第15章 月明りとゆりかご<月形 アツシ>

夜の帰り道、

街灯の明かりがアスファルトに

ゆらゆらと落ちていた。





ベースケースの肩紐が食い込む。

背中の重さが、やけに現実的に感じられた。








吹雪さん――。






あの楽器屋で出会った、あの時の笑顔。




「恋人より気まぐれで、でも裏切らない」





そう言ってベースを弾いた指先の動きまで、

僕は今でもはっきり覚えている。





彼女がやっているdevisionerというバンド。

ライブ動画が2つだけYouTubeに

上がっているのを穴が開くほど見た。




こんなに早く彼女と同じステージに

立つことになるなんて。





僕も随分練習を重ねたつもりではいる。




でもあの時の彼女の技術には

まだ到底かなわないこともわかる。




早くライブがしたい気持ちと

自分の稚拙な技術を見られる恐怖が入り混じる。




ふと、スマホが震えた。

画面を見ると“比未子さん”の名前。




『今日は終わりは遅いですか?

 緋山さんも一緒ですか?』


『さっき終わったんだ。

 あいつともさっき別れたよ』



すぐに既読がつき、




『お疲れ様です。

 ところでアツシさんって本番前、

 どんな気持ちになるんですか?』


少し考えてから、

『静かに燃えてる感じかな』と打つ。




すると、“ふふ”とだけ返ってきた。







歩きながらふと胸の奥を探る。






静かに燃える――

僕を燃やしてる炎は

どこに向かっているんだろう。





今は自分でも分からなかった。





比未子さんはあくまで緋山の彼女。

特別な感情など湧くはずもない。





なのに、彼女の名前を見るたびに、

胸の奥で何かがざわつく。




それは恋でも嫉妬でもない。

ただ、言い表すことのできない

強い感情が確かにそこにあった。





吹雪さんがあの時言った言葉が、

頭の中で何度もリフレインする。







――ベースってね、恋人より気まぐれで、

でも裏切らないんだよ。






僕はふと夜空を見上げた。

街灯の明かりがベースケースに反射して、

一瞬、星のように光った。

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