の士、共に正義の志を掲げた友だ。


「それよりもオメェら〜そろそろ帰れよ〜、夜になったらこの辺明かりがなくてあぶね〜ぞ〜。」


「たしかに、ここに出入りしてたのがキドウって分かったしもう心配ないしね。帰ろうかカタコちゃん?」


「あっ、はい……そうですね」


「お〜気を付けろ、あの伝説の『桜鬼さくらおに』が出るかもしんね〜からな〜……こんなちっこい子食べられちゃうぞ〜」


「?あ、はい……」


「キドウってば、カタコちゃんを脅かさないでっ!」


「ハ〜ハ〜ハ〜!じゃあな〜オメェら〜」


 そういってキドウは去っていった。

 キドウってば、いつの間にあんな冗談言えるようになったんだか……


「全くキドウめ、僕が知らないうちにあんな冗談言えるようになって……あっカタコちゃん怖がらなくてもいいからね、桜鬼なんて出ないから」


「いや怖がってないですけどっ!そもそもなんなんですか、桜鬼って……」


「このあたりの都市伝説ですよ、悪いことしてたら『桜鬼』っていうバケモノがやってくるぞ〜って」


「へぇ〜……妖怪なんですかね?もしかしたら本当にいたりするかもしれませんよ、人に悪さする妖怪だったら私が倒して……」


「ハハハ!ないない!」


「えっ、だってセンパイだって妖怪いるのは知ってるじゃないですか……鬼の一匹や二匹いても……」


「『桜鬼』の正体は昔の僕なんです、だから今はもう出ないよ」


「???どういうことなんですか?」


「んー、時間も遅いし帰りながら話そうか。これまたつまらない話だけどね」



………


……



─────


 今から数年前、正義の道を邁進していた僕

 この頃、このあたりは治安が少々荒れていた。


 近くの学校のいくつかが有名な不良校で、なんでも頂点争いがどうとか……僕はこのあたりの事情に全く興味がなかったので詳しくは知らない


 ただ、その治安の悪さの波は当然僕らの孤児院にもシワ寄せが来ており不良に絡まれたり怪我をさせられた子たちが出始めた。


 これはどうにかしなくてはいけないと、立ち上がったのが正義のこの僕と……そして、キドウだった。


 小学校卒業時くらいにキドウは孤児院に入ってきて、当時はその巨体に驚いた記憶がある

 キドウは気が弱く純粋で優しい性格だったが、その巨体と制御が上手くない力の強さ故に親から捨てられてこの孤児院にやってきたのだ。


 親に捨てられたという共通点から、僕とキドウはすぐに仲良くなった。

 この頃には僕も正義に目覚めていて社交性も多少身に着けた頃だったからね。


「君、その力……正義のために使ってみないか?」


 この時の僕は、力を求めていた。


 正義の味方を目指して、悪を倒すために自分でも身体を鍛えたりしていた……

 しかし僕には強くなる才能はなかったようで、鍛えても少々しぶとくなるばかりで一向に強くならない。


 そこにやってきたキドウは、僕にとってまさに最高の相棒だったのだ。


「おで、でも〜喧嘩しちゃだめだって……」


「喧嘩ではありませんよ、これは……正義執行なのです!善い行いをするためには力を振るうことが必要なんだよっ!」


 キドウは気の弱くて、意思が弱かった……だから正義という絶対意思を持っている僕によく従ってくれた。


 それからはどのようにして孤児院の子たちを守るか、僕は考えた。


 僕はそうして『桜鬼』という架空の存在をでっちあげた、悪いことをしていると桜鬼がやってきて懲らしめられるという話だ。

 よくある子供向けの、勧善懲悪な存在……それもただでっちあげたわけじゃない


 不良撲滅のためにはその根底を叩く必要があったから、だからその話には実在性を持たせる必要があった。


 そこで僕らは本当の『桜鬼』になった

 正体がバレないように、仰々しいコスチュームを孤児院で隠れて作って……それを身にまとい日夜不良を狩り続けた、キドウがいればいくら不良が束になっても負けることはなかった

(僕も戦ってたよ?キドウの背中に乗って指示出してたし。)


 不良を狩る『桜鬼』の恐ろしさはあっという間に広まって、そうしていつの間にか……このあたりで悪さをする不良たちはほとんどいなくなっていた。


 僕らは当然喜んだ、もう平和なのだと……孤児院のみんなが笑って過ごせる時間が戻ったのだと


 しかし、それは間違っていたとすぐに思い知ることになった。


 不良たちがいなくなった後でも『桜鬼』の噂は広がっていった、そのうちにどんどんネジ曲がってしまい……最後にはただ人を襲う恐ろしい存在の噂だけが都市伝説として一人歩きしたのだ。


 まなじ実在性があったのがマズかったのか、孤児院でも学校でも大人達ですら『桜鬼』を恐れていた


 そしてそこには笑顔なんて無かった、そこで僕は理解した。


 正義が悪を倒しても……力に対して、さらなる力でねじ伏せても……それはさらなる恐怖を生むだけだと


「……オウカ、なんで皆笑ってないのかな〜?おで達、頑張ったのに〜……」


「僕は……間違っていたんですよ、キドウ。力だけでは……ダメなんだ、力だけでは……正義じゃなかった。」


 力による抑止力は、時には平和のために必要なことなんだとは思う。

 でも、僕が行ったその先に……そこに笑顔が無かった。


 そこで正義とは力だけじゃないんだと、気付かされた。


 この時から僕は決意したんだ。

 これからは僕の命尽きるその時まで……僕だけの正義の道を進もうと、そう心に決めたんだ。


─────


「結局あの後、キドウは地方の家に引き取られて離れ離れ……まぁそれはめでたいことだったけどさぁ」


「……それが、『桜鬼』なんですね。それがセンパイの……」


 またちょっとだけカタコちゃんが泣きそうになっていた


「ふぅ、参ったな……ここまで話すつもりはなかったんだよ。桜鬼のことは僕にとっても黒歴史に近いんです……力だけ追い求め暴走していた僕っ!できれば過去を葬り去りたいよっ!」


「私は、嬉しいですよ?」


「僕の黒歴史がっ!?Sだよカタコちゃん……」


「そこじゃなくてっ!センパイが、人に自分のこと話すことなんて滅多にないじゃないですか……今日一日でセンパイのことたくさん知れちゃいました。」


 確かに、ここまで僕の過去を語ることはあまりなかったかな。

 まぁ取るに足らないつまらない過去だ、話す機会なんて来ると思わなかった。(若干黒歴史だしね)


「僕もカタコちゃんほど親しい人でも他にいれば話すこともあったんだろうけどねぇ……あいにくクラスメイトからは距離を置かれてるからさっ」


「すいません、別の意味で泣きそうなのでやめてもらっていいですか?」


「泣きたいのは僕だが???」


「でも、ようやく少し分かりました。センパイのいう正義が……」


「まぁ、ケースバイケースなところもありますからね。僕はむやみに力を振るいたくないってだけの、ただの自己満足ですから……」


 人々を脅かす禍津とかを倒すにはどうしても力が必要だしね。


「私が……センパイの力になりますから、センパイはセンパイの思うままの正義を進んでくださいね?」


「よし、じゃあ今からこの世の悪すべてを滅ぼしに行こうっ」


「スケールが大き過ぎるっ!もっと身近なところからっ!」

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