♡ 008 ♡
みなもは帰り支度をし、広香と一緒に外へ出た。
「だいぶ日が短くなったね」と広香が言う。
制服の中を木枯らしが抜けていく。
「寒いね」
みなもは身震いして、両手を擦り合わせる。
「家まで送るよ」
と広香が言うと、急にみなもは困ったような顔をした。目を泳がせ、両手をもぞもぞさせて、それから打ち明けた。
「実は、うち反対方向なの」
「ええ?」
広香の目が大きく見開かれる。もう七時半を回っていた。
「どうしても広香ちゃんと話がしてみたかったから、嘘吐いちゃった」
なんでそんな、と動いた広香の口が一度結ばれてから、
「ここからどれくらいかかるの?」と心配そうに問う。
「学校からだとチャリで20分」
「学校からここまでも歩いたら30分くらいあるよ」
しばらくみなもと顔を見合わせてから、広香は胸ポケットに手を突っ込んで小さな財布を取り出した。そして五千円札を手早くみなもに差し出す。
「タクシーで帰りな?」
驚いたみなもは大きく
「もらえないよ!」
「それなら貸すからさ」
広香のきっぱりとした表情から、その決断を譲らないだろうことが伝わってきた。しかし、みなもはそんな大金を賄えるほど小遣いをもらっていなかった。
「お金ないの。だから歩いて帰るよ、大丈夫!」
「こんなに暗いのに百瀬さん一人で歩かせるわけにいかないよ。いいからこれ、受け取って」
広香は半ば押し付けるようにしてみなもの胸ポケットに五千円札を差し込んだ。
「ちょっと、だめだよ広香ちゃん!」
「タクシー呼ぶね」
広香は手際良く電話をかけた。みなもはあたふたするばかりで見ていることしかできず、広香の段取り通りにタクシーを待つことになった。
みなもが何度も頭を下げて謝ると、もう謝らなくていいからと広香に制止された。
二人はぽつぽつと会話をして、タクシーが来るまでの時間を埋めた。
「今日初めて話したのに、広香ちゃんの目の前で大泣きしちゃった」
「びっくりしたよ」
「なんでだろう、広香ちゃんの演奏が終わったら勝手に溢れて止まらなくなった」
「感動してくれたの?」
「そう。曲をきいてこんなにはっきり景色が見えたの、初めてだった」
その言葉で、広香が遠くの空に視線を送り、そうっとこぼした。
「嬉しいな……。嬉しいよ。ありがとう」
暗くてはっきり分からなかったけれど、広香の横顔に一筋涙が光った気がした。
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