第15話 雷帝と炎狼
###桃源郷
「暇だ」
朝一番で竜将たちがヴェルディア王国に出かけてからほどなくして、まだ日が一番高くまで登り切る前に、15mの巨体を誇るロードが、大量の吐息と共に言葉を吐くと、それだけで桃源郷の一面に桜吹雪が吹き荒れる
「もっ、申し訳ありません!ロード様、わたくしめのおもてなしが不十分なせいで」
「……」
ロードにとってはあまりにも小さすぎるモモの声は、ロードの耳に届かない
「はぅ!?」
モモはロードの耳元で声を出そうか迷うが、いきなり近寄るとパチンと蚊のようにつぶされてしまう恐れがあり近づく勇気が出ない
現に昨日の夜、武王丸と共に延々と酒を飲んでいたので、注意するために耳元に行こうとした時の事
15mという高さはモモにとって挑戦したことの無い高度であった為、気合いを入れて思い切り勢いをつけて飛び出すモモ
「いっきます!!……はぁぁ!!」
15mとはいかずとも10mは飛べるのではないか!?
そのまま腕か足で一休みして再び飛び出せば、あの大きな耳に届くのではないか!?
そんな希望が見える初の高高度飛行チャレンジに燃えるモモだったが、次の瞬間、己の首にキューレの糸にが巻き付いてきた
勢いよく飛び出していたモモは「グェッ」と淑女にあるまじき声を出してしまい、声にならぬ声で抗議をしようとしたら
ブゥゥォォォォン.............バチィィン!!
ロードが己にたかる羽虫を払うように、無意識に己の首筋を叩いた。
15mの巨人にとっては些細な仕草――
しかしモモにとっては、建物が崩れ落ちるような衝撃音と風圧。
そのままモモが飛んでいれば直撃していたであろう軌道
キューレの糸がなければ、モモは蚊のように 潰されていたことだろう。
腕の風圧とそのあとの轟音によって三半規管を完全にやられたモモは、ヘロヘロになって寝込んでしまう事態となった
マリエルの介護が無かったら、今朝もまともに動けていなかったかもしれない
今桃源郷で留守番しているのはロード・ケル・アピサル、そしてモモの3人と1匹
15mのロードは勿論、人間部分だけでも10m近いアピサルも、お座りしてても3m近い巨体のケルも、モモにとっては巨大なお客様
モモがここに来る前にいた桃源郷世界では、その世界を満喫するために、神は相応しい大きさになって現れてくれていたし、神以外に来るのはせいぜい人間だったので、こんなに大きな生物を桃源郷で持て成したのは初めての事で、モモは彼らへのもてなしが桃源郷に相応しいレベルのものになっていないことにそこはかとないショックと、プライドがへし折られる感覚を覚えていた
(わたくしめに出来る事は皆様を癒し、持て成す事!)
挫けそうになるモモだが、負けてなるものかと、ちいさな拳を握りしめ天を仰ぐ
(今までの桃源郷の歴史において、「暇」なんて言葉を紡がせてしまった事例があるでしょうか!?いえ、そんなことはあり得ない、あってはならぬのです!!)
自分に対してはあまり自信のないモモだが、桃源郷という存在には絶対のプライドを持っていた
そんな桃源郷が持て成すという一点において、不足があるという事は、あってはならない異常事態なのだ
モモはアピサルやケルも暇を持て余してないか、桃源郷に飽きていないか確かめるため、桃源郷の隅々に意識を飛ばす
(ケルちゃんは日のよく当たる場所で気持ちよさそうに寝ていますし、アピサル様もリュー様の寝所を整えてルンルンされています)
退屈をしているのは目の前のロードだけ
モモは何としてでもロードを何とかして楽しませるのだと、おもてなし精神を爆発させる
(とにもかくにも、ロード様にわたくしめの声が届かないことにはなんのおもてなしの提案も出来ません......何か良い案は......)
モモは必死に頭を回転させて何をすればロードの興味を引けるかを考える
とは言え、まだ昨日の今日。ロード何をすれば喜ぶのかなど知る由もないモモ
唯一知ってることといえば
(お酒...ですわね!)
昨日散々酒を飲んだロードには是非酒休みをしてほしかったが、ここで振舞うのは桃源郷の酒
身体にいい事はあっても悪いこと等は何一つとしてなく、飲み過ぎたって何の問題もない
ただ、酒を飲み過ぎるという言葉が桃源郷に似つかわしくない為止めていたにすぎない
(ここは最高の美酒でロード様の注意を引き、そのままおもてなしコースを展開するのです!!)
モモは持っていた枝を振るい、桃源郷に漂う力を一気に集めだす
(ロード様は尋常じゃない量のお酒を御嗜みになられます!後先など考えてる場合ではありません!わたくしめのすべてを差し出してでも、最高の美酒を!!)
モモによって急速に集められた桃源郷の気は凝縮され、次第に酒の雫となっていく
桃の木が動き出し、生えていたモモの葉を肥大化させ、巨大な盃へと変身させる
(これで!ロード様を!おもてなしするのです!!)
