DAY1 冷たい照準

1:キリギリスの集合

 集合場所に向かうと、ノルマンとカインが既に到着していた。

 図書施設の地下。かつては使用禁止の魔術書を封じ込め、司書の中でも上位の者しか侵入を許されない閉架書庫だったらしい。その名残か、今は開かれた場所だが、人はほとんど立ち入らない。

 

「……二人とも早いね」

「旦那、俺がいるの意外って顔に書いてあったぞ今。当たりだよ。起こしてもらった」

 

 カインは親指で隣のノルマンを指した。

 困惑と疲労の表情をするノルマンと目が合う。今のカインはご機嫌そのものだが、起こすのにも一悶着あったんだろうなと思わせた。

 

「遅刻したら、ワンチャンそのまま死刑執行だもんなぁ。マジ助かったわ。サンキュー命の恩人」

「そんな気軽に命の恩人を作らないの。逆になんでそんな状況で、深夜まで大騒ぎしてたのさ……」

「そんなもん、久々の自由な生活謳歌してたに決まってんだろ」

 

 カインのいい意味での動じなさは私も参考にしたい。私も生まれ変わったら、こんなお調子者になりたいものだ。同時に呆れてため息をついた。同様にノルマンもため息をついた。

 

「旦那もノルマンもちょっと羽目外しゃ良かったのに。あー、でも旦那は羽目の外し方知らなさそう」

「つまんない男ってこと!?」

「そう」

「えー、じゃあ、ノルマン先生が教えてやろう」

「は? ノルマン羽目外してきたん? 何何、何やったん?」

 

 ノルマンは笑って口元に指を立てる。私たちが静まると、彼は着ていたロングコートの内側を広げて見せた。そこにはたくさんのタバコが縫い付けられている。それとよく分からない白色の粉が入った袋が複数。

 

「おいおいおいおい、見えちゃいけねぇもん見せてねぇか!?」

「あかんあかんあかんあかん、仕舞って仕舞って」

 

 カインの驚いた声と、私の低い静止の声が同時に轟く。

 

「もー、勘ぐりだなぁ二人共。これ、こ・む・ぎ・こだよぉ」

 

 ノルマンは猫撫で声で言う。それがあまりにも冗談めかす言い方のせいで、この白い粉が私たちが想像しているようなものなのか、本当に小麦粉なのかが判別つかない。

 

「仮に百歩譲って小麦粉だとしても、嗜好品と一緒にコートに縫い付けてるお前のメンタリティが怖ぇよ」

「夜なべしてちくちくしたの。仕舞えなんて言わずにもっと見てよぉ」

 

 「あ?」と言いながら、カインは素直に視線をコートに縫い付けられたそれらに向ける。それからノルマンを見た。

 

「おい、しかもこの縫い方、密輸する時の検問対策で一時流行ってた、結構しっかりした縫い方じゃねぇか! 右腕義手なのに器用だな、おい!」

「あは〜、そうなんだ〜。知らなかった。密輸に詳しいんだね」

 

 カインの動作がノルマンの一言で一時完全に停止する。やがて潤滑油の足りない機械のようなぎこちない動作で、私と目を合わせた。

 

「俺、もしかして丁寧丁寧丁寧に嵌められた?」

「なんで丁寧を三回言ったかは分からないけど、うん。ノルマンに綺麗に嵌められて、密輸のこと知ってるって白状した」

「まあ、……してないとは言わんけども」

「え〜? カインくんこわ〜い」

「お前に言われたくねぇわ! 結局なんなんだよそれ!?」

 

 確かに素人の私から見てもしっかり縫い付けてあるが、ノルマンの性格を考えるとひと笑い取るために縫ってくることも考えられるし、本当にーーという場合もあって、どうも判断がつかない。

 ノルマンは満足したようにコートのボタンをつけ直した。

 

「こいつら全部、レイシアさんの名前で領収書切りました」

「やっていい事と悪い事って知ってるか? 便利だから使い分けろよな」

 

 しかし、実際レイシアさんの名前は有用だった。この図書施設で少し買い物をする時に、彼女の名前を出すと何でも持っていけ、と言われた。まあ、だからといって、タバコはともかく、白い粉ーー小麦粉なら問題ないがーーは怒られても仕方ない気がするが。

 

「つっても、リヴァイアの方じゃクスリ、所持も使用も問われないんだっけか、罪」

「そそ。流通量が多いからねぇ。他所より手軽に安く質のいいものが手に入る」

「はいダウト。さっき持ってたやつがどうかは知らんが、質に言及した時点で、やってたことは確定だ」

「あらら〜、今度は僕が丁寧丁寧丁寧に嵌められちゃった」

 

