第21話 忠誠と絆

 

 ――記憶が失われているせいで、神果が作れない


 その現実に絶望するセラスさんは涙を流しながら膝をつき崩れ落ちる



「嘘...嘘でしょ...?」



 諦められないのか、這いつくばりながら、右往左往し、どこかにあるであろう救いを求めていた



「ミレイユ...ミレイユ・セイントヒール...」



 必死に名前を呼ぶ



「第六席...治癒医療班長...私の...親友...」



 初めて見た時の彼女は、だれよりも最前線でロードに突撃しようとしていた。ただ睨まれただけで屈服しかけたおれは、その頼もしさが、団員にとってどれだけ頼もしい存在であったのかが想像できる


 夢遊病患者のように歩き回るその姿に、多くの聖騎士は衝撃を受けているようだった



「誰も覚えていないのか......」


「すまない、セラス」


「第六席の顔が...思い出せない...」


「私もだ..」



 セラスさんに震える声で謝罪の言葉をかける聖騎士たち


 仲間の存在を忘れていることに対する罪悪感。仲間の為になれない無力さ。


 それらを痛感する聖騎士たちの悲痛な様子は、普段の彼らに深い絆があった事を感じさせる


 それなのに誰も思い出せない現実があまりに残酷で、俺は目をそらしたい思いに駆られる



 するり、と俺の体にアピサルの尻尾がすりよる


(ありがとう、アピサル......この世界で生きるためには、この世界で何かを成すためには、この現実から目を背けちゃいけないんだよな......俺にはロードの主として、しっかりと見届ける必要があるんだよな)




「どうして...どうして...!」



 まるで裏切られたとでも言わんばかりの表情で、セラスさんの声が一人一人の肩を揺さぶりながら、罵声の様な悲鳴をとばす



「あんなに...あんなに一緒にいたのに...!」


「あんなに笑い合ったのに...!」


「あんなに...あんなに...!」


「今この場に100人いるんだぞ......100人いて、なんで、どうして...誰も覚えていないんだ」



 最後には、神にすがるように崩れ落ち、小さな声で悲鳴を上外続けるセラスさんに、俺は、何も言えなかった


 物語の中で、主人公はこういう時に頼もしい言葉で人を導く、そういったセリフを浴びるほど見て聞いて、あこがれてきたはずだ


 それなのに、俺はこの絶望に、どんな言葉をかければいいのか、わからなかった



「セラス」



 俺と同じく、悲痛なお面持ちでセラスさんを見ていたガルバード団長が、そっとセラスさん肩に手を置く。



「私は、覚えている」


「!」


「多分......だが、ミレイユは...そう、白い髪の、優しい女性だった。そう...だな?」



 ガルバードの声は震えていた。



「いつも祈るように手を合わせて...」


「誰よりも傷を負いながらも......」


「誰よりも笑顔で...皆を癒していた...」



 その言葉に、セラスさんが顔を上げる。



「団長...」


「私は、妻子の顔が、思い出せない......居た事も、それが魔王に殺されたという事も、確信があるのに、本当はどうだったかも思い出せない、もしかしたら、そんな存在最初からいなかったのではとも思う」



