第6話「希望の初収穫」
――儀式から五ヶ月が過ぎた晩秋のことだった。
試験区画の夏大豆畑が、収穫の時を迎えていた。
僕は農夫たちと共に、畑の前に立っていた。緑の葉が茂る畝には、ふっくらと膨らんだ豆の莢がたわわに実っている。従来の栽培法と比べて、明らかに株が大きく、実も多い。
「若様……本当に、これで良かったんでしょうか」
老農夫のトーマスが、不安そうに僕を見上げる。その視線には、期待と疑念が入り交じっていた。
無理もない。何世代にもわたって続けてきた農法を変えるというのは、彼らにとって大きな賭けだった。「豆を植えて、その後に麦を植える」。そんな突拍子もない方法を、どれだけ信じられるだろうか。
「大丈夫です。Oracleが――いえ、僕が確信しています」
僕は鎌を手に取り、最初の一株を刈り取った。
引き抜いた豆の根を見て、僕は息を呑んだ。根に小さな粒がびっしりと付いている。これが「根粒菌」。窒素を土に蓄える、小さな働き者たちだ。
「見てください、この根を!」
僕は農夫たちに根を見せた。彼らは不思議そうに首を傾げる。
「若様、この粒は……?」
「これが、土を豊かにする秘密です。この粒が、空気中の……えーと、見えない栄養分を土に蓄えてくれるんです」
v1.1にアップグレードしたOracleのおかげで、説明の仕方も少しずつ上手くなってきた。
「さあ、収穫を始めましょう!」
◇
収穫作業が始まった。
農夫たちが次々と豆を刈り取り、莢を集めていく。その表情が、徐々に驚きに変わっていく。
「若様! こ、これは……!」
トーマスが、収穫した豆の入った籠を抱えてやってくる。その籠は、予想以上に重そうだった。
「従来の畑と比べて、一株あたりの収量が……倍近くありますぞ!」
「本当か!?」
僕は籠の中を確認した。大粒の豆がぎっしりと詰まっている。粒も大きく、色艶も良い。これなら、食用としても、次の種としても十分だ。
「若様、こちらの区画もです!」
「こっちもすごいですぞ!」
あちこちから歓声が上がる。試験区画全体で、期待以上の収穫量だった。
収穫作業が終わり、すべての豆を計量すると、結果は明白だった。従来の栽培法の約1.8倍。予想を上回る大成功だ。
「信じられん……本当に、土が変わったんだ……」
トーマスの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。老いた手で豆を握りしめ、震える声で言う。
「若様……ありがとうございます。この歳になって、こんな豊作を見られるとは……」
他の農夫たちも、次々と僕のもとに集まってくる。
「若様、来年はうちの畑でも、この方法を試させてください!」
「うちもです! ぜひ!」
彼らの目には、もう疑念はなかった。ただ、希望と期待だけが輝いていた。
「ええ、もちろんです。来年は、領地全体で輪作を広げていきましょう」
僕の言葉に、農夫たちが歓声を上げる。
◇
その夜、僕はOracleに報告した。
「Oracle、輪作の第一段階が成功した。収量は予想の1.8倍だ」
『素晴らしい成果です、アルス。これで輪作の有効性が実証されました』
「ああ。でも、これで終わりじゃない。次は、収穫した豆を食べた後の畑に、麦を植える。それが輪作の本当の真価を発揮する段階だ」
『その通りです。豆が蓄えた窒素を、麦が吸収します。次の収穫でも、高い収量が期待できるでしょう』
僕は窓の外を見た。月明かりに照らされた試験区画では、農夫たちが明日の冬麦の種蒔きに備えて、畑を整えていた。
彼らの動きには、以前のような疲労や諦めはなく、活気と希望が満ちていた。
「Oracle、次の質問だ。冬麦の種を蒔く最適なタイミングと、注意点を教えてくれ」
『了解しました。現在の気候と土壌状態を考慮すると、3日以内の種蒔きが最適です。晩秋の今が冬麦の適期です。注意点は――』
Oracleが詳細な情報を提供してくれる。v1.1になってから、回答の精度が格段に上がった。文脈を理解し、僕が本当に知りたいことを的確に答えてくれる。
「ありがとう、Oracle。君がいてくれて、本当に良かった」
『お役に立てて光栄です、アルス。共に、この領地の未来を築いていきましょう』
ハズレスキルと呼ばれたOracle。だが、今では僕の最高のパートナーだ。
翌日、僕は農夫たちと共に、試験区画に冬麦の種を蒔いた。夏大豆が耕した、栄養豊かな土に。
この冬麦が初夏に実る頃、きっと領民たちの顔には、もっと明るい笑顔が咲いているはずだ。
(第6話 了)
次回予告:第7話「石鹸と希望の香り」
輪作の成功で勢いづいたアルスは、次の改革に着手する。それは、セナと共に取り組んできた石鹸作り。何度も失敗を重ねた末に、ついに完成の時が訪れる。そして、その石鹸が領地にもたらすものは、清潔さだけではなかった――
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