Ⅱ-6 調書

 ヴィルの戴冠式以降、王国はしばし祝賀の空気に包まれていた。

 南部戦線の士気もいくぶんか回復し、国内の情勢も安定して見えた――表向きには、だが。


 王都で続発していた娼婦襲撃事件は、未だに収束していなかった。

 既に犠牲者は八名にのぼり、ついには審議会でも議題として取り上げられる事態となっていた。


「さて、大将軍。この件、いかが処置なさるおつもりか?」


 ラハティが鋭い視線をアブトマットに向ける。

 その言葉には、「ヘンリーを王にしておけば、このような混乱は起きなかった」という皮肉が滲んでいた。


 アブトマットもそれを感じ取ってか、苛立ちを隠そうともせず言い放った。


「どうということもない。たかが商売女八人が死んだだけの話だ。大事にする必要はあるまい」


 その言葉に、空気がピンと張り詰めた。

 ラハティを睨みつけるアブトマットに代わり、カルカノが静かに口を開く。


「お言葉を返すようですが、この事件は国政に対する不満が爆発した結果と見ております。放置すれば、暴動へと繋がりかねません」


 隣でウィンチェスターも深く頷いた。


「……大僧正。何か掴んでおられるのではないか? もったいぶらず、話せ」


 アブトマットが苛立ったように言うと、カルカノは彼を無視してシャルロットの方を見据えた。


「ご不快な内容になるかと存じますが、陛下と太后殿下にはお耳に入れておくべき事実です」


「構わぬ。申せ」


 シャルロットが毅然と頷いた。


「はい。まず、犠牲者となった八名の遺体を調べましたところ、いずれも複数人――少なくとも十人前後による暴行を受けた痕跡がございました」


 カルカノは、事件調書を記した羊皮紙を各員に配りながら続ける。


 暴行、強姦、窃盗……単なる殺害ではない。

 遺体には凄惨な傷が残されていた。重い金属棒のようなもので四肢の骨を砕かれ、逃げられぬようにされてから、歯は一本残らず抜かれていた。

 膣内、直腸、口腔、胃の中から精液が検出され、全身には執拗な打撲痕。

 指や乳房、陰核までもが、噛み千切られていた。


 そのあまりの残虐さに、シャルロットは顔を歪める。

 隣で羊皮紙を覗き込むヴィルは、内容の意味が読み取れない様子だった。――それが、せめてもの救いかもしれない。


「ここまで残酷な手口である以上、単なる娼婦への憎悪とは思えません。しかも毎日一件ずつ、異なる場所で犯行がなされている。――つまり、複数の集団による同時多発的な犯行の可能性が高いのです」


 シャルロットが眉をひそめ、カルカノを見た。


「……つまり、この事件には予想以上に多くの者が関わっていると?」


「はい。恐らく、徒党を組んでいると見て間違いありません」


「それでは、もはや反政府組織ではないか」


 シャルロットが吐き捨てるように言う。

 その鋭さに、カルカノは改めてニニオの慧眼を思い出す。


 シャルロットの侍女には蛇を数名潜ませてあるが、それでも彼女の命を守りきれるかは分からない。

 表立ってアブトマットと対立するなとは伝えているが……。


「反政府組織といっても、所詮は下賤の烏合の衆に過ぎん。軍を出せば三日で片が付く」


 アブトマットは調書をぞんざいに投げ捨て、葡萄酒を一口含む。

 状況を、あまりにも軽んじている。


 その反政府組織には、旧貴族の関与が疑われていた。

 最も可能性が高いのは、旧マンリヒャー家。そしてその家臣筋の貴族たち――だが、今のところ決定的な証拠はない。

 蛇たちでさえ、組織の全体像を掴めていないのが現状だった。


「陛下、反政府組織の討伐許可を。王都の治安を即刻回復いたします」


 アブトマットが立ち上がって言うと、ヴィルが口を開こうとするのをシャルロットが手で制した。


「大将軍、それをすべて軍だけで完遂できるとお考えか?」


 シャルロットの一言に、アブトマットの顔がわずかに歪む。

 しかしすぐに表情を取り繕い、にこやかに応じた。


「もちろんでございます、太后殿下。寄せ集めの賊など、軍の敵ではございません。三日もあれば終わりましょう」


 そう言って、アブトマットはわざとらしく膝をつき、忠誠を示してみせる。


「……よろしい。ならば許可を出そう。ただし、まだこの件は民の耳には届いておらぬ。事を荒立てず、速やかに収束させよ」


「御意に」


 アブトマットは頭を下げると、そのまま足早に審議会室を後にした。


 残された面々は、互いに顔を見合わせる。


「……どう思う、ウィンチェスター」


 ラハティが口を開く。


「個人的な見解ですが……突かない方がいい気がしますね」


「儂も同意見だ。あれほどの功名心、病気の域じゃな」


 ラハティが苦笑すると、ふと視線をカルカノへ向ける。


「大僧正、金の流れは洗えたか?」


「いえ、そこまではまだ……。どうにも、煙の匂いが濃すぎますな」


「やはりな」


 そんなやり取りを聞きながら、シャルロットがくすりと笑った。


「まったく……。私がまだここにいるというのに、皆様はお好き勝手ですこと」


 ヴィルは既に近衛隊と共に自室へ戻っていた。

 だがシャルロットはあえて残り、会話の続きを見届けていたのだ。


「殿下、どうかご注意を。下手をすれば、アブトマット自ら導火線に火を点けかねませぬぞ」


 ラハティの忠言に、シャルロットはさらに微笑を深くした。


「分かっています。――むしろ、それを望んでおります」


 その言葉に、場が静まり返った。

 シャルロットはカルカノへと向き直る。


「猊下、反政府組織は……既にかなりの規模に育っているのではありませんか?

 金の流れが掴めないということは、各都市にも類似の組織ができ始め、互いに連携を取っている可能性が高い」


「殿下のご推察、的を射ております。すでに一部は武装化しているとも……」


「また、民が犠牲になるのですね……」


 シャルロットは目を伏せ、静かに語った。


「皆様――どうか、民をお守りくださいませ」


 そう言って、深々と頭を下げた。

 その姿に、一同は息を呑み、慌てて跪いた。


「……殿下が民を想ってくださっていること、我ら一同、心より感謝申し上げます」


 この瞬間、ラハティとウィンチェスターは確信した。

 ――アブトマットは、もはやであると。

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