 ガルバード団長は自分の記憶と戦うかのように、つよく拳を握る



「だが、ミレイユは......」



 そして記憶を一つ一つ確かめるように言葉を紡ぐ



「朧気でも...確かに、ここにある」



 胸を叩く



「だから、諦めるな、皆も思い出せるはずだ」


 セラスさんが、涙を流す



「団長...」


「ありがとう、ございます...」



 セラスさんを慰めたガルバード団長だが、セラスさんが見てない時の顔は勇気付ける者の顔ではなく、悲痛な者の顔だった


 まるで自分の言葉を自分で疑ってしまっているかのような、とても悲痛な



「竜将殿。神の力を使うあなた達であれば、私達の記憶を取り戻せるだろうか?」



 その言葉に俺は答えを持ち合わせていない


 するとマリエルが一歩前に出て代わりに応えてくれる



「モモちゃん。神の実を実らせる為の思いに時間制限はあるかしら?」


「思いが鮮明であれば、問題はありません。」



 モモの発言に期待が募る



「じゃが......」



 そこにオルトレーンが口をはさむ



「これだけ多くの者と関係が立ち消えているという事は間違いなく虚無の世界の入り口に立っておる」


「虚無の世界?」


「さよう、我等が神に廃棄物として贈られた、記憶も歴史もすべてが無かったことにされる、最後の場所じゃ」


「歴史が消える!?そんなことが」


「ワシがこの世界に居た形跡も残っておらんからな」



 オルトレーンの言葉に再び険しい顔をするガルバード団長



「で、消えるまでの猶予は?」


「神のみぞ知るじゃ、奴らの時間感覚は我らでは計れない。今日かもしれんし、ワシのように100年後かもしれん」


「しかし望みはある、という事ですね」


「そういうことになるのう。あとは本当に記憶を取り戻すことができれば、という前提付きじゃが」



 オルトレーンの言葉に再びマリエルに視線が集まる



「可能性はあります」


「本当ですか!?」



 その言葉に聖騎士の皆が顔を上げる



「ですが、それは非常に難しいといわざるを得ません」


「どんなことでもやる!どんな困難苦難も乗り越えて見せる。どうかお願いいたします。その方法を伝授してください!」



 マリエルに全員の視線が集まる



「神の記録を手に入れます」


「神の...記録?」


「神は、より上位の神に報告できるように、作業内容を1つのデータとして保管しています。今回で言えば、ガルド=イグノアというデミゴットが、そのデータを持っているでしょう」


 オルトレーンが質問する


「それは、虚無の世界に行ったとしてもなのか?」


「神が意図的に記録を消去しない限り、色々なところに残滓は残ります。とてもわずかで、破損している可能性も高いですが」


「ふむ、どのみち急がねばならぬという事か」


「どこにあるのですか!その記録は!?」



 マリエルとオルトレーンの会話に焦れたようにガルバード団長が言葉を発する


 一刻も争う事態、どうしても急いでしまうのだろう



「わかりません」


「そんな」


「ですが予測は立ちます、恐らくガルド=イグノアの神殿にある法具の中のどれか、もしくは灰の平原の中央部のどこかでしょう、神は己の権能が働く場所にしか記録を刻めませんので」



 その言葉を聞いていたアリシア王女がハッと声を上げる



「私に心当たりがります!」



 アリシア王女に一気に視線が集まる。


 覇気を持つ100人以上が一気に向ける鋭い視線。王女はその視線の圧に一切ひるむことはなく言葉を紡ぐ



「我が父、聖騎士王レオンハルト・ヴェルディアの持つ神剣ガルド=ボルグが神の記録だと思います」


「王女様、その根拠は?」


「私達王族は、神が暴走した際のセーフティーとしての機能を有しています。強制的に加護を取り上げるのもその権能を使用したもの......崇める神を強制的に鎮める、一体なぜ王族にそんな機能があるのか、ずっと疑問だったのですが、今日のお話を聞いて分かりました。おそらく、上位の神が、末端の暴走を防ぐための装置として設置したのでしょう......」



 その言葉にガルバード団長が眉間にしわを寄せる


 王族の力にまさかそんな真実が隠されていたなんて思わなかったのだろう


 王都で子供たちを襲った男二人のように、訓練していない者が加護を暴発させた際、王族の力はとても有意義に働いていた事だろう。おそらくそれ以上の意味について考えることなどなかったはずだ。民の為にあると思っていた力でさえ、自分のミスを一番下に押し付けるための安全装置だったと知ったヴェルディア王国のメンバーはやるせない気持ちでいっぱいだろう



「そして私たちがその能力を開花させるために使用するのが、神剣ガルド=ボルグです。あれに触れた時、私の頭の中に一瞬だけ膨大な情報が送り込まれてきたのを覚えています。理解ができないものなので、そんなことがあった事さえ忘れていたのですが、今思えばあれあが神の記録なのかもしれません......」


「なるほど、可能性は高いですね」



 手がかりを得たというのにアリシア王女も聖騎士の皆も顔が晴れない



「何か問題でも?」


「父は長らく正気を失っています。昔は聡明な王として、民を幸せにするために、戦争を出来る限り回避していたのですが、魔王の侵攻によって力を使い過ぎて、廃人同然に。今では戦争をするのだとうわ言のようにつぶやくのみ......これもきっと神の都合なのでしょうね......」


「我らは......王が意識を失っても民の悲劇を生まぬように我らに求めているとばっかり......」



 己の忠義を向ける先が、別の思惑によって操作されていた。聖騎士たちの無念は計り知れない。この話を横で聞いている武王丸もかなり不満げだ


 誉を大切にする武王丸にとって、忠義を利用する神の所業は許されないことなのだろう



「カッカッカ、神が人間を好き勝手扱うんは、どこの世界も一緒のようじゃゼ......大将、我ゃ今度こそ正しく完璧に神を斬るんじゃゼ。これだけは止められても成すぞ......ええな?」


