9 陰謀論者
9月の初旬になって、Kが突然押しかけてきた。守江が宿舎の玄関を開けると、後ろから恵宇羅が駆け寄ってきて、
「あ、にいちゃんだ! おひさー」
「おう、また**モンやってんの?」
「さいきんはなー、3D箱庭がアツいのなー」
仲いいな。恵宇羅がえらく懐いているので、ちょっと嫉妬した。9月いっぱいは滞在する由。
「で、守江っちは慣れた?」
「慣れたってか、懐かしい感じだよ。ずっと前からいる気分。てか、なんでまたこっちに?」
「いや、そっちのゼミの**先生に相談してさ。うちのボスとの共同研究もちょと停滞してるし、見聞広めてきたらということで」
「なるほどね、かーくん的には、思うところ色々あるんじゃないの」
「ほう」
「あーいいわ、またそのうち
恵宇羅がこちらを交互にみやっている。
「にいちゃんと、もり姉、付き合ってるん?」
「ないない」
「ないわー」
ほぼ同時に否定。
「むー、あやしくね。ぎわく! あと、にいちゃん、これから、かーくんでおっけ?」
「おっけ」
「かーくんも案内するー、こっち!」
スタスタとKの手を引いて庭に出ていく恵宇羅。
と、腕のスマートデバイスでKからのメッセージ通知、
>>そっちの法人さんと地元大学さんで細々やってる疫学調査にデータ解析でちょろっと協力させていただくということで、未知さんに繋いでもらった
>>まあ、巨大資本相手の対抗科学っつーのは歴史上いくつもあったわな、ご存じの通り。いつでも現場の取り組みは地味なもんで、こないだアジった手前だが、そんな派手な騒ぎを起こすつもりもないんで、よろ
ああそう。急にオトナな態度ってやつですか。はじめっから分かってますよー的な?ちょっとでも真に受けたあたしの方が青臭いってか。
モヤっとした気分で、しかも恵宇羅をKにとられて、ご機嫌ななめになった守江は、冷蔵庫の
「未知さん?」
後ろからそっと近寄る。菜箸をもったまま固まっている未知さんは、守江よりも一回り小柄で、束ねた髪は、こころなしかボサついている。
「ああ、守江ちゃん」
やっと気づいた未知さんは困ったように笑って、いつもの早口で、Kさんだったね、**先生から紹介受けて、地元の学者さんとも話したんだけどねー、やっぱり解析のリソースとか、なかなか経験ある統計スタッフさんとか少なくてねー、とくに、地方ってのもあるし、
「彼氏さん?」
「ちがいますっ!」
未知さんまでそういうことを言う。守江はジトっとした目で、抗議するように未知さんを見やると、未知さんは冗談っぽく笑って、
「ごめんごめん。わかるよー、守江ちゃん的には、そういうんじゃなさそうだなって」
「むー」
「守江ちゃんは、そうね、むしろ…」
未知さんみたいな人がすきなのかも。いや、恵宇羅に対するこの感情は何なのだろう?
「いまは、守江ちゃんは本当にえっちゃんと仲良しさんだよねー、すごく嬉しいの、ありがとね、本当に、えっちゃん…」
唐突に、きつく抱きしめられた。肩が痛い。一回り小さな未知さんが、急に甘えん坊の子供のように見える。守江は困惑して、
「未知さん?」
慟哭。
大人が、こんなに、あーあーあーあー泣くのを見るのは初めてかも。
恵宇羅もこんな、スモモのような眼をして泣いていたことがあったけれど、ここまで大きな声で、顔ぐちゃぐちゃにして、鼻水たらして、わめいたりしてるのを見たことは一度もない。
エプロン越しに、がたがたと震える未知さんの背中をさする。後ろでは、沸騰した煮汁が鍋から吹きこぼれている。
余命1か月。全症例の中央値で。ハイリスク群の恵宇羅にとっては、それすらも希望的観測。それが現実に告げられた診断だった。
脳神経系の広域で多発的に場の悪性化が進行、原因は不明とされるが、類似症例は患者の遺伝的因子と工場排出物の複合で生じることを示唆する論文報告が
あたしは*んだほうがいいのかな。守江ちゃん。*んだほうがいいのかな。
だってえっちゃん、最後脳をやられてお話もできなくなって、大好きなゲームも、空想も、できなくなって、そんなのイヤだよ、きっと。
だからね、あたしは許可したんです。埋めていいよって。えっちゃんのためなんだよお、えっちゃんのお。あのエピジェネのクソ野郎、*ね、*ね、*ね、*ねよ。ゴミみたいなニヤつき顔で、ええ患者様の日々が最期まで良きものとなることを願っています、それに、ほら、貴法人の運営費としても、悪くない金額でしょう。結局、ね。結局。わたし思いますよ、原理主義者って、当事者さんの利益を考えているのか? 代理闘争屋ってのは、一番の悪だと思いますね。だから、何につけても、物事を動かす資本に食指が伸びるのは健全な理性的判断ですよね、しかもそれを
何が本当なんだ?
