第3話 失う
次の日、彼女は来なかった。
午前二時。
いつものように僕は袋を用意し、つくねを揚げ始める。
香ばしい匂いが店内に広がり、保温機の中で黄金色に輝く。
けれど、入口の自動ドアは開かない。
三時になっても、四時になっても。
明け方、売れ残ったつくねを廃棄用の容器に入れる。
まだ温かい。
でも、もう誰も買わない。
ゴミ箱の中で、それは小さな音を立てて沈んだ。
◇
翌日は僕のシフトは休みだった。
普段なら、昼まで眠って、適当に時間を潰すだけの一日。
けれど、なぜだかソワソワして、落ち着かない。
彼女は昨日も店に来たのだろうか。
つくねを買いに。
そんなことを考えながら、僕は部屋で一日を過ごした。
◇
次の日の夜。
いつものようにシフトに入ると、日勤の店員が妙に深刻な顔をしていた。
「昨日の深夜、店に警察が来てたよ」
引き継ぎの時間に、彼が言った。
「防犯カメラの映像を確認したって。この近くで死亡事故があったらしくて、その前にその人がウチの店で買い物してたから」
僕の手が、レジの上で止まる。
「事故?」
「女の人。深夜に一人で歩いてて、車に……」
彼は言葉を濁した。
「現場にウチの袋が散らばってたって。中身も一緒に」
頭の中が、真っ白になった。
深夜。
女の人。
この店の袋。
「いつ頃の……」
「日付けで言うと今日の明け方……午前二時頃かな」
僕のシフトが休みの時。
彼女が来るはずの時間。
僕は何も言えずに、ただ頷いた。
日勤の店員は「まあ、時々あることだから」と付け加えて帰っていく。
◇
一人になったコンビニで、僕は彼女の姿を思い浮かべていた。
黒いショートカット。
小さく頭を下げる仕草。
──道路に散らばった弁当。
午前二時になった。
いつものように、僕は袋を用意する。
つくねを揚げ始める。
でも、彼女は来ない。
もう、二度と来ることはない。
あの日、変なことを言わなければ。
「明け方の空が一番綺麗」なんて、意味の分からない言葉を。
彼女は困っていたじゃないか。
『まだ真っ暗ですけど』って。
もしかして、僕のせいで……
僕が他のシフトの人にも『つくね』の話をしていれば……
事故に遭う時間もズレて、結果的に……
……考えるのをやめた。
けれど、胸の奥で重いものが沈んでいくのを感じていた。
◇
明け方。
空が薄紫に変わる。
いつもなら美しいと思うその色が、今日はどこか寂しく見えた。
彼女はもう、この空を見ることはない。
僕だけが、この朝に残された。
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