美酒の匂いに気が付いたのか、ロードが振り向き、大きな瞳がモモを捕らえる
ロードの振り向く風圧で危うく酒をこぼしそうになったモモだが何とか堪えるとめいいっぱい息を吸い、最大限大きな声を出す
「ロード様ぁぁ!わたくしめが!最高のお酒を用意させていただきました!!」
自信満々に盃を掲げるモモ
「昨日の酒よりも気合いを入れて作らせていただきました!どうぞご堪能下さいまし!!」
モモの脳裏には美しい環境で最高の美酒を飲み、幸せに笑うロードの姿が思い浮かんだ
「ふむ、いらんな」
「ほぇえ!?」
しかしその期待は無情な一言で崩れ去る
「な、何故ですか、ロード様!?」
モモは涙目でその理由を問う
「昨日はあれだけおいしそうに飲まれていたではないですかぁぁ!?」
「うむ、確かに極上の酒であることは間違いなかったが、気に入ったからと一つのモノに固執するのは愚者の行いよ」
「そっそれでは別の種類の――」
「まぁまて、確かにここの酒は、世界を支配した余でも味わったことの無い絶品のものであったが......桃の実を原料としている以上、生まれるのは果実酒であろう......余は、あまり甘い酒はあまり好まぬのだ......」
「ではどのようなお酒がよろしいのですか!?」
「そうさな地に潜る小鬼共が作るような、辛く刺激の強いのがあれば、今献上させることもやぶさかではないが...あるか?モモよ」
ロードの世界に住んでいた、いわゆるドワーフ系の種族が作る度数の高いお酒の事である
勿論数多の世界の神々を持て成してきたモモは、その知識はあるのだが、度数が高い酔うための嗜好品はこの桃源郷で作られることはない
ここで作れるのは神の実やその気によって生まれる酒なのだ。基本辛口ではなく甘口なのだ
「ふぇぇ、そんなぁ......神の酒が小鬼の酒に負けるなんてぇぇ」
ここでしか飲めぬ絶品の酒
今までその存在にありつけるだけでありがたがられた自慢の酒を、まさかの拒否
桃源郷世界は全ての生物の楽園であり、癒せぬものなど存在しないという自負をもっていたモモはロードに突きつけられる現実を受け入れる事が出来ない
「ふむ......無いか、昨日は物珍しさでしこたま飲んだが、甘い酒はよほど疲れた身体でもないとおいしく感じぬのだ......昨日はそこそこ身体を動かしたので、よりうまく感じたのだが、今の余がそれを飲み、うまいと感じるとは思えぬ、勿論お主の用意した酒を無理やり飲んでもいいが、それでは酒と、用意したお主に無礼であろうし、やはり飲むことは出来ぬな...許せ、モモよ」
「ふぇぇ」
ロードはモモが自分を楽しませようと支度をしてくれたのを感じるも、だからこそ無理をして飲んでしまっては、モモを愚弄する行為であると感じる
しかしあまりに落ち込むモモを見て、ロードは、目の前にある酒をおいしく飲む方法は無いか考える
「むぅ、残る手段はそうさな、狩りにでも行って身体を動かすとするか」
「えぇ!?狩ですか!?桃源郷から出る事は――」
モモの叫びは立ち上がることで轟音を発しているロードには届かない
ロードは、台風並みの吸引力で、豪快に息を吸い込むと
「余が狩りにでるぞ!ケルよ!共せい!!!」
すさまじい大声で叫ぶ
その声は大気をびりびりと震わせ、桃源郷の建物の扉や、行灯をガタガタと揺らし、地震と同じような被害をもたらした
「きゅぅ~~~」
その衝撃を真正面から受けたモモは、昨日に引き続き目を回し倒れる
そして此処には昨日助けてくれたマリエルはおらず、モモを助けるとしたらロードなのだが、立ち上がったロードはモモが立ってるのか寝てるのかの区別はつかず、もっと言うなら、ふと目をそらすとどこに居るのかも見つけるのが困難になる
一応ロードも、うっかり踏みつぶさないように、さっきまで居た場所から、踏んでも大丈夫そうな場所を推察しながら足を動かしてはいるのだが、しょっちゅう見失うのではやりづらさを感じる
「不便であるな...どこぞで光り輝く珠でも手に入れモモに持たせるしかないか...」
近くで持て成そうとするモモの気遣いと、そのサイズ差からくる面倒くささに少し顔をしかめるロード
すると少し離れた所から炎をまき散らしながらケルがやってくる
モモや人間にとっては巨大なケルも、ロードにとってはペットサイズ
ロードを人間に例えるなら、小型犬くらいの感覚だろうか
ケルですら踏みつぶさぬかすこし気を付けなければならぬロードとしては、ピー助やモモの存在は小さすぎる
戦闘状態であれば超感覚が働き、いる場所に検討をつける事が出来るのだが、日常でそれを常にやるというのは、できなくはないが、そう、面倒くさいのだ
(せめてトロールサイズの世界に召喚されておればなぁ)
ロードはこの世界で思いっきり羽を伸ばせる日が来るのか、一抹の不安を覚えてしまう
「ウォン!!!」
そんなロードに「呼びつけておいてため息かよ!」とでも言いたげにケルが吼える
「ガッハッハ、許せケル。よし、では暇つぶしに狩りにでも行くとしよう。オルトレーンが言うには北の森にはモンスターがうようよしておるらしいからな。運動ついでに小僧の安全を確保するとしよう」
「ウォン?」
出かけても良いの?といった風な心配そうな声を上げるケル
「心配はあるまい、オルトレーンの見立てでは、敵が来るのは早くとも今日の夕方ごろだ。昼過ぎまで狩りをして戻ればよかろう」
そしてロードは桃源郷の結界の外へ出ようとして
「わらわの飾り付けを壊したのはどこのどいつだあぁぁぁぁぁ」
竜将がねぐらにした建物から立ち上る赤黒い深淵のオーラを感じた
おそらく先ほどの空間の揺れで何かが倒れたのだろう
「行くぞっケル!」
ロードは全てを後回しにすることに決めた
15mの巨体が地平をゆらす
ドンドンドンドン!!
