3:コギト落下中!
私はコギト。アトラ社地下に転移魔術で飛んだはず、なのだが。
現在、地面から遥か数十メートルを落下中である。空気を切る音が耳をつんざく。遠く聞こえるのは、それらにかき消されかけている私の悲鳴だろう。
「コギト殿!!」
木々ーーアトラ社内に木々が生えていることは一旦置いておいて、それらの頂点が近く見えるほど落ちた時、空気を裂く音にも負けない、低く心地よくそれでいて通りのいいローランの声が揚々と響いた。
見ると、木の枝の上にローランが真っ直ぐ立っている。その背にキリが背負われていた。
「そのまま、そのまま落下してくだされ。そう!」
手が届きそうな位置になった時、ローランが揚々と枝から飛び、私に手をめいっぱいに伸ばす。確かにそうしなければ私に手は届かなかっただろう。しかし。
「ローランさん。それでは受け止めるではなく、手を添え共に落ちることになります」
背負われて、ローランと共に落ちたキリがあまりにも冷静に状況を説明した。
「ねぇ、それさぁ、もっと早く言えなかった!?」
「心配ご無用! このローラン、これしきの高さなど問題ありませぬ! 訓練を受けております故」
「それ君だけだよね!?」
「すみません。まさか飛び降りるとは私も思っておらず、指摘が間に合いませんでした」
珍しくキリの言葉に焦りが見られる。彼女としても完全に想定外だったのだろう。確かに彼女の言うことも尤もである。尤もであるが。
そうして、気づけば三人共ノルマンの胸の中にいた。ノルマンは私たちを胸の上に乗せて地面に大の字で倒れていた。
状況を知ろうとあげた顔と、彼の困惑の目とが合う。話す言葉はいつも柔らかいのに、きっと吊り上がった目と冷たい瞳はそれと真逆な印象がある。
「いっ……たい……」
ノルマンがやがて辛そうにそう吐き出した。力無く地面に体を預けて。
「むしろよく生きてんな。三人受け止めて」
「あたしの緩衝材って喩えなのに、まじでノルマンさん緩衝材なっちゃったじゃないすか」
私たちが彼から降りても、しばらく彼はそのまま大の字で地面に沈んでいた。やがてゆっくり半身を起こすと、そのまま自然な流れでタバコを咥えて火をつけた。
それを見ていた私の視界に、四角の小さなモニターが表面のほぼ全てを占めている浮遊物が入った。私の周りをくるくると回っている。
その物体から「ひ、はははは」と堪えきれなかったような笑い声が漏れてきた。ライヒェの声だ。
「どうサポートの子と連絡取るか疑問だったんだ。それなんだねぇ」
タバコを吸いながら、ノルマンはその浮遊物に視線をやった。
『その通り。それは君らの監視用端末だ。モニ太くんと呼んでくれ』
「ネーミングがド安直」
『五感全てモニ太くんと共有している。しかし、本来の仕事もあるのでいない時はいない。気が向いたら連絡してやるよ』
それにしてもあまりにスムーズに飛行している。五感を共有しているのなら酔わないのか心配になってきた。
急にぴたりと止まるので「大丈夫?」と聞くと、案の定「酔った」と返ってきた。
「これってどういう技術なの?」
『レイシアに観測される訳にはいかない。黙秘する。お前たちが生きて帰ってきたら教えてやるよ』
胸がチクリと痛む。
「再び人が魔術を自由に使える世界。アトラ社の倒産以降、それが司書の基本理念」「その理念が叶ったら、みんな死んじゃうんだ」。
レイシアさんの言っていたことを思い出す。この仕事は、ライヒェも含めた司書達を間接的に殺すためのものなのに。彼は私たちが帰ってきたその先の未来を、当たり前のように見ている。
「それ、聞かない方がいい系すよね」
『ああ。命が惜しければな。……個人的に頑張った、ということは己の名誉のために言っておこう』
「司書にもきっと派閥があるんだろね」
『そういうことだ』
やや世知辛い司書の現実の話だって重たかっただろうに、私の胸に鉛のようになって存在している、未来の話の方が重たくて、私は言葉を無くしていた。
『にしても、やはり前に見たのとは違う様相であるな』
モニ太くんのモニターに社内図と書かれた階層地図が出される。それを見ると七階まであるようだ。
地下に沈む前の、ちゃんとアトラ社が会社として存続していた時の資料だろうか。きっちりした資料のように思えた。
『お前たちがいるのは最下層……、アトラ社オフィス一階だった場所だと思われる。何度かこういう調査隊の補佐をしているが、毎回様子が変わるので困る。何らかの反映で、あくまで"そう見えるだけ"なのだろうが』
