暗殺者の少女、四大精霊に懐かれる。〜異世界に渡ったので、流浪の旅人になります〜

赤海 梓

第1話 目覚めの森

「……ここ、どこ?」


 私は謎の場所に倒れ込んでいた。

 周りを見渡すと、そこは樹林であった。木漏れ日が不思議と心地よい。

 足元のほうには湖が広がっていた。日に照らされる湖の姿は妙に美しく、妖艶たる気配を感じた。


「……焚き火の匂いがする」


 そもそもここがどこか分からない以上下手に行動はしたくない。だがそれでも情報は必要不可欠…、焚き火の匂いの元へ向かうしかない。


「なんで私、こんな所にいるんだ……?」


 記憶が曖昧だ。


 確か、私は…


貴女きじょよ、ここで何をしておる」


「わっ」


 シュバッ


「……!?」


 しまった、つい考え事で警戒を怠っていた。

 私は素早く声の元の背後に回り込み、首に手刀を当てた。


「……あ、」


 いやダメでしょ! 普通に一般人の可能性だってあるのに手刀かけちゃ……!


「ご、ごめんなさい! つい癖で……? あ、いやその、敵意は無くて、それで……えーっと……!?」


「……」


 あぁ~! 絶対に怒ってるぅ~!

 しとろもどろすぎるし、絶対に不審に思われたって、これ……。


「あの本当にすいま……え?」


 私は手をかけた人を見る。老人であった。その人は…、いや、人と呼んでいいのかわからない。

 耳と鼻は妙に尖っており、背の低い男。斧を片手に持っていて、老練たる気配を醸し出している。


「えっ、え?」


「ふむ、私を見て動揺はせども、敵意は向けない…か」


 敵意も何も、混乱してるだけなんだけど……?


「ふははは! よかろう、気に入った!」


 なんか気に入られちゃったんだけど!?


「えぅっと…、ついていけないんだけど」


「着いてきなさい、我らのコロニーに案内しよう」


「えっと、え、え」


「ああ、すまない、忘れていたよ。私は四大精霊しだいせいれいの1人、モース。よろしく」


「え、四大……えっ?」


 混乱している私を無視して、モースは私の手を引く。


 その刹那であった。木陰と湖からそれぞれ、何かが飛び出して来た。


「あーっ、モースが人攫いしてるー」


 森の木々から飛び出してきたのは、小さな羽の生えた……人間!? 人間じゃない!? 緑の小さな女の子が姿を現した。


「趣味が良くないわねぇ~、モース?」


 湖から姿を現したのは、水のドレスを纏う美しい女性であった。……いや、人ではないような感じもする……。


「人攫いじゃないわ。あくまで保護だ。あんたら怖がせるような真似するんじゃないぞ。シルフ、ウンディーネ」


「わかってるよー」


「はいはい~」


「えっ?」


 え?


 ええええええ!?!?




 ◇◇◇


 あれから10分程度経った頃。落ち着きを取り戻した私はモースに問う。


「あの、ここは一体……」


「なんだ、主は迷い子であったか」


「まぁ、そんなとこ……」


 気がついたらここに居たのだから、あながち間違いという訳でもない。


「ここは「ミアーレセルンの森」と言う所だ。別名「精霊の森スピリットフォレスト」とも言う」


「あぁ、だからこんな……」


 私の周りには精霊を名乗る生命体が3体もいる。だが最近まで感じたことの無い何かを彼らから感じるし、本当に精霊なのかもしれない。


「ってかモース。この子けっこう強そーだけど、本当に迷子なの?」


「あ~、それ私も思ってたわ~。絶対下手な近衛兵よりも強いわよ~。そんな子が迷子なんて、違和感しか無いものね~」


「詳細はわからん。本人の説明ありきであろう」


「丸投げかい……」


 でも、そりゃそうだ。


「……目が覚めたらここに居たの。本当に心当たりが他に無くて、直前まで何をしていたのか思い出せない……」


「……ふむ、記憶が無いと申すか。自分の名前はわかるか?」


「そりゃ名前くらいは……。……?」


「名前もやはり防護壁プロテクトがかかっておるか」


「プロテクト?」


「モース、プロテクトってことは……」


「ああ。この子は恐らく、転生者であろう」


 転生者? プロテクト?