 私にはノルマンがわざと嵌められたように聞こえた。笑顔の裏に何があるか全く測れない。何かは笑顔の仮面の下に隠されていると思うのだが。

 

「嵌め返せて満足だから、恋バナしようぜ」

 

 カインはそう言って、私の肩を抱いた。咄嗟に逃げ道を探ったが、そちらには姿勢よく佇むノルマンが立っている。

 

「ぶっちゃけさぁ、旦那とキリちゃんってどうなん?」

 

 彼は耳元で囁くように尋ねた。摩訶不思議な響きがある。私とキリ。この関係をどう形容するのが正しいのか。

 いつの間にか私の回答を聞こうと、ノルマンが背後にいる。視認したのに気配がないし足音もない怖い。

 

 答えに窮していた時、白を見た。大きな荷物の上に、カルアが座っている。赤色の瞳が深淵を覗くようにこちらを見た。

 

「二人がリーダーいじめてる」

 

 彼女は目を細めて笑う。

 そして、蠱惑的な表情のままこちらへと歩いてくる。

 

「びっくりしましたよぉ。カインくんがいるから、遅刻かと」

「失礼だなって言いたいんだけど、気持ちはすげ〜分かるし、ノルマンに起こされて服着せてもらって連れてきてもらった身だから何も言えんわ」

「……ノルマン大変だったね……」

 

 ノルマンがカインをここまで連れてきた話をする度に遠い目をするので、本当に大変だったのだろう。私の労いにはは、と乾いた笑いを漏らした。

 

「三人とも何の話をされてたんですかぁ」

「旦那とキリちゃんって古い知り合いっぽいからよ、関係聞いてた」

「ふーー……ん、キリさんですかぁ……」

 

 カルアは少し含みを持たせるような相槌を打つ。そして少し拗ねたような表情をした。そんな表情をするようにプログラミングされたかのような作為を感じる。

 それを見て、カインがノルマン、と言いながら手を挙げた。いつの間にか私から離れたカインが、まだ私の背後にいるノルマンを呼びつける。はいはい、と上から優しげな声が降ってきて離れていく。

 

 昨日カインは、ノルマンについて足音がしないか、しても静かで一定だ、と言っていたのを思い出して、意識して聞いてみるが、確かに聞こえた足音は驚くほど正確に一定のリズムを刻んでいた。

 

 二人は少し距離を開けた。勢い、カルアと二人きりになった。

 

「毎回、リーダーとノルマンくんは目が合いますねぇ。カルアが声出す前に」

「前も言ったけど、目なんて……合ってないよ」

 

 毎回意識の外からやってくる芸当を披露するカルアもカルアだと思う。その度に、私とノルマンとは目が合ったと言ってくるが、私は声が発されて初めて彼女を認識する。

 

「ノルマンくんは理由分かるんですけどぉ、リーダーは分かんなくて」

「理由?」

「ノルマンくんの視線は照準ですものぉ。それは置いておいて、カルアも聞きたいです。キリさんとの関係……」

 

 カルアが甘い毒のように言葉を紡ぐ。

 私はそれよりも、視線を照準と表現したその真意を聞きたいのだが。

 

 その声も、カルアが紡ごうとした言葉も、三人の綺麗に揃った「おはようございます」でかき消された。遠いところにいるカインとノルマンもその威勢の良さに驚いていたし、もちろん私も驚いた。カルアだけは肩を竦めると、私から離れていった。

 

「カインは……いないっすね。あたし探してきます」

「エス、お前わざとだろ、居るわ!」

「え、何で……。絶対遅刻してくるって思ったのに」

 

 そんな喧騒を他所に、キリは私の方にやってきて「おはようございます」と挨拶に来てくれた。おはよう、と返す。

 ローランは昨日のカインとの一件のせいか、一歩離れて皆の様子を眺めていた。ノルマンがその彼を引き入れるように、他愛のない話を仕掛けていた。

 

 その一瞬の静寂に、足音と厳かな空気が近づいてくる。

 レイシアさんがやって来た。彫刻品のように美しいのに、一挙一動には目を背けたい程のおぞましい凄みがある。この人の眼中には、司書たちの命が数えられていないことを知ったからそう思うのだろう。

 彼女の背後には、彼女で体を隠すような位置にライヒェもやってきた。他に見知らぬ子供たちが複数名いる。その子たちは無邪気に普段あまり立ち入らないだろうここを眺めていた。

 

 ライヒェを見たとき、チクリと胸が痛んだ。彼は知ってか知らずか、私を見ても興味のない品を見つめるような目を崩さずにいる。

 

「皆、セントラルは楽しめたよね。楽しめたのならレッツゴー、アトラ社、と言いたい所なんだけど、改めて説明と協力してくれる子を紹介するね」

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