Piece of Sun~太陽の欠片~
相良一征
第1章 ボロ屋の朝<緋山いつき>
タバコがあれば吸いたい。
そんな朝だった。
こんな時に自分の運命が変わる瞬間が
突然訪れるなんて誰も思わないだろう。
俺、
人生に行き詰まりを感じていた。
バンドを組んでプロを目指すのは
簡単じゃないことは分かってる。
しかし難しいのは「続けること」だった。
どんな世界でも人間関係は
昨日、ついには一緒に
バンドを組んでいたベースもいなくなり、
ボーカルの俺だけのバンドになった。
「ボーカルだけって……
もうカラオケでいいじゃんかよ」
それでも、オリジナル曲を作るために
アンプにも繋がないエレキギターを弾いては
メロディラインを探す。悪あがきだ。
しかし、いいフレーズが浮かばなければ
結局メロディは空中に溶けて消えていくだけ。
何事も「続けれられない」俺は
アイデアも浮かばぬまま家を出て歩き始めた。
午後、俺は水道橋までの
5キロにわたる道のりを歩いていた。
家にいても何も生まれない。
こんな時は頭を冷やすのが一番なのだ。
そんな時に俺は決まって、
自分を奮い立たせるために行く場所があった。
JRの水道橋駅を降りて歩道橋を渡り、
場外馬券場の横を抜けると見えてくる
白くてフワフワしたちょっと見た目は
間の抜けた建物――東京ドーム。
俺はいつかこの建物を
満員にするようなアーティストになる、
と決めている。
だが現実は、残酷という言葉じゃ
表せないくらい遠い。
今日ばかりはここに来ても
気持ちは奮い立たなそうだ。
結局残ったのは俺の
白いため息だけだった。
意味もなく東京ドームに心を
根本からへし折られ
帰ろうとしたその時だった。
「あなたもアーティストなんですか?」
横から声がして振り返ると、
歳の近い見た目の女。
そして聞くと言葉に
「東京ドームの敷地で
ギター背負ってる人なんて初めて見た」
コートの袖からのぞく指が少し赤くなっている。
寒いのに、わざわざ立ち止まって話しかけてくるなんて物好き以外の何者でもない。
「ねえ名前、聞いてもいいですか?」
何だ?この女。
逆ナンをしなければならないほど
困っているような感じはしない。
しかし質問に答えないのも
おかしな話なので俺は名乗ることにした。
「……いつき」
「わたし
比べるの比に未来の未に子供の子」
「ああ、
正直どうでも良かった。
「いつかやるんですか?ここでライブ」
「いつかは、ね」
「じゃあわたし、今からチケット予約します。
……変な女。
「じゃあわたしもう行きますね。チケット約束ですよ!絶対諦めないで頑張って!」
俺の答えも聞かず比未子は足早に
水道橋の駅の方へ歩いて行ってしまった。
……何だったんだよあの女。
でもこの時はまさか、
この変な女が俺の人生に
影響を与えるとは思いもしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます