02 青山(せいざん)
経正は十三歳になった。
十三ともなると、稚児としてはもう終わりといえる。
このまま僧侶になる道もあったが、平家の棟梁・清盛は元服を命じた。
この時、平家は宮中を席巻しつつあり、詩歌管弦のできる者は、ひとりでも欲しい時期であった。
ただし、さすがに清盛も、覚性の経正への鍾愛を知っており、もし断られたらそれはそれでよいと経正に言い含めた。
経正は覚性に会い、元服のことを告げた。
「よい」
「よいのですか」
それはそれで経正としては不満だった。
覚性は未練を残してくれないのか。
今までの琵琶の稽古の日々は、何だったのか。
「そなたに
覚性は脇に置いていた豪奢な包みのものをかかえ、差し出した。
それは経正にとって、慣れ親しんだものだった。
いつも稽古に使っている琵琶で、経正は残念そうな顔をした。
よりによって、二人の日々を象徴する琵琶を「下さる」。
これは「いらない」ということではないのか。
覚性はそんな経正に頓着せず、声をかけた。
「そういえばそなた、元服したら、名乗りは」
「経正でございます」
「では経正」
「はい」
覚性は包みを解いて、中の琵琶を出した。
見慣れた琵琶。
経正は歎息した。
「この琵琶、銘を教えていなかったな」
覚性は何気ないことのように――
「
と告げた。
「青山?」
経正は少し驚いたような顔をした。
それからだんだんと頬を紅潮させた。
青山。
それはこの国の琵琶の祖と伝えられる藤原貞敏が
天人が天より、青山の木の梢へと
ゆえに、秘曲伝授に使われたその琵琶の名を、青山という。
つまりはそれだけ、昔から秘曲を奏でるのに使われていた名器である。
「そのようなものを」
というだけでなく、八歳にして初めて稚児として仁和寺に来た時から――触らせ、稽古に使わせてくれていた。
経正は覚性のその、自分に向けて来た大いなる期待、あるいは気持ちに震える思いだった。
「経正よ、汝ならその青山を使える。それも、最も善く使えるようになる、と思うたのじゃ」
覚性は八歳の経正に琵琶の才を見出し、それを育むのは自分しかいない、と瞬間的に悟った。
そしてまた、経正なら、青山を誰よりもうまく爪弾くことができるようになるだろう。
だとしたら。
「そうなるだろうと思うたら、もう、矢も楯もたまらぬ。琵琶を教えるにあたり、青山を使えば――慣れ親しめば、そなたが大きくなり琵琶の才もより大きくなった時、最も慣れ親しんだ琵琶が青山となれば」
経正の爪弾く青山は、誰よりも、何よりも素晴らしい音を奏でるに相違ない。
経正は泣いた。
覚性の気持ちに。
大いなる愛に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます