見えない夏

さくらのうさぎ

転校生

”初めまして、私の名前は__”



これまでの人生で何度となく繰り返されてきた自己紹介。

世界中で、今この瞬間にも”初めまして”を迎えている人達がいる。


そう言えば、どこかの誰かが言っていた。



「100年の間、ずっと1秒に1回新しい人と会ったとしても、世界中の全員と会うことはできない」



100年は31億億5360万秒で、世界の総人口は大体81億人。

200年生きてもまだ足りない。

時間というものは有限で、誰も操作できないからこそ、僕の友達や家族は、奇跡的な確率で縁をつないだ人達。





__つい最近までそんな風に思っていた僕の前に、ある日彼女は現れた。






_____________________________________






「今日からこのクラスで一緒に過ごす仲間が増えます。」

いつも通り始まった朝のホームルーム中、いつもと違うセリフが聞こえて、眠気の抜けない僕の頭が教壇に立つ先生に集中する。


担任の鈴川先生は、いつも長い髪を1つに結んでいて、キュッと吊り上がった目が猫に似ている。

背が高くてマイペース、生徒に興味がなさそうで、つかみどころのないキャラクター。

誰か言い始めたのかわからないが、いつの間にか”鈴”と”猫”を合わせて、『鈴にゃん』なんてあだ名で呼ばれている。

本人は気にしていないのか、あだ名について言及している所は見たことが無いが、『鈴にゃん』と呼べば振り向いてくれるので、自分のことだと認識しているらしい。



ガラガラと前の扉を開けて入ってきたのは、背の小さな女の子。

真っ黒なロングヘアーはツヤツヤと輝き、肌は雪のように白い。

スッと切れ長の一重瞼と、無表情で教室を見渡す仕草が相まって、少し冷たい印象を受ける。



「初めまして。私の名前は三澄 凪(みすみ なぎ)。よろしく。」



感情のこもっていない、短すぎる挨拶を終えると、再び無表情で僕らを順に見つめる。

なんだか居心地の悪い空気が教室内に漂っていた。

「それじゃあ三澄さんは、あそこの席に座ってね。」

鈴にゃんが指さすのは、窓際の前から3番目の席。

ちょうど僕の左斜め前だ。

「わかりました。」

三澄さんが座ったのを確認した鈴にゃんは、「みんな仲良くするのよ。」という一言と、いつも通りの連絡事項を伝えてホームルームを終える。



さっそくクラスの中心にいる女子たちが、三澄さんの席に近づいて、あれこれと話しかけだした。

「ねぇねぇ、三澄さんってどこから来たの?」

「三澄さん、なんて呼んだらいいかな?やっぱり凪ちゃん?凪っち?」

「凪っちはちょっとダサくない?」

「えー、ひどーい!」

「ってか、めっちゃ肌綺麗だよね。何かケアしてるの?」

席が近いから、否が応でも脈絡のない質問と雑談が入り乱れた会話が聞こえてくる。

というか、そのペースで話しかけたら、肝心の三澄さんが答える隙が無いだろうに。

「出身は東北の田舎。あだ名は何でもいいよ。好きに呼んで。

スキンケアは面倒だから何もしない。」

相変わらずにこりともしない様子で、淡々と答えている。




何となく女子同士のコミュニケーションを観察していると、急に肩を叩かれて

「ひぇあ!」と変な声が出た。

「あはは!『ひぇあ!』って何だよ!」

横でゲラゲラと笑っているのは、尾上 涼(おのうえ りょう)。

無口で面白みのない僕の、数少ない友達だ。



涼は陸上部で、他のクラスにも友達が多い。

元々おしゃべりな性格だからか、一緒に騒げる人を探して、休み時間はどこかへふらっと出ていくのがいつものルーティンだ。

なぜ無口な帰宅部の僕と仲良くしてくれるのかは、いまだにわからない。

ただ、涼は「気つかわなくていいから楽なんだよ。」なんて言って、気まぐれに僕にちょっかいをかけてくる。

まぁ、基本的に人懐っこい犬みたいだし、涼の話は面白い。

裏表のない性格で、勉強はできないけど、時々おすすめのお菓子もくれるいいやつだ。


僕の無味無臭な高校生活に”青春”があるとすれば、涼との友情がそうだろう。




「なんだよ、びっくりさせるなよ。」

ふてくされていつもより低い声の僕など気にもせず、ぐいぐいと腕を引っ張ってくる。

「1時間目は古典だから、移動教室だろ。早く行こうぜ。」

そうか、すっかり忘れていた。

「わりぃ、忘れてた。」

立ち上がった時にふと三澄さんを見ると、バチッと目が合った。


...え、なに。


目が合ったのは一瞬で、僕の戸惑いなど何でもないように、次の瞬間にはフイっと視線をそらされる。

「おい、もうすぐチャイム鳴るぞ!」

涼が僕を呼ぶ声に「うん。」とだけ答えると、荷物を掴んで慌てて扉に向かう。

もう一度振り向いた時には、すでに囲まれた女子たちの後ろ姿しか見えなかった。








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