「えっと、もう少し丁寧に説明を……」


「む、すまない。簡潔に言うと主は転生……つまり別の世界からやってきた者なのであろう、ということだ」


「別世界……ここが……」


 どこかの史料で見たことがある。

 こことは違う別の世界がある。学者はそれについて徹底的に議論し、情報を集めた。その結果、「世界」という概念に表裏がある事実を突き止めた。裏と表、単なる移動では到底辿り着くことのできない世界の表裏。

 ……くらいしか読んでないけど。

 とにかく、私は別世界に転生してしまったらしい。


「ちなみに主は何の魔法を使うのだ?」


「魔法……?」


「まさか、その別世界には魔法が存在しないのか……!?」


「えーっ、じゃあ私たちみたいな魔力の化身なんて存在しないってことー!?」


「あら、それは怖いわねぇ……」


「うーん、魔法って言うよりも魔法を使うための何かの力、的なものが存在しないんだと思う。この森に充満している何か…空気みたいなものが前の世界には無かったんだよね」


「ふむ、それは魔力の事か……」


「……これ、魔力って言うのかな?」


「そうだな。そしてそれは人間などの生物からも発せられる。それにしても魔力を素で感じられるとは……、いやはや恐ろしい」


「……」


 なんだか冷たいような、温かいような、不思議な感覚をずっと感じていた。なるほど、これが魔力か……。


「いや、話を戻そう。転生者というのは非常にごく稀にだが、過去にも現れていたという事例があった。だがしかし、そやつらは皆、部分的に記憶が無くなっていたのだよ」


 部分的に無くす記憶……か。


「そっか、だから私、名前や直前の記憶が思い出せないんだ……」


「だが安心しなさい。私たちのコロニーにある特殊な魔法で、そのプロテクトを解くことができる」


「本当?」


「発動するのは初めてだけどね~」


「でも私たちが組んだ魔法なんだし、失敗するなんて考えられないよー!」


「……へぇ」


 ちょっと不安になった。

 でもこの2人からは凄まじい魔力を感じる。平均的な魔力の量を知っている訳では無いが、この身震いするほどの量。流石に普通とは言い難い。

 信用に足るだろう。




「ここだ、着いたぞ」


 そして数分程度歩いたところでモースに言われた。


「ようこそ! 私たち精霊のコロニーへ!」


「ゆっくりしていくと良いわぁ~」


 ここが、精霊のコロニーか。高い木々に住宅が出来ており、木とツルのロープが橋として他の住宅に繋げられている。


「……」


 殺気を感じる……。誰かが私の命を狙って…?


「どうした?」


「……いや、なんでもない」


 まだ仕掛けてくる気配はなさそうだし、今は泳がせておこう。


「ここの観光は後にしよう。こちらへ来なさい。プロテクトを解く魔法をかけよう」


「うん、わかった。……けど、本当に大丈夫?」


「……ふむ、懐疑の目か。無理もない。この世界に来たばかりだと言うのに、よく知らない連中に記憶がどうたら…と言われているのだからな」


「へぇ、表情を隠すのは得意なんだけどな。凄いね」


「あまり四大精霊を舐めてはいけない。人の心など目を見ただけですぐに分かる。特にお前はわかりやすい」


「えっ……? なんで……?」


「そなたは感情が高ぶると、耳がピョコピョコと跳ねるもんでな。これに関しちゃ一般人でもよく分かる」


「み、耳!?」


 私は頭の横の辺りを触る。……別に動いてないよな?


「主の耳はそこなのか? どう見ても頭の上のものでは無いのか?」


「えっ」


 私は自分の頭の上に手を伸ばす。

 するとそこには、前世の自分には無かった獣の耳が生えていたのだ…!


