6:敗走の後

 ***

 

 冷たい大理石の床の上で目を覚ます。咄嗟に手をついたのが右腕だった。私の右腕が元に戻っている。お目覚めですか、とキリの声がして顔を上げると、変わらぬキリが立っている。

 しかし、ちょうど切断された下からの布がない上に血がべっとりとついた私の服や、胸の辺りに大きな穴と血が付着しているキリの服を見るに、先程のことは夢ではないように思えた。

 

 私の横にはノルマンがいた。半身を起こしているが顔色は悪い。初日に負った傷が開いたのか、服に血がべっとりとついている。モニ太くんのモニターは起動していない。エスは比較的軽傷だったのか、あくせくと動くカルアの手伝いをしている。

 

 周りの景色を見ると、上に続く階段が確かに存在していた。モニ太くんを通してライヒェが見たと伝えてきた階段だろう。

 

「カインさん、ありがとうございます。あなたがローランさんとここまで運んでくださったのでしょう」

「大したことじゃねぇ。ここが俺の心の世界なら、これをこっちに引き寄せようとしたら出来たって話だ。だから、ほとんど動かしてねぇ」

 

 カインの目は前髪に隠されていて見えない。

 

「治療はカルアちゃんが頑張ってくれたよ。つーか、今も頑張ってる。エスも手伝ってる。ローランは落ち込んでる。あれが……あの襲ってきたやつが、俺が見てきた評議会の象徴だって教えてから」

 

 確かに、指された先にいるローランは一人離れてうずくまっていた。

 あれがカインの見ていた評議会だったのなら、彼にとって評議会は一体どれほどの『脅威』なのだろうか。私もきっと、ローランが見ているのと同じものを評議会だと思っていた。

 

「私も気絶致しまして定かではないのですが、どうやらカルアさんの治療のおかげで、何とか腕が戻ったそうで。しかし、その術式については他言無用とのことです」

「逆に姐さんは何も治療されてないけど、何でピンピンしてんだ?」

「私は……攻撃を食らっておりませんので」

「嘘つくならもうちょいまともにつけよ……」

 

 しかし、キリの雑な嘘で、カインは追及を諦めたらしかった。そこまでの気力ももう残っていないのかも知れないが。

 

「ノルマンも寝たフリやめてくんねぇか。俺、お前に言いたいことあったし、旦那にも共有したかったから旦那が目覚ますの待ってたんだわ」

 

 見ると、確かに先程まで半身を起こしていたノルマンが雑に寝そべっていた。

 

「よかった、生きてて。お前さぁ、負けたって思った瞬間、すぐ命諦めんのやめてくれねぇか。肝冷えただろうが」

 

 ノルマンが何かを言う前に、カインは涙を言葉にするような声でぽつりと言った。考えるより前に先に出てきた言葉のようだった。

 

「あー、えっと……、ごめんねぇ。負けイコール死って世界で生きてたし、死ぬ前に泣き言言うぐらいなら、腹でも首でも割いて死ねって上から言われてたんだ」

「今のお前の上は旦那だろ。旦那がそんなこと言うわけねぇ。お前は絶対そう言うと思ったから、旦那が起きるの待ってたんだ。言わねぇよな」

「言わないよ」

 

 この言葉は思わず口からぽろりと出た。それを飲み込むようにもう一度、言葉を発する。

 

「私は、どれだけ無様でも、みんなに生きていて欲しいって思うよ」

 

 私たちは全員死刑囚だけど。少なくともこんな所で死ぬべきではない。いずれこの罪が許されず、それぞれの方法で執行される時が来ようとも。

 私は、彼らに死んで欲しくない。そう切に思う。思うようになってしまった。これが残酷な願いでも。

 

「そういえば、私途中で気絶しちゃったんだけど、カインとカルアは無事? ローランもだけど……」

「おう。三人とも軽傷で済んでる。あの後何もせずに、頭下げて消えるまで見送ったら無事で済んだ。腹立つけど、それ以外の方法が浮かばなかった」

 

 言い方はあくまでも軽いが、カインの握り拳は怒りに震えている。その手を上から握って、私は笑う。

 

「ありがとう。適切な判断をしてくれて。そのおかげで、みんな何とかなってるよ」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。とりま、俺たちはカルアの頑張りでとりあえずの危機は脱せそうだ。問題は……」

 

 彼の目はモニ太くんを捉える。モニ太くん自体はカルアが治せるが、それを制御しているライヒェへのダメージは、カルアの手に負えないことは昨日分かっている。

 

「恐らく、……かなりの希望的観測ではありますが」

 

 というかなり珍しい語り口で、キリが口を開いた。

 

「あれは魔物ではないでしょう。カインさんの心が作ったエネミーであるとは思いますが、倒すべき相手ではなく、今は見たら逃げるか頭を下げて見送るか、の二点で対応すればよろしいかと。障害物だと考えてください」

「俺ら障害物に全滅させられかけたんかよ。何故か何とかなってるだけで、あれ最悪マジで全滅だったぞ。ノルマン落とされた時、俺マジで終わったって思ったわ」

 

 確かになんとか残った皆が適切な判断をしてくれたおかげで全滅を防げただけで、あのままだったら全員あの場で泥に沈んでいてもおかしくはなかった。

 私が冷静に判断さえ出来ていたら良かったのかもしれないが、モニ太くんが破壊されそうになって頭が真っ白になってしまった。

 

「あれが魔物だった時の方がまずいでしょう。根拠はライヒェさんのコメントです。彼は魔物だと分かればすぐに教えてくださるでしょう。しかし、そのアナウンスがありませんでした」

 

 確かにライヒェは魔物であるということは言わなかった。私たちの様子に驚いただけの様子しか見せなかった。なんなら、あの陰が見えていないような語り口でもあった。

 

 いてて、と横で呻く声が聞こえた。ノルマンがゆっくり身体を起こしていた。恐らく、初日に受けた傷が開いた上に、全身打撲の状態だろう。

 エスが「さすがのあたしでも安静にしてろって言う怪我すよ」と、彼の肩に手を添えていた。カインも焦って動くなって、と声を上げていた。

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