「武王丸!?あれだけ身勝手をしておいてまた主様を置いて勝手に動こうというのですか!?」


「この阿保天使が!」



 武王丸の発言に即座に反応したマリエルだが、その言葉に武王丸は今まで見たことの無い覇気をまき散らす



「見えちょらんのか!?こいつらの苦悩が!?その先で操られて振り回されて消耗していく無力な民草が!?いっちょ前に愛だ天使だいいよるが、所詮は振り回して来た側の半端な偽善じゃゼ」



 そして武王丸が正式の前に立ち俺を睨む



「目の前に明らかな善と悪があり!苦しんでる者が居る!それなのにテメェの利益じゃ、世の理じゃと抜かして、保身や栄達に走るちゅうんが我ゃの大将じゃ言うんなら......我ゃの役目はそのトチ狂った思想を死んでも変える事じゃ。主が間違えばその道を正す、それこそが本物の誉よ!」



 武王丸の覇気は一気にマリエル一点に向かう



「退け桃色狂い!主の為といいながら、我ゃの大将の性根も理解せん愚物が!我ゃが話ちょるんは大将じゃゼ!大将の心の根っこを理解しようともせずピーチクパーチク歯向かうだけのガキがいっちょ前に我ゃと大将の間に入るなやぁぁぁ!!」



 武王丸の姿勢は変わらない。しかしだれがみてもそれは完全に臨戦態勢のそれであった。マリエルが何か見当違いな言葉を発しようものなら即座にその首が落とされる。そう確信できる覚悟があった



「マリエル、ありがとう。大丈夫、下がっていいよ」


「主様」



 俺はゆっくりと立ち上がり、空気を纏うかのようにずっしりとした歩みでマリエルに近づき、肩に手を置く



「マリエルの愛情はしっかり伝わってるから、だからありがとう。今は俺の顔を立てると思って引き下がって」


「......はい」



 マリエルが引き下がったのを見届け、俺はゆっくりと武王丸に近づく


 なぜゆっくりなのか。それは、あまりにも武王丸がまぶしかったからだ。弱者の為に立ちあがり、上に立ち向かうその姿は、俺が前世でやった時代劇に登場するどんな主役よりも輝いていた。


 此処で俺が右往左往して脇役の様な振る舞いをしては、それこそ武王丸の大将として相応しくないふるまいだろう。武王丸が輝くなら、俺もその輝きに答え、張りぼてかもしれないけど、せめて彼の誉の向ける先として周りに認められるように振舞いたい。


(どれだけ仲間がすごくても、役者不足なんて言わせてたまるか)


 武王丸と正面から向き合う。それだけで、体中から冷や汗をかくほどのプレッシャーに襲われる。ここで俺の心が武王丸に負けては、聖騎士にとって武王丸は自分たちの為に主を脅した不忠者になってしまう


 それではだめだ、武王丸はあくまで俺の心を信じてわがままを言っただけで、主のおあれは当然それを受け入れる度量がある。そう思わせないと、聖騎士たちが安心できない


(大丈夫、役者は顔から汗をかかないもの、だからばれない)


 舞台でメイクが崩れないように油性のメイク道具を使う事が多い役者は、激しい運動をしても顔から汗をかくことができない為、自然と顔以外から汗をかく体質になることが多い


 背中の冷や汗はすごいけど、聖騎士の人たちにばれないならそれでいい


(芝居はいつだってお客様の為に演じるもの。役者の俺の役目はこの場を整え、観客である聖騎士の人たちに安心と希望を届ける事だ)


 だから俺は堂々と振舞う。心拍数がすごいことになってるけど、早口で喋ればそれだけで小物と思われてしまう。なるべくゆっくりと余裕を持って喋る



「武王丸、俺は言ったな。皆の夢を叶えると。それには武王丸と共に誉の道を歩むという事でもある。」



 大きく息を吸う。武王丸に言いながらも、後ろの聖騎士の皆の心にも届くように



「俺は犠牲を強いる神なんて認めない!」


 (これだけ誰かの為に足掻く人を騙すなんてあってはいけない!)


「俺は子供を平気で殴り飛ばす大人がいる世界が我慢ならない!」


 (神の為なら何をしても良いなんて馬鹿げた思考なんてあってはいけない!)


「俺は!仲間たちが亜人だからと虐げられるのが当たり前の世界観何てぶち壊してやる!」


 (それが俺がみんなを幸せにするための最低条件!)



