第5話 ダンク・インパクト
俺は走っていた。
選べと言われて、輪っかを見た瞬間――足が勝手に動いていた。
やるしかない。そう思ったのは間違いない。
でも、それは本当に覚悟だったのか?
それともただ――正気を手放しただけなのか。
ビルの入り口前。輪っかがあった。
イルミネーション用の金属フレーム。人の首が、ちょうど通るくらいのサイズ。
「……マジでやんのか、これ……?」
首を外したら意識が飛ぶ。さっきそれで転がってたばかりだ。
でも――不思議とやらないといけない気がした。
「ええい、ままよッ!!」
自分の首を掴み、思いきり――投げた。
通行人がギョッとしているのが見えた。
悲鳴も聞こえる。
でも、全部、どうでもよかった。
だってほら、もう少しで着弾だ。
待ち遠しい。
リング、ゴール。
輪っか。
通過する瞬間、世界が爆ぜた。
黒い閃光が炸裂し、音がひっくり返る。空気が歪み、鼓膜が裏返る感覚。
目を開けた時、俺は――立っていた。
身体が軽い。視界は広く、くっきりと鮮明。
ビルの照明、ネオン、遠くの人の気配、熱――すべてが“見えて”いる。
色も、温度も、気配も、直接脳に注ぎ込まれてくる感覚。
「……な、にこれ……? 感覚、バグってんのか……?」
肩のあたりに、小さな重みを感じた。
「どう? 視界良好、気分爽快、我ちゃんのチューニング完璧でしょ?」
振り返るような感覚と共に、視線の端に現れた――ちびアゾート。
ぬいぐるみサイズで、俺の肩にのほほんと座っていた。
「……どっから出てきた、お前……」
ツッコむ間もなく、ガラスに映る何かが目に入った。
――ん?
目の前のビルの窓。
反射している“俺の姿”。
漆黒の西洋鎧。黒い煙のようなマント。
右手には黒の長剣。
アゾートの趣味なのかやけに古風だが、それよりも――
「……首ないじゃん!?」
完全に、スッポ抜けていた。
俺の身体、首から上が……消えてる。
「なんで!? 視界バリバリあるし、音も聞こえるし、気配まで見えてるのに――!」
「それが“変身”ってやつさ。名付けて――ダンクフォーム!」
ちびアゾートがポーズを取る。
状況は混沌の極みだが――
何故かテンションだけは、爆上がりしていた。
首がないのに、息が荒い。
胸がバクバクしてる。
鼓動が、耳の奥に響いてきやがる。
笑っていないのに、笑っている気分だ。
「……なんだこれ……俺、気分――ぶっ飛んでるぞ」
「いいねぇ、それでこそ我ちゃんの相棒!」
アゾートが指を鳴らすように叫んだ。
「行くぞ、我がデーモンハンターよ!!」
警官が視認する間もなく、俺は地面を蹴った。
――軽い。身体が羽根みたいに。
ロビーの窓を突き破ってビル内部へ。
赤黒い残滓が、空気を漂っている。
その匂いを嗅いだ瞬間、血が沸いた。
待ち焦がれた、狩りの匂いだ。
――ビル中層。銃声、閃光、そして悲鳴。
黒スーツの集団――対悪魔課。
羽を生やした、女神像のような異形。
銀の翼に赤い反射。目は虚ろで、動きは機械的。銃弾の雨をまるで気にせず突っ込んでいく。
「フォールンの使い魔か。魔人を仕込んでいたとはね、芸が細かい」
「あれが魔人……? てかあれ、めっちゃやばいじゃん……!」
そいつは悪魔課の一人を掴むと、吹き抜け天井近くまで跳躍し――
――ドンッ!!
人間を床に叩きつけた。
骨の砕ける音。血飛沫。動かない。
「……え、うわ……マジかよ……俺、いま平気で見てる……やべぇ……感覚死んでる……」
「もう少し相手の出方を見ようか」
非現実の中でもアゾートからは余裕が感じられた。それが何故か自分の感覚麻痺を加速させている気がする。
隊員の一人が、重厚な盾を構えながら接近していく。
その背後から、別の隊員がロッドを構えて突進――
「……おや。露骨に避けたね」
魔人は銃は受けても、近接攻撃には必ず反応する。
金属ロッドを振り下ろそうとした瞬間、ふわりと浮いて距離を取った。
「銃撃は無効なのに、打撃は怖がるってことか?」
「かもね。我ちゃんの感覚だと、“幻想干渉型防御”って感じ。銃は無視できるけど、人体による物理的接触は致命的、ってパターンだね」
アゾート解説は相変わらず理解できないが、俺の認識で間違っていないようだ。
近接が効くならこの長剣だって効くかもしれない。
「まぁ、ものは試しだ。やってみようじゃないか」
アゾートの言葉を合図に、俺は飛び出した。
剣が手に馴染む。戦うことに、何の抵抗もない。
金属羽の閃光。
俺の黒剣が閃き、魔人の左腕をかすめた。
速ぇ! 反応速度、人間じゃねえ!