「えぇぇぇぇ!? なんでぇぇぇえ!?」


「……なるほど、反応を見るに前の世界では獣人ではなかったということか……? いや、これもプロテクトの影響か……」


「いやいやいや、絶対に無い! プロテクト関係なく私はごく一般的な人間だったって!」


「でも白猫ちゃんの耳可愛いわよ~。ピョコピョコ動くし~」


「……白猫?」


 私は急いで髪の毛を視界に入れる。


「嘘……髪色まで変わってるんですけど……!?」


「美しい白色だ。透き通るような銀の色味を感じる程の」


「別にかわいいからいいと思うわよ~?」


「まぁ、別にこだわりなんて無かったしいいんだけど……」


 現実離れした出来事ばかり起こる現状に私は全てを諦める。


「モースー。準備終わったよー」


「おぉシルフ、仕事が早くて助かる。それじゃあ来なさい。主のプロテクトを解除する」


「うん」


 そして私はモースに案内され、コロニーの少し奥にある一室に連れていかれた。

 寂れ気味の悪く言えばカビ臭いボロ屋、よく言えば古風な家と言ったところだろうか。


「ここだ」


「お邪魔します」


 中に入るとそこは普通の家のようだった。かなり古い作りだが、しっかりとしている。


「へぇ、いい家だね」


 だがそんなお気楽な感想も数秒後には吹き飛ぶことになる。


「……何あれ」


 少し奥にあった、謎の何か。

 不思議な模様が青白く光っている。

 淡い光を発するそれは、魔力を強く帯びていた。


「あれは魔法陣と言ってな。魔法を発動する為に必要な模様のようなものだ」


「魔法陣……」


「あの中心に立ってみなさい。少し時間はかかるが、恐らくプロテクトは解ける」


「……信用していいの?」


「精霊に基本悪はいない。だから安心…しろと言うのも無理があるか。だが私を信じろ」


「私も信じていいんだよー!」


「私も貴方のことは気に入ってるし~、食べちゃいたいくらいだけど、食べたりしないわよ~」


「人食べるの!?」


「…………そんな訳ないでしょ~?」


「ねーえ、凄い嫌な間があったって! 絶対あっちゃいけない間があったって!」


「あらあら~、そんな事ないわよ?」


「信用出来ないって!!」


「あははははっ! でも凄い笑ってるよ!」


「えっ…?」


 ふと自分の口元を触ると、強ばって上がった口角を感じた。……そっか、私、この人たちと一緒なら、笑えるんだ……。


 ……いや、人じゃないか。


 まぁともかく、この私が無意識に笑えるほどの者たちだ。信用出来るできないじゃない。私が信用したい。


「…わかった。魔法をかけて?」


「私たちを信じてくれるようだな。よかった」



 そして私は魔法陣の中心に正座する。



「……ふぅ、ふぅ」


「むむむむむむむっ……」


「ふんっ……」


 3人から魔力が流れてくるのを感じる。


 少しすると、魔法陣が強く光を放った…!


「!!」


 完成…したのかな? なんとなくだが、これ以上手の施しようが無いほど完璧な魔法陣に思えた。


「ねーモース、これ、完成したよねー?」


「あぁシルフ。これ以上無い程に完璧だ」


「あとは彼女の記憶が戻るのを待つだけ……えっ!? だっ、大丈夫!?」


 ウンディーネが視線を移した先には、うずくまっている少女の姿があった。




 痛い!痛い痛い痛い痛い!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!頭が割れそうだ!!!脳がマグマで焼かれる痛み…!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!!」


 ……!? なんだこれ、脳に直接何か圧力が入り込んで来るようなろ、…!?

 私は……! 私は……!!








「……ぁぁ……。はぁ、はぁ、……。」


「主よ、大丈夫か」


「……私は、」


「……?」


「私の名前は、蝶華ちょうか 瑠蜜るみつ。……暗殺一族の長だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る