「何度か、と言うと……調査自体は、複数回やっておられるわけか。それで、随分しっかりした地図なわけだ」
『レイシアが調査隊を送るのは初めてだ。その地図は倒産前のアトラ社のパンフレットから確認できる。読んでいないのか?』
「何分、長年死刑囚なもので」
軽い言葉でノルマンが答える。
しばらくライヒェは黙っていたが、そこから少ししてモニ太くんは自身のモニターに、アトラ社のパンフレットを表示した。
『いつでも読めるように最新版をモニ太くんに追加しておいた。暇な時にでも確認するといい』
彼はそれきり喋らなくなった。
聞いた通り、アトラ社内には薄ぼんやりと霧が立ち込めている。見たことの無い花が咲いている。しかし、一度足を踏み出すと、コンクリート造りの硬い質感が靴を通して足の裏まで伝わってくる。
「霧以外は見覚えあるんすよね、ここ」
辺りを見回すエスが不思議なことを言う。
「お呼びですか?」
「キリさんじゃなくて。ややこしいな。あんた頭いいんだから文脈読んでくださいよ」
「私以外は見覚えのある場所という可能性はゼロではありません」
「そうだけど……」
エスは呆れたように一度キリから視界を外した。そしてその大きな翠の目を、ノルマンの方に向けた。
「似てないすか? 我らが故郷リヴァイアに」
私はリヴァイアのことを知らないが、景色に目を馳せる。黄色い夜空が私たちを見下ろしている。私はつい先程あそこから落ちてきたのだろう。
リヴァイアの特徴は二つの国に隣接していることだ。この三国が歴史上、友好だった頃はない。誰が言ったか、『永久戦争状態』である。
特に、スパイニア・コロナと呼ばれる地帯は二つの隣国とこの国の国境が交わる。常に一触即発の緊張状態だという。
傭兵業が盛んで、薬物とタバコと銃弾を通貨として扱えるとの俗説もあるほどに、戦争の匂いが濃い場所だ。ノルマンが集合時に白い粉をコートに縫い付けたものを見せたのも、それを踏まえた黒すぎるブラックジョークかもしれない。
そんな場所の景色かもしれないと思えば、所々に見える塹壕らしきものや、霧に混じった煙、硝煙の臭いも納得ができる。ーーひとまず、ここがアトラ社であるという前提を忘れての話だが。
「つっても、あたしもめちゃ詳しい場所じゃないすけど。リヴァイアのムショがスパイニア・コロナにあるんで、移送されてる時に見たきりっすね。中は窓もないし」
エス本人から花街の娘と聞いている。花街は戦争の臭いのど真ん中からは外れた場所にあるだろうから、彼女の言は疑うまでもなく本当だろう。
「あたしのダチの刑務官から死刑囚仲間としてノルマンさんの名前聞いたんすけど、そん時スパイニア・コロナ辺りの出身って聞いた記憶があるんすよね」
「情報漏洩……」
彼は小さく呟いてから、乾いた目で景色を一瞥した。その後、右上を少し見てから。
「……知らないな。僕、長年独房だったし、忘れちゃったかも」
直感的に嘘だと思った。しかし、証拠はもちろんない。
「ノルマンから忘れたって聞くの何か新鮮だわ。めちゃ記憶力いいから、なんつーか意外」
「……」
「今朝起こしてくれた時、俺が昨日付けてたアクセ持ってきて、ってねだったら持ってきてくれたもんな。記憶力やべ〜って思ったよ。俺ァ昨日会った女の子の顔も曖昧だってのに」
今朝集合時、カインの遅刻を心配して、ノルマンが起こしに行った上に、身の回りの事もしてあげたというのは聞いていたので、その苦労を偲ぶと同時に、私の直感をカインも感じていることをその言葉で知った。
その上で、証拠にはならないものの、その違和感を共有するために、私たちに自身の醜態をさらけ出せるのはいい意味でも悪い意味でも等身大のカインらしさだな、と思った。
「確かに、カルアも不思議だなぁって思いましたぁ。カルアは思っただけですけど」
しかし、誰もエスの言葉が真実であることの証明も、ノルマンが本当は忘れていないことの証明もできない。そして、その事は彼自身が一番よく理解している。だから、彼は困惑したように笑う。
「んー、でもほんと、……分かんないや」
「そか。まあ、しゃーねーよな」
そんなやり取りを聞いている最中、私達の声と反響音以外聞こえないこの空間にノイズが混ざる。脳裏に急に映像が焼き付いた。
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