あたしは
◆
目が覚めると、小学5年生の夏だった。もりえが布団でうとうとしていると、グランマが台所で呼んでいる。卵やき、アオサのみそ汁、ホカホカのごはん。食卓の調味料は
午前中は海に行こうね、磯で
同い年のえうらだ。おはよー、宿題やった? やらんしー、だねーバチクソめんどい。あ、でも、えうら本気出したら一日でおわるし。そうだね、えうら、かしこいもんなー。えへへ。今日も一日あそぼねー。今週末にはもりえちゃん帰っちゃうでしょ。やだやだ、帰りたくないよー、そんな話しないで。
えうらは中学は受験するの、え、本土? 関西? まじ?じゃあ毎日遊べるじゃん、ぜったいだよ。絶対合格。むー、プレッシャーだよ。ごめんごめん。でもさ、えうらなら絶対だいじょうぶ。
おじさんの軽トラの荷台にこっそり乗せてもらって(おおらかなじだい、ってえうらは言ってた)、海に向かう途中、めっちゃ晴れてて、パパイヤの木、すれちがう放し飼いのヤギ、時々おじさんがくゆらすタバコの匂い、袋入りのクラッカーをもらった。畑しごとは塩っからいのが欲しくなるんだろうな、パッケージに赤土がこびりついてる。えうらと二人で分けて食べる、なんかふざけて口移しっぽいことやったら、バチクソはずい。えうらもだまっちゃった。なんだこれ。グランマは助手席で遠くの方をみてる。
磯にはいろんな
バケツ一杯にしこたま収集したら、もうお昼。もうすぐ満潮だから、駐車場にあがって、ポカリ飲んで、おにぎり食べる。ツナみそに海苔巻いた爆弾おにぎり。んまいねー。
それから、ちょっとグランマの畑によってく。なにかにつけて、すぐに畑の様子が気になるらしい。一緒にジャガイモを掘る。あとで薄く切って揚げればポテチになるので、えうらも超たのしみにしている。
三時前くらいにお家に帰ってきて、一緒にシャワーあびる。シャワー上がったら、グランマが
二人して手と口の周りをベタベタにして、お手製ポテチ食べる。それから、二人で**モンの通信対戦する。らんすう、とか、こたいち、とか、えうらは難しいことばをよく使うけど、ほんとに同じゲームやっているのか、ぎもん。えうらは、ゲームがバチクソつよい。
夕暮れ時になって、5時のサイレンが鳴って、役場の放送で子供はお家に帰りましょうと言われるけど、涼しくなってきたこのタイミングで、お小遣い握りしめてふたりで近くの商店でアイス買って食べる。ご飯食べれんくなるよー、とたしなめられるけど、結局グランマは甘々。
ばんごはんも一緒にたべる。はでな色したブダイを近所の漁師さんがとってきて、おすそわけをもらったので、お刺身でたべる。酢味噌につけると、さっぱりとして、ほのかに海の味がする。それから、
お腹いっぱいになったら、ごろごろしてテレビ見る。グランマは、なんか豆の皮をせっせと剥いてる。そのうち、うとうとしてきて、今日はえうらちゃん、とまってく? と聞いてみると、でんわしてみるー、といって、ソッコーOKもらったよとすぐさま返事、やったー。並んで布団しいて、クーラーの効いた部屋で、またちょっとゲームやって、窓の外はもう真っ暗で、ヤモリがチュチュチュと鳴いていて、えうらの汗のにおいとシャンプーのにおいが混ざって、ちょっとドキドキして、おそるおそる髪を撫でてみると、えうらもギューッとしてきて、なんかポーってなってて、気付いたら寝ちゃってた。
目覚めたら、未知さんと、恵宇羅と、守江は居間で川の字になって寝ていて、
「んー、もり姉、おはよ」
恵宇羅の寝ぼけた顔を見ていたら涙が滲んできて、抱き寄せたら、恵宇羅は困ったような顔して「ちょっといたい」と言った。
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