軽快なリズムで10分ほど走り、ようやく視界に目的の森が見えたロードは、動きを止める
そして念のために後ろを振り返り、アピサルがおってきてないのを確認し安堵のため息をつく
「ふむ、ここまで来れば大丈夫であろう」
この短い時間のうちに50km程の距離を駆け抜けた――およそ時速300kmでの疾走だった
しかしロード自身は「少し速度を上げたランニング」程度の認識
本気を出せば音速を超える雷帝にとって、 これは準備運動にすぎなかった
一方、必死に追いかけたケルは、業炎を全身に纏いながらも 息が上がっていた。
「小童も厄介なのに目をつけられたな......女運が悪い者が天下をとれるのか甚だ疑問であるが......まぁ、乱世を生き抜く為の女という意味ではこの上なく上玉であることは間違いないか......」
ボソボソと――ケルからしたらかなりの大声でぼやくロード
やはりすべてが規格外の存在であった
狼族にとって至高の存在であるフェンリルの毛皮を身にに纏うことも、ロードであればそれも当然かと納得してしまう
もし中途半端なものがその毛皮をもっていたなら、ケルは全力でその毛皮を奪っていただろう
「さて、獲物を探すぞ、ケルよ!」
そして息の上がるケルなどお構いなしにズカズカと歩き出すロード
森の木など、草原の草と変わらぬとでも言わんばかりに、 樹齢百年を超える大木すらも、バキバキと折り砕きながら進む
ロードが一歩進むたびに、複数の木が倒れ、 小動物たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う
おかげでケルは走りやすくて助かるのだが―― これだけの破壊音を響かせては、どんなモンスターも恐れて近づいてこないのではないかと疑問を抱く。
ケルが隠密行動をして狩りをしてもいいが、きっとロードは自分で暴れて獲物をしとめない限り納得も満足もしないだろうと確信するケルは、どう動くのが最善か、ロードの破壊の後を全力で疾走しながら考える
「ぬぅ、おらんなぁ」
獲物の気配がしないことにロードがぼやく
ケルが必死についていく破壊の道では、ロードにへし折られた木に押しつぶされたのか、ロードに踏みつけられたのか、数匹の魔物が息絶えていた
ケルが喋れるのなら「いや、もう狩り終わってますやん」と突っ込んだことだろう
やはりそれなりの大物でない限り、ロードは獲物と認識すらしないらしい
そう考えると昨日ロードとアピサルを相手取り戦った武王丸はやはり異常だったのだとケルは思う
昨日はフェンリルの加護のせいでまともに戦えず、良いところを何も見せられなかったケルだが、フェンリルの加護が無かったとしても、今も尚足を止めることなく森を破壊しながら、気付かぬ内に魔物討伐をしていくロード相手に何かできたのだろうかと疑問を抱いてしまう
そんなことを考えながらも必死に走っていた時
「む......読み違えたなオルトレーンよ」
ロードが急に足を止め、遠くを見て、深刻な表情でつぶやく
木が邪魔で何も見えないケルは無礼を承知でロードの体を駆け上がる
そして見た
南の山脈の向こうから、炎に包まれた無数の光点が 一糸乱れぬ編隊を組み、こちらへ一直線に飛来してくる
その数――百を超える
「エレメントに跨る聖騎士、だったか」
ロードが低く呟く
戦場を駆け抜けた覇王の目には、 それが訓練された軍隊であることが一目で分かった
「あれほどの練度は前世でも数えるほどしか見たことがないな...余に挑む資格はあるようだな」
ロードの口元が、獰猛な笑みを刻む。
「喜べ、ケル。そしてモモよ。ようやく適度な運動の相手が見つかったぞ」
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