 俺は絶望する聖騎士を安心させるように、武王丸の主として相応しいように、残りのメンバーにも俺の決意をしっかりと届けるように。はっきりと言葉にする



「だから武王丸!俺はこの世界の神を討つぞ!この世界から盲目と虚構を無くしありのままの世界を取り戻す!その為に今一度俺の理想の為の刀となれ!」



 ぶゎっ



 武王丸から発せられる覇気がさらに一回り膨れ上がる


 しかしそれは先ほどまでの鋭く切り裂くような覇気ではなく、共に進むための追い風にも似た、心の炎を燃え上がらせてくれるような、頼もしいオーラだった


 武王丸は俺に頭を下げる


「主様よりの大任拝命いただけましたこと、恐悦至極に存じまする。この武王丸。主様の一番の刀として、誉ある戦働きをお約束いたしましょう」


 普段の武王丸とは違う、その物言いに、俺は本当の意味で武王丸の主になれたのかなと思った


「うん、期待している。武王丸」



 聖騎士たちはこちらを見ながら涙を流しているものもいる


 ガルバード団長は俺に再び頭を下げる



「竜将殿。そして超常のお力を持つ皆々様。改めてお願いいたします。どうかわれらにお力をお貸しください!我らと共に、国の民を、仲間を救う為の戦いを!」



 聖騎達が一斉に頭を下げる


 俺は聖騎士の人たちの元へ行き、膝をつき、目線の高さを合わせる



「顔を、上げてください」



 110の瞳が俺を見てくる


 それは最初の怯えを含んだものではなく、真摯な願いを込めた目線。武王丸の覇気とはまた違った圧力がある。


 その迫力に俺は張りぼての大将像から、情けない脇役に変わりそうになる



(ここで挫けてどうする。アリシア王女を見習え、王族として、この視線を当たり前のように受けていた彼女を!)



 遥かに年下であろう彼女の生まれながらにしみ込んだうえに立つものとしてのふるまいを心に思い出しながら俺は言葉を紡ぐ



「もちろんです。共に神の記憶を手に入れましょう」



 俺のその言葉に目に涙をためて頭を下げる聖騎士の皆



「「「「感謝いたします」」」」」



 ガルバード団長は姿勢を正し、改めて俺の前に跪く



「竜将殿。我等は長く神に導かれ、神の為に戦ってまいりました。しかし」



 その声が、震える



「神は、我らを道具としか思っていなかった、我らの家族を...仲間を...燃料として...消費していた」



 拳を握りしめる



「もう、神には仕えられません。もう、神の道具ではいられません」



 そして、真っ直ぐに俺を見た――


「我らは、人間として生きたい、真実を知り、仲間を取り戻したい、聖騎士として、本当に守るべきものを守りたい」


 ――その目には、決意が宿っていた


 剣を抜き、柄をこちらに差し出してくる


 それは昨日ピー助が行った騎士の誓いのようで



「これから我らが歩む、正解のない道への導を、竜将殿にお願いしたいのです」



 そしてガルバード団長に続き、聖騎士たちも改めて姿勢を正す



「これほど強大な力を持ち、臣下を想う徳もある。間違いなく世を統べるに足る素養を持ちながらも、敵である我らの死に......記憶定かですらない......仲間の生死の行く末に、どこまでも心動かし、懸命に動いてくださるその慈愛に満ちた御心。」



セラスさんの目に、聖騎士たちの目に熱がこもる



「我等は、貴方様を主と、忠誠を捧げる先とし、共に歩みたく思います、どうか――」


 そして110名の聖騎士が皆、俺にその首を差し出してくる


「「「「「「――我らの忠誠をお受け取り下さい」」」」」」」



(俺が...こんな俺が...)



 俺は、胸が熱くなる。



(脇役俳優の、何の力もない俺が...)



 異世界に転生してから幾度となく味わう、泣きたいのか笑いたいのか、どう表現すれは正解なのかわからなくなるぐちゃぐちゃな感情。どうすればいいのか混乱してしまう俺は、ついアピサルを見てしまう


 アピサルは、そんな情けない俺に対して、とても穏やかに微笑み、頷く


 その笑顔は俺の判断を全面的に受け入れてくれると信じられるもので、そんな風に信じてくれるアピサル達の相応しい主でありたいと再び思わせてくれるものだった



(そうだ、自分を信じるんだ。これだけ素敵な仲間が信じてくれる自分を、信じよう)



 今日何度も自分よりすごい人たちだと感じた人たちから捧げられようとしてる忠誠


 異世界に来てから何度も感じる、自分でいいのかという感覚


 きっとこの感覚とは長い付き合いになるんだろうなと思った



(でも、背伸びは良くない、もうすでに過分な力を得てるんだから......)


