1-16話 異世界転移は爆弾魔とともに③

(そりゃ地球に未練はあるけど、これ以上ごねても無理だよねきっと。陽莉ヒマリは助けられたっぽいし、無駄死にじゃなかった。だったらそれで満足するしかないのかも……。異世界転移がもう絶対に避けられないのなら、この女神様の提案に乗って願いをかなえてもらうのが得策だろうな。だったら……)


 考えを巡らせたテルは諦めと共に決意する。


「はぁ……分かった、異世界転移を受け入れるよ」

「そうですか! では、貴方の願いを告げるのです。大体のことは叶えて差し上げますよ」

「ボクの願い……それなら一つ、ずっと願い続けたものがある……」


 そのテルの言葉を聞き、意を得たと言わんばかりの笑顔を見せる女神――。


「さあ言ってください、テル・ソウマさん。貴方は異世界転移に何を望みますか?」

「ボクは……ボクが望むのは…………」


 テルが昔から欲しかったもの。

 昔から欲しいと願い、だが絶対に手が届かないと諦めてきたもの。

 それは――


「――チンコだ!」

「…………へ?」


 思ってもみない答えに、女神の笑顔が凍り付いた。


「だからチンコだよ! ボクは物心ついたときからずっとチンコが欲しかったんだ! チンコチンコチンコチンコ! お願いします、ボクにチンコをください!」

「――っ! 分かった! 分かりました! つまり――男に生まれ変わりたいって事ですよね? 分かったからチンコを連呼しないでください!」


 思わず耳を塞ぎ、顔を真っ赤にしてイヤイヤをする女神。


「……ホントに? ホントにボクを男にしてくれるんですか?」


 期待に目を輝かせるテルに、ハァハァと疲れた様子で女神は答える。


「ええ、その程度なら朝飯前です。ただ、その前に確認したいのですが……ホントにその願いでいいんですか?」

「……というと?」

「異世界転移の定番として、転移の際に若返ったり、イケメンになったり、場合によっては性転換TSしたりと、転移者の望みによって肉体が変化することはザラにあります。わざわざここで願わなくても、テルさんが望めば異世界転移後に男に変化していることは十分あり得る事です」

「な、なるほど、確かに定番ですね……」

「だとしたらわざわざTS転生を願うのではなく、ここは強力なチートをお願いした方がいいのでは? チートがあれば転移後にかなりのアドバンテージが取れますよ?」

「うーん……」


 ラノベのお約束を語るニンフィアの指摘に考え込むテル


「女神様、ちなみに……転移すれば100%男になれますか?」

「さすがに絶対とは言いませんけど、99%くらいは男になれると思いますよ」

「そうか……。じゃあ決めました」

「そうですか。では改めて願いをどうぞ!」


 気を取り直して聞き直すニンフィアに、テルは再び願いを告げる。


「はい! ボクにチンコをください!」

「…………なぜに?」


 頑なに『チンコ』を願うテルに、解せない様子のニンフィア


「な、なぜそこまで……?」

「当然でしょう。1%でも失敗する可能性があるなら、ボクは確実にチンコを貰える方を選びますよ」

「ど、どうしてそんなにこだわりを……?」

「……分からないでしょうね、シスジェンダーな人にボクの気持ちなんて」

「そ、それはまぁ……。心が男性なのに体は女性なんて、凄い違和感だろうなぁと想像はしますけど……」

「違和感? そんなものはどうだっていいんだ――!」

「ど、どうだっていい!?」

「トランスジェンダーなボクを苦しめた最大の敵、それは――」

「そ、それは……?」

「――陽莉ヒマリのおっぱいだ!!」

「おっぱい!?」


 驚くニンフィアを余所に、遠い目をして過去を振り返るテル


陽莉ヒマリのおっぱいを前に、ボクがこれまでどれだけ悔しい想いをしてきたか。陽莉ヒマリのLカップに包まれながら、何度『チンコがあれば』と思い続けてきたか、」


 そして拳を握り締めて力説する。


陽莉ヒマリにとってのボクは、どこまで行っても仲の良い同性の幼馴染。ボクがいくら望んでも、そのポジションから一歩も動けなかった……」


 LGBTQとそうでない者との恋愛成就は難しい。

 確かに今はポリコレ全盛の時代で、同性愛だろうが何だろうが受け入れられる風潮だ。

 だけど――許容されるのはあくまで価値観だけ。

 実際の恋愛対象として考えた場合、異性愛者が同性愛者を受け入れるのは残念ながら困難だと言わざるを得ない。

 いくら『性別関係なく愛して欲しい』と願ったところで、それが叶う可能性は低いとテルも理解していた。

 なぜなら――。


「ボク自身が女性しか愛せない人間なんだ。あれだけ好意を示してくれている剣人ケントの想いに、男というだけで応えることができないボクが、陽莉ヒマリにだけ『性別関係なく愛して欲しい』だなんて言えるわけがない。だから――!」


 握った拳を振り上げて言い立てるテル

 話すうちにテンションが上がってきた様子。


「だからこそボクにはチンコが必要なんです! チートなんてもののために、チンコを貰えるチャンスを不意にするわけにはいかない! チンコさえあればボクは何もいらない! 男の子がスポーツ選手に憧れるように、女の子がアイドルに憧れるように、ボクはずっとチンコに憧れてきたんだ! チンコチンコチンコチンコチンコチンコチンコチンコ! ボクはチンコが手に入るチャンスを、絶対に逃すわけにはいかないんです!」 

「わ、分かりました! 分かったからもうチンコを連呼するのはやめて!」


 グイグイくるテルに対し、涙目になりながら止める女神ニンフィア。

 ちなみに『連呼するな』と言いつつ自分が『チンコ』と口にしている事には気付いていないようだ。


「で、では確実に男になるように、貴方を異世界転移させればいいですね?」

「はい、よろしくお願いします!」

「分かりました。異世界転移が終わったら『ステータスオープン』と言ってみてください。そうすればお約束のステータスが見れますよ。それでちゃんと男になったか確認できますので」

「了解です!」

「じゃあ、さよなら~」


 最後は投げやりに女神が手を振ると、テルの足元に魔法陣が現れ、体を光が包み込む。

 そして――光が消えるとともに、テルの姿も消えていた。


「やれやれ、これで異世界転移は全員終わりましたね。 ふぅ、それにしても……」


 女神様はテルを送り終えると、一息つくよう肩の力を抜く。 


「まさかチートを拒否して、あんな願いをしてくるとは思いませんでしたよ。……まぁ失言したこちらとしては、無理なお願いをされずに済んで助かりましたけど」


 テルとのやり取りを思い返す女神様。


「彼女……いえ、ジェンダー代名詞は彼でしたか。彼は爆発現場に直面した際、あれだけのヒントから見事に爆破事件の真相を見抜いてみせた。爆破事件自体は防げなかったものの、見事に爆弾魔の目論みを破ってみせた。だけど……それで諦める犯人じゃ無いでしょう。いずれまた、対決しないといけないときが来るはず」


 そして女神さまは独り言ちる。


「そのときになって『あの時チートをもらっておけば』なんて、後悔することにならなければいいんですけど。まぁ、頑張ってくださいね、テル・ソウマくん」


 ――第二章に続く。

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