魔人は間合いを詰めてきた。
剣を切り返すも、躱され膝蹴り。
――衝撃。
膨大な質量が腹にめり込んだような感覚。背中が壁を割り、全身が外へと吹き飛んだ。
「がっ――はッ!!」
視界が裏返る。足元が天に、夜景が天地を飲み込む。
気づけば、俺の身体は――宙にあった。
眼下に広がるのは、ギラついた東京のネオン。
深夜二時の六本木、十五階建てのビルの外――
風が肌を裂く。耳元で空気が唸り、冷たい夜気が喉をえぐった。
(くそっ……やべえっ――!)
ビルの看板が光を弾き、反対側の壁が次第に近づいてくる。
――違う。
こっちが、落ちてるんだ。
「おああああ"
あ
あ
ぁ
ぁ
ぁ
|
|
!
!」
このまま地面まで一直線。
生首仮接続の身体であっても、タダじゃ済まない予感。
反射で、俺は剣を突き立てた。
「っ、せぇッ!!」
ガンッ!
黒剣を反対側のビル壁に。
火花が散り、鉄とコンクリが悲鳴を上げる。
滑る角度を調整しながら、身体をひねる。
刃が軌道を描き、壁を削りながら減速。
――ギリギリで、着地!
下の広告看板を足場にして反動をつけ、再び空へ――跳んだ。
「……はっ、マジで……俺、強くなってんな……!」
息を吐き、目を見開いた。
視界いっぱいに、ネオンが弾けている。
ビルの隙間。夜の谷間。
真下では、交通が忙しく動いていた。
このままなら、空だって飛べる気がする。
「やるねぇ! 我ちゃんの相棒!」
肩で叫ぶアゾートの声を背に、俺は再び空を蹴った。
空中旋回。ビルとビルの狭間、狙いすました軌道で、魔人のいた窓――さっき吹き飛ばされたあの“穴”へ。
――戻る。
風を裂き、再突入。
ガラス片を巻き上げ、フロアへ舞い戻る黒い影。
夜の都市が咆哮をあげた。
だがその時――無線の声が聞こえた。
『新手の魔人を確認。識別反応なし――対象は西洋鎧に首なし……デュラハン型!?』
『フォールンの魔人じゃない! 敵性不明、銃撃を継続しろ!』
乾いた銃声。弾丸が俺の肩をかすめる。
「おいおい、俺味方だっつの! ……多分!」
『クソッ、撃て撃て! もう一体出たぞ!』
俺の周囲を火花が散る。弾丸が当たっても痛みはない。近くの黒スーツを押し飛ばし、ハリウッド映画よろしく弾丸を斬り弾く。
「はは……なにこれ、楽しすぎんだろ……!」
万能感からか、笑いがこみ上げた。
「いいねぇ、その調子。暴れろ、狩れ、喰らえ!」
アゾートの声が頭の中で反響する。
その時、悪魔課の一人が拳銃を自分の頭に突きつけ――撃った。
ドン。
倒れるはずの身体が、黒い煙を吐きながら立ち上がる。
腕が、変形する。
ガシャリ。金属の音。
両腕が――機関銃になった。
「なんだよあれ!?」
「おや、悪魔課も新兵器を持っていたとは」
機関銃の轟音。フォールンの魔人が怯み、後退する。
「あいつの銃弾は効いてる……?」
「火力はあるけど、当てるだけじゃ崩せないよ。もうちょっと踏み込まなきゃ」
「ってことは……近接?」
「その通り。悪魔課も気づいたようだね」
機関銃の男が他の隊員と連携の動きを見せ始める。
隊員たちが盾で挟み込み、前後から攻めようとしていた。
フォールンの魔人は銃撃で足止め、隊員のロッドによってその装甲が剥がされていく。
たまりかねた魔人が階上に跳躍、逃げようとする背中――そこに、声が飛んだ。
「今だ、カズくん! 首を落とせ!!」
「おうッ!!」
黒剣が唸り、光を裂いた。
――音もなく、魔人の首が宙に舞う。
悪魔課の誰かが叫ぶ。
『ターゲット撃破!? ちがう、もう一体が動いて――!』
「拾え、そして喰らえ!」
「喰うって……首ないんだけど!?」
「見てごらん、君の首元を」
いや見えないんだけど、感じる。
首元には――黒いモヤが渦巻いていた。
まるで闇が生き物のように、獲物を求めて震えている。
「……まさか、これが――口?」
「そう。魂を喰らえ。我ちゃんのミラクル・チュートリアル、ラストステップだ」
俺はその黒い炎を意識で操った。
魔人の首が吸い込まれ、消える。
体の奥で、何かが――燃えた。
それは痛みではなく、歓喜だった。
生きてる。死んでるのに、生きてる。
笑いが、止まらなかった。
「……ははっ。悪魔狩りって――最高じゃねぇか」
――ザ・ダンク、開幕!――
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