「忠誠は受け取れない」



 俺の言葉にショックを受けたような顔をするガルバード団長


 でも、みんなの目を見る


 ガルバード団長の


 セラスさんの


 聖騎士たちの


 そして


 アピサルの


 ロードの


 オルトレーンの


 仲間たちの目を



(そうだ)



 俺は、決めたんだ



(もう、脇役じゃない)



 自分の心に言い聞かせるように



(俺が、みんなを守る)



 心の声がこの目に宿るように



(俺が、みんなを幸せにする)



 本物になれるように



 深呼吸して



 俺は、言葉を紡ぐ



「ガルバード団長」


「はい」


「いや...ガルバード」



 俺は、手を差し伸べる。



「立ってくれ」


「しかし...」


「俺は、主君じゃない」



 俺は笑う



「俺たちは、仲間だ」


「!」


「一緒に戦おう

 一緒に、この世界を変えよう

 一緒に...当たり前を取り戻そう」


「っはい!」


 ガルバードが、俺の手を取る。


 そして。


 立ち上がった。



「ありがとう...ございます」



 その目には、大粒の涙があった



「いや」



 俺も、涙が出そうだった



「こちらこそ、ありがとう」


「一緒に、行こう」





 その瞬間





 ゴォッ!






 聖騎士たちの体から、炎が噴き上がった。



「!?」


「これは加護の炎!?」


「一体なぜ!?もう加護は......」



 困惑する聖騎士の炎はすぐに鎮火していく


 それはアリシア王女に加護を解除される時とは違い


 最後の一瞬だけ激しく燃える蝋燭のように燃えて、完全に、消えた

 


「加護が...消えた...?」


「いや」



 その様子をつぶさに見たオルトレーンが心当たりがあるようにつぶやく



「剥奪されたのじゃ」


「!」


「お主らは、心の底から神との契約破棄を望んだ」


「だから、加護も失ったと?」


「ワシにも同じ経験がある、おぬしたちは神の加護を今この瞬間、完全に消失したのじゃ。操られることもなくなったが、同時に力も失ったという事じゃ」



 沈黙


 重い、沈黙



(いくらひどい神だったとはいえ、戦闘中の死傷が治る加護をこれから戦い始まる前に完全になくしたんだから、そりゃ心細い――)


「...よかった」


 ガルバードが、笑った


「え?」


  (加護を失ったのに...よかった?)


「やっと...自由になれた」

 

(そうか...)



 俺も、笑顔になる



(これが、本当の自由なんだ)



 聖騎士の皆の笑顔は、心から嬉しそうだった



「団長...」


「セラスこれでもう我らは、神の道具じゃなくなった」



 ガルバードが拳を握る。



「これからは、自分の意志で戦い、そして散っていけるんだ」



 その言葉に聖騎士たちも、笑顔になった。



「そうだな、もう自我を失う事を心配して戦いの最中に力をコントロールする必要もなくなる」


「本物の人間になれた気がしますよ」


「炎属性に縛られない戦術も取れますね」



 解放された


 皆が浮かべてるのはそんな、笑顔だった



 ガルバード団長は少し申し訳なさそうな顔を俺に向ける



「竜将殿。申し訳ない、これから戦場を共にしようというのに、我等はその力の大部分を失ってしまった」



 そこには、力を手放したことへの未練ではなく、純粋に仲間への思いやりが感じられた


 そんな俺への気遣いを見たマリエルは笑顔になり



「心配せずとも、皆様には、新たな力が宿るでしょう」


「新たな...力?」


「はい。神の支配から解放されたことで、皆様の魂は、本来の輝きを取り戻します」


「どういう事ですか?」



 首をかしげるセラスさんに武王丸が愉快そうに声をかける



「ッカッカッカ。神に仕えて楽に力を稼いでるうちは、神は超えられんちゅうことじゃゼ」


「神を超える?」


「そじゃ、神から離れて尚己を高めたものだけが、神の力に手を届かせることができるちゅうことじゃゼ」


「ええ。ただし」



 マリエルが真剣な顔で。



「すぐには目覚めません、時間をかけて研鑽を重ね、ゆっくりと開花していくのです」


「なるほど...」


(加護に頼らない、本当の強さか...)



 俺は、期待する。



(みんなが、どんな力に目覚めるのか)



 こんなにかっこいい人たちだ、きっとすごい力に目覚めて、武王丸達みたいに強くなるんだろうな......


 それは武王丸級の兵士が居る軍も夢ではないという事で――


(なんだそれ、むちゃくちゃすごいじゃんか)


 ――俺は、その想像だけで、すごくすごくワクワクした



(配下もすごいけど、仲間もすごい、つまり俺がみんなの主として相応しくなるには、皆の倍の倍の倍......もう無限に頑張らないといけないじゃないか)



 これから先に待ち受ける、己を高める修行の日々に――


(望むところだ!)


――俺の心は少